置いてけぼりのファン感情が日本野球衰退の第一歩になるかもしれない、というお話
前にnoteでも書いたことがあるかもしれせまんが、私はプロ野球観戦が趣味です。家族が出来てからは推しの球団の応援には年に多くとも3度くらいしか行けなくなってしまいましたが、ほぼすべての試合をオンラインで観戦しています。
最近ニュースにもなったのでひょっとしたら知っている方もいるのかもしれませんが、元日本ハムのエースで、昨シーズンはアメリカ挑戦をしていた上沢投手がソフトバンクホークスに入団し、野球ファンの間で議論が活発です。今回はこの話題を僕なりの視点で個人レベルに落とし込んでみようと思い、筆を取りました。
まず、前提として「上沢投手ってだれ…?」という方は、以下のイメージをご覧ください。だいたいこんな感じのことが起きてます。詳しく書くとすっっっっごく長くなりそうなので、事の経緯がよくまとまってるリンクだけ貼っておきます。気になる方はぜひ。
『同棲中の彼氏が突然「俺、アメリカに行ってビックになるわ」と言い出し、渡米を決断しました。結婚を考えていた彼女はショックを受けましたが、彼の夢を後押ししたい気持ちで快く送り出すことにしました。彼からは到底納得のできないレベルの微々たる金銭を「これ…すくないけれど生活の足しに(92円)」と渡されましたが、盛大に送り出し、応援をしました。しかし彼のアメリカ挑戦は順調にはいかず、7か月ほどで日本の彼女の家に戻ってきます。もちろん、彼には現在家がないので自分の部屋を貸し出しました。当然、彼女は落ち着いたらまた一緒に暮らせるものと思っていました。ですが、彼は突然「ごめん、実は福岡に新しい彼女が出来たんだ。資産家の令嬢でね。俺にも生活があるんだ、すまないが一緒に暮らすことはできない。」と言われ、彼女は一人残されました。』
という感じのことが起きていて、日本ハムのファンのみならず、多くの野球ファンが憤慨している…といった感じです。
この問題は、実はプロ野球というビジネスの根っこを考えるのに最適なテーマだと私は思っています。
ビジネスというものは二者間での価値提供が基本ですが、多くの業態はこの二者間のみの関係性では終わりません。例えばプロ野球のようなスポーツエンターテインメントの多くは、「球団」「選手」「ファン」の三つ巴の関係性になりがちです。もちろん、それぞれ立場が違うので主張が食い違うこともあります。それが今回の件では顕著です。
球団は金で選手を雇い、広告効果という利益を得る
選手は能力という対価を支払い、年俸という利益を得る
ファンは金を支払い、楽しみという利益を得る
上記がプロ野球界におけるビジネスの大雑把な関係性です。ここで問題になってくるのが「選手が発信することが増えた」という現代特有の特徴です。
今回の件について、自身でもメディアを持ち、多方面に発信力・影響力のあるダルビッシュ投手が「他人のビジネスに文句を言うものではない」という持論を展開していました。これは、上記における2⇒1に対するビジネス感覚です。
これはその通りで、選手は自分の選手能力という限りあるリソースを有効かつ効果的に活用して稼ぐという大義名分がありますから、大型契約を勝ち取ることが至上命題です。
ただ、ファンはそうはいきません。なぜなら3において、ファンは微量ではあるが自らの金銭を支払い、楽しさを享受しています。古くからの野球界においては、このような2⇒1への意見はなかなか見えづらいものでした。しかし、SNSの発展により選手が発言できる場所が増え、ファンは「応援したくて投資している選手から否定される」という経験をしなくてはならなくなりました。
1と2の関係は3に比べ大きな金額が動きます。当然そちらに球団も選手も注力するのは当然です。契約というドライな土俵で戦っている選手も、自分の判断を尊重してほしい、わかって欲しい、という気持ちはあるでしょう。もちろん悪くありません。誰も間違ってません。
ですが、野球というショービジネスの根っこは「ファンが熱中するものである」ということが大前提です。意地悪な言い方をすれば、ファンの感情を逆なでするようなビジネス的判断が生じる場合は、感情を逆なでしないよう細心の配慮をしなくてはいけません。出す情報は「配慮して出す」。出さない情報は「ブラックボックスにしっかり入れて消し去る」。そんな覚悟が必要なはずです。ですが、その情報統制を不可能にしたのが、SNS等による選手からの発信です。
