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【読書記録】「タイタン」野崎まど

予備ノリたくみが絶賛していた小説。

究極的に機械化が進み人類が我々の考える類の仕事をしなくて良くなった時代、仕事を肩代わりしてくれるまさしく巨人的存在となった人工知能「タイタン」が、突如機能低下を始める。そこに呼ばれたのが趣味として心理学を学ぶ主人公。30年近く仕事をせずに生きてきた彼女が、何億という人間の生活に直結するタイタンのカウンセリングを行う話。

普段小説をあまり読まないゆえに、その力の強さを再認識させられるものだった。本書の結論は至って単純であり、話を振られれば「そんなもん自明じゃん」と思ってしまうようなものなのだが、そこに重層な設定がついてくると説得力が違う。私が日常的に読むような本なら「この論拠穴があるな」などと茶々を入れたくなるが、小説ではそんなの野暮ったい話。論拠の裏付けは話の筋の通り方ではなく設定の厚みが担う。そしてこの小説、設定が深い。

現代資本主義の矛盾点を解消する経済システムを、私も片手間に考えていた。ほとんどの人間にとって生活の糧となる貨幣は労働を通すことでしか得られるものではない。ほとんどの人間が仕事をしなくても世界が回る(気がする)現代になっても、貨幣経済というシステムを回すために、あってもなくても世界が変わらない(気がする)仕事を続けなければ生活できない。ではいかにして、労働と生命維持を経済的に引き剥がすか、これを長らく考えてきたわけだが、本書での答えは至って単純であり、至って資本主義的である。物量だ。機械はその物量と性能をフルに発揮して、人間に消費しきれないほどの生産・仕事をする。人間の欲望が飽和すれば、物々交換に端を発する貨幣システムは不要になる。そして人類に残っているのはマッチングや評価などといった評価経済である。仕事や責任という概念が消失して登場人物は一見自己中心的に見えてしまうが、逆に責任という概念が「この人間がいないと困る」という生産の飽和していない仕事社会の概念であることを考えれば、適切な自己中心主義であることもわかる。もちろんこのシステムは私の中の最適解ではないが、軌道修正を迫るものとして大いに影響を与えられた。

また本書の構成も目を見張るものがある。一才の無駄がない。全ての文が必要であり、無駄に繰り返されている文がない。こういう文章を描けるように、私はなりたい。

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