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眠れない夜の物語「ポプラ」

屋根をうつ、雨だれの音が聞こえます。しとしと、雨が穏やかに降っています。暖かい飲み物を片手に本を開けば、そこはあなただけの世界。今日の物語はあなたをどこに連れて行くでしょうか。

 目をつむると、風になびく猫じゃらしが見えます。あなたが寝そべっているのは丘の斜面。草の香りを吸い込むと、風が頰を撫でていきました。目を上げてみると、ふわふわの綿毛が空を渡って行きます。青空の真新しい雲を少しもらって、小さく分けてふうーっと吹いたようです。

 耳を澄ますと綿毛たちの声が聞こえました。初めて聞く綿毛の声は、ころころ、くすくす、柔らかく響いて、包まれているような心地がします。雲の中を漂ったら、きっとこんな気持ちです。

 一つの綿毛が鼻先にふっと触れました。お日様と森の匂いがします。手にとって見ると小さな小さな種を大事に抱えているので、そっと息を吹きかけて空に帰しました。

 すると、優しい風がおきて、体がふわっと舞い上がりました。そう、本当に舞い上がったのです。周りを綿毛に囲まれて、お日様の当たる暖かいベッドで、ふかふかの布団にくるまっているようです。

 綿毛の隙間から透き通った青い空が見えます。それはとてもきれいで、眺めていると空に溶け込んでいくような気がします。体がなくなって、本当の種になった気持ちです。綿毛たちは優しく笑っています。目をとじると地上の草原や湖の香りがして、景色が流れて行くのがわかります。

 このままふわりふわりと気持ち良く風にのって、どこに降り立ってもいいのです。そう思うと不思議に安心して、綿毛の中で眠りました。

 ころころ、くすくす、柔らかく響く声が遠のいていきます。ぐっすり眠っていたので、ぽかぽかの丘の上で、消えてゆく声にも気づかなかったのでした。





(フリー朗読台本でもあります。文:白原すみと表記して使ってください)

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