選手の意見が届きやすくなったことで、ファンは楽しさを享受する機会を増やしましたが、反面、選手の見たくない側面も見ることになりました。これは完全に野球ビジネスにおいては諸刃の剣です。
繰り返しになりますが、野球というビジネスが成立するのは大前提として3が成り立っていることが基本です。野球がほかのスポーツに比べて広告効果の高い人気のスポーツだから選手の年俸が高騰するのです。すべては「人気」が先行しているのです。プロ野球という興行が成り立つ第一条件は、選手の能力が優れていることや、野球というスポーツそのものが持つ力によるものではありません。
もちろん、日本において野球というスポーツは国技と言って差し支えないほど人気のスポーツです。ですが、今では価値の多様化、自由意志の尊重など様々な風潮もあるのでしょう。かなり下火になってきているように思います。
ファンが野球に熱中しなくなったらどうなるか?当然、野球選手そのものの広告価値が下がります。
広告価値が下がったらどうなるのか?選手の年俸は下落します。
年俸が下落したらどうなるのか?プロ野球を目指す人が少なくなります。
プロ野球を目指す人が少なくなったらどうなるのか?そもそも球団を保有してまで運営する価値がなくなります。
昨今の「選手⇔球団間の移籍に関わるいざこざ」や「選手ファーストが行き過ぎることで置いてけぼりにされるファン感情」は、ほぼファンが主張をするのみにとどまり、プロ野球の主要組織でもあるNPB、選手会でも話題に上がる気配がありません。年に一度は「社会人としてどうなのそれは」と言いたくなるような選手、元選手のニュースも聞こえてくる。抜本的な改善や、組織を挙げての謝罪、改善策の提示もほとんどなされていない。はっきり言って日本球界は完全に「殿様商売」になっていると言わざるを得ない。
そうなるのも当然です。選手が移籍するという場合、損をするファンと得をするファンが必ずいます。絶対にファンの総意が同じ方向を向くことはない。だって、得をするファンは選手移籍を正当化したいですから。
そして球団からしてみれば、その言動を統制する必要もありません。自分たちがリスクを負って説明をしなくたって、ファンが勝手に「対アンチ用最終兵器」になってくれるのです。あとは時間が解決してくれるのを待つだけです。よって、毎年各球団はリスクある発言を控え「ファンのために」ときれいなことだけを言っておけばよいのです。
まとめます。
球団は「ルール上問題ない(だからファン感情は勝手に処理してね)」
選手も「ルール上問題ない(だから選手の判断に文句を言わないでね)」
確かにその主張は間違ってない。球団も選手もベストを尽くしているのだと思う。ただ、物事には前提というものがある。プロ野球というビジネスにおいて、最大の前提は「プロ野球が魅力ある存在である」ということに他ならない。そこを否定するのであれば、極端な話「球団と選手だけで一般公開なしのクローズビジネス」をすればいい。でもそんなものが成り立たないのは説明するまでもありません。ファンに見られることのないショービジネスなんて存在しません。
それぞれの立場でどんな正論を振りかざしたとしても、ファンに
「確かに君らの言うことは正論だけど、俺らは納得いかないからもう野球なんて見ないね」
と言われてしまってはその大前提は崩れてしまう。
というか、すでに崩れてきているのではないですか?と問いたい。
個人的には、長い目で見て今が「2020年代の初めくらいが日本野球のターニングポイントだったよね~」と言われるような、そんな時期に差し掛かっているような気がしました。
自分自身、プロ野球っていいよなって思ったときの情熱が、ここ数年で半分程度にしぼんでしまった感覚があります。そして多くのプロ野球ファンが同じような感覚を持っているんじゃないかなと個人的には予想しています。
日本の野球がどうなっていくのか、いちファンとして残り火の情熱で見守っていこうと思っています。