経済合理性の先の地方創生
福岡県田川市の旧猪位金小学校を再生し、2017年4月にオープンした多目的施設「いいかねPalette」。この場所は、単なる廃校利用の成功事例にとどまらず、地域と世界をつなぐクリエイティブな拠点として、多くの人々に新たなインスピレーションを与えています。
この施設を運営する株式会社BOOKの創設者、樋口聖典さんの理念は「どこでもできる世界をつくる」「なんでもできる世界をつくる」「だれでもできる世界をつくる」。一見抽象的に聞こえるかもしれませんが、これらの言葉には、地方から世界へとクリエイティブな可能性を広げたいという強い思いが込められています。
廃校となった旧猪位金小学校は、「クリエイターが集い、共創する場」として生まれ変わりました。その背景には、地域に眠る可能性を掘り起こし、新しい価値を創造したいという願いがあります。
校舎の教室や廊下を活用した空間には、シェアオフィス、コワーキングスペース、音楽スタジオ、ギャラリー、宿泊施設など多彩な機能が備えられています。ここに集まる人々は、各自が抱えるプロジェクトを展開し、自由な発想で新たな価値を生み出しているのです。
様々な形
音楽スタジオでは、地元のバンドやアーティストが練習や録音を行えるほか、全国から訪れるクリエイター同士のコラボレーションも活発に行われています。こうした相互作用を通じて、地域が持つ潜在的な魅力が引き出され、新しい息吹が吹き込まれています。
さらに、ギャラリーやイベントスペースでは、展示会やワークショップが頻繁に開催され、地域住民が主体的に参加する機会が増えています。都会のイメージが強いクリエイティブ活動が、地方と結びつくことで、従来の「地方」の枠を超えた新たな価値が生まれているのです。
地域とクリエイティブ活動が交差することで、訪問者や参加者にとっての学びや発見の場となり、「地方」という言葉に新たな意味が加わっていきます。
樋口さんが掲げる「どこでも・なんでも・だれでもできる世界をつくる」という理念は、人間が本来持つ創造性や好奇心を最大限に引き出す装置として機能しています。
この場所では、年齢や肩書、出身地に関係なく、多様なバックグラウンドを持つ人々が集い、自らのアイデアを形にしています。それは、単なる作業場としての利用を超えて、個々の内的な欲求を解放し、自己実現を促す場となっているのです。
「誰もが自由に創造できる世界」——その言葉の裏には、個々人が本来持つ力を解き放ち、それが地域を超えて世界へと広がっていく可能性が込められています。
人との関わり合い方
この施設は、単に物理的な場所として機能するだけではありません。クリエイター、起業家、学生、地域住民など、多種多様な人々がここで交流し、自然とコミュニティが形成されていきます。そこから生まれるプロジェクトは、単なる一過性のものではなく、地域の課題解決や産業の活性化へとつながる可能性を秘めています。
かつて学び舎として地域の子どもたちを育んだ空間が、今では新たな学びと創造の場へと姿を変え、地域住民の思い出を未来へと受け継ぐ「文化の継承」と「革新」の両立を実現しています。
旧校舎ならではのノスタルジックな雰囲気を活用し、校庭を舞台にした野外音楽フェスなど、さまざまなイベントが開催されています。こうした取り組みによって、地域のストーリーが国内外に発信され、「いいかねPalette」は田川市の新たなシンボルとして機能しています。
この場所が持つ物語は、地域の歴史に根ざしながらも、未来への展望を開く「自由」と「共創」の精神によって輝きを増しているのです。
多様性をもっと
「地方創生」という言葉が時に閉鎖的なイメージを持たれる中、「いいかねPalette」はむしろ開放的な視点を示し、地域に根ざしながらも地理的な制約を超えた取り組みを推進しています。
音楽、アート、ビジネスなど多岐にわたる領域を横断しながら、地域住民だけでなく、外部のクリエイターや企業とも連携。行政に頼るだけではない、持続可能な仕組みづくりに挑戦しています。
これからさらに多様なクリエイターが集い、新たなプロジェクトが次々と生まれるでしょう。地域住民や遠方からの移住者、賛同者がこの場所で交流し合うことで、田川市だけでなく、日本各地のまちづくりや文化の発展にも大きな影響を与える未来が見えています。
「いいかねPalette」が持つ「自由」と「共創」の精神は、単なるスローガンではなく、一人ひとりの情熱と可能性をかき立て続ける装置として、これからも輝きを放ち続けるに違いありません。
この場所から生まれる物語が、また新たな物語を紡ぎ、未来へと受け継がれていく。その可能性を僕は信じてやみません。