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【連載小説】夏の恋☀️1991 シークレット・オブ・マイ・ライフ㊵

 のん気な話がしたいので、します。

 H先生というのは、高校の古文・漢文の先生で、髪がない。なんだかいつもおもしろくもなさそうな顔をして、痩せていて、背がまあまあ高い。

 もちろん生徒からはHという不名誉なあだ名をつけられ、よばれている。先生もそれを知っていて、たいへん怒っている。

 先生は最初の授業で、こんなことを言った。

――人間としてつまらんことにこうでい(拘泥)してはならない。君たちも大きなこころをもって、前に進むべきである。わたしはつまらないことでいちいち指導したりはしない。例えば、教科書を忘れたからといって減点したりする教員もいるが、そんなことは学びの本質的なことではない。

 大学院とちがって、これはくみやすいとおれたちは思った。

 つぎの時間、「起立」「礼」がおわって、

――教科書をわすれました。すみません。

 といってある生徒が立って、あやまった。続いて、二、三人生徒が立った。すると、ぼくも、わたしもというふうに立って、終まいには半分ちかくの生徒が立っていた。

 H先生は急に、怒りだした。学校というのは、学びにくるところだ。それを、なんだ、おまへたちは。教科書をもってくるというのは、学びの基本中の基本である。君たちに学ぶ資格など、ない。

 先生はかんかんに怒って、教室を出て行ってしまった。

 教室は、シーンとなったが、やがて談笑がはじまった。学級副級長の男が、これあやまりに行ったほうがいいんじゃない、的なことを言ったが、ま、いいんじゃね、ということになり、この時間はクラス談笑となった。騒ぎすぎる男子らがおり、隣で授業をしていた大学院が来て、なんだおまえら、となった。教室は、シーンとなった。大学院がもどると、やがて、さざなみのような声がしだした。

 H先生は古文・漢文を担当していたので、生徒は教科書は持ってくるようになったが、授業がはじまると、半分以上、3分の2ぐらいは、死んだように眠ってしまった。おれも半分はねむっていたが、時々、先生は何かおもしろいことを言うので、一応きいてはいた。

 その年の二学期に、先生は内地の私立の高校に引き抜かれて行った。なので先生の授業を受けたのは一学期だけである。二学期になってしばらくしてから、おれたちは先生が羅月(らげつ)と号する俳人だと知った。

 廃人? はははは、と嗤う生徒がいた。 

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◇引用・参考
 「国語の先生」(小沼丹『小さな手袋』講談社文芸文庫)

本稿つづく 

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