旅の記憶を記録する PCTー0
2022年5月8日
アメリカ、カリフォルニア州にあるメキシコ国境との境の街、campoに僕はいた。
そこにはPacific Crest Trail(パシフィック クレスト トレイル)の南側の起点のモニュメントが立っている。南側の起点があるということは、北側の起点もある。北側はカナダとの国境、つまりアメリカ西海岸を縦断するようにPCTのトレイルは伸びている。
その全長は約4200km。バックパック一つに衣食住の全てを詰め込んで、数ヶ月かけて、そこを歩く。ロングトレイルと呼ばれる、旅のひとつだ。
結果、僕は1700kmほど進んだところ、カナダ国境にたどり着く前に、アメリカを離れヨーロッパに向かう決断をすることになる。
その決断に至るまで、いろんな経験をした。文字通り本当にいろんな経験をした。
毎日歩きまくって、疲れて、インスタントラーメンを食べて寝る。
楽しくてたまらない瞬間があれば、涙を流すこともあった。
死ぬまで絶対忘れたくないと思えた景色に出会うことがあれば、死ぬほどつらい思いもした。たくさんの出会いと、別れもあった。
ひとつひとつの瞬間や気持ちを全て鮮明に覚えているわけではないし、何気なく過ぎてしまった日もたくさんある。帰国した時は、この体験を自分だけのものにしたいという気持ちもあったし、鮮度の落ちてしまった旅の記録に価値はないと感じていた。
1年という時間が経ったいま、アメリカで過ごした数ヶ月が、こんなにも僕に強烈なインパクトを与えていたのだと気づくことになる。
忘れていない瞬間が思った以上に多いのだ。
旅の記録としての鮮度は落ちてしまっているかもしれないし、あの時の気持ちや状況は100パーセント正確に思い出せないこともあるだろう。
それでも、今はまだ、ふと思い出すことができるあの日々のことを、数年経ったら忘れているかもしれない。
それは少し寂しい気がして、今のうちにできる限り文章に残すことにした。
正確な旅の記録ではないし、日記でも紀行文でもない。ロングトレイルを歩きたいと思う人への参考書になるような有益な情報を載せるために書いているわけではない。あくまでも、自分が体験したことを、思い出せる限りの気持ちを。ノンフィクションのようで、フィクションのような気もするなぁなんて思いながら。
僕は、いつか忘れてしまうかもしれない記憶を辿りに、ここ記録していくことで、もう一度旅をすることができるのかもしれない。
こちらのマガジンに掲載していきます。