vol.96 初桜 折しも今日は 良き日なり【手紙の助け舟】
ごきげんよう。喫茶手紙寺分室の田丸有子です。
タイトルは松尾芭蕉の有名な俳句です。散歩に出るたびまさにそんな気持ちになる今日この頃、いかがお過ごしですか。
桜の淡いピンク色を見て思い出すのは、詩人・大岡信氏のエッセイ「言葉の力」です。
このエッセイには大岡氏が京都に住む染色家を訪れた折、桜色に染めた糸で織った着物を見せてもらった様子が描かれています。
えもいわれぬ美しいピンク色は桜の樹皮で染めており、しかも一年中どの季節でも出せる色ではなく、花が咲く直前にしかとれないそうです。それを聞いた大岡氏は、桜の花びらの色は幹も枝も根っこもすべてを含んだ”木全体の一刻も休むことのない活動の精髄”なのだと気が付きます。
大岡氏は言葉の本質もこれと同じだと言います。
目に見えているのは花びらの色であっても、花びらの色を生み出しているのは全然別の色をした幹、そして木そのものです。つむぎだす言葉はささやかでもその背後にある大きな世界を背負っている。言葉の場合、背後にあるものとはもちろん人ですよね。
「言葉」に説得力があるとしたら、それは言葉を発している「人」が説得力のある生き方をしているから。どんなにささやかな言葉でもその人の本質が立派であれば、言葉の意味以上の何かが伝わるでしょう。言葉に美しさや深みを持たせたかったら、自分自身がそれ相応にならなくては。どんな言葉を紡いでいきたいのか、それは自分自身がどう在りたいのかに通じる気がします。
毎年この季節になると、美しい桜を眺めながら「言葉の力」を思い出し、今の私はどうだろうかと哲学的に考えをめぐらしています。
【参考文献】『ことばの力』(大岡信著、花神社刊)
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