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【連載小説】夏の恋☀️1991 シークレット・オブ・マイ・ライフ㉑

 おれはある種のてんさいなので、記憶力が悪い。

 おそろしいことに、そんなおれでも、一句、一文字覚えている文章というのがいくつかある。


 ふるいけやかはづとびこむみずのおと


 とか

 春宵一刻値千金

 とか

 これらは正真正銘の、マジもん、名文章の証拠である。

 こんな感じで、桃子の文章でも、一文字、句読点にいたるまで、覚えている文章がある。暗唱もできる。

中島らもというひとの小説をよんだ

アル中のはなし

わたしは地球人だが、魔法がつかえる、つかえた

こどものなまえは、男なら中村草田男 女なら中村草田男
それか 女なら吉屋チルー  男なら吉屋チルー

そうしたかったな

わたしは酒がすき きらいだけど

酔っていたい

きもちわるくなるのはすごくいや

ずーっとほろよいがいい 微醺

中島らものゆめに、腔腸動物(こうちょうどうぶつ)がでてくる

分泌している、それが、香せん液というらしい

この液を湧き水にいれると透明な薄い紫いろにかわる

のむと、ごくほのかな甘みが舌先にのこる

花の精のような芳香がすっと抜け出る

ごくごくごくごく、ごく

いくらでものめる

これ、酒なの

いくらのんでも、二日酔いにはならないし、倒れない

ずーっと微醺(びくん)

わたしたちはこれがのみたい

のみたいなあ

小説だからフィクションなんだろう

うそなわけ

中島らもというひとだって、のんだことがない

ないくせに、書いている

たべたことがないものを書くひともいる

おいしそう、よんでいるだけで腹がなる

よしだけんいちいけなみしょうたろう

とか

ずるいなとおもう

けど、よむだけでも、よめるだけでも、まあいい

それにはかんしゃしているんだよ


おかあさんはね


チルー

草田男

おいでおいで、おいで

おかあさんになれなくて


ごめんなさい

桃子ノート



◇参考・引用
 『今夜すべてのバーで』(中島らも 講談社1992第八刷)
 『地球星人』(村田沙耶香 新潮文庫令和三年四刷)

本稿つづく


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