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猪木 vs アリ戦を繰り返し観た正月

2022年10月1日のアントニオ猪木逝去以降、猪木のことを考えない日はない。と言ったら大袈裟か。情けない話だが、失ってから初めて考えを巡らせたり、気付いたりすることは多い。
1976年(昭和51年)6月26日(土)に日本武道館で行われた「格闘技世界一決定戦」アントニオ猪木 vs モハメド・アリ戦などまさにそう。試合から45年超、もう語り尽くされているこの試合のノーカット動画がBSテレ朝「猪木自ら語った"アントニオ猪木"闘いの舞台裏と激闘名勝負・第1夜」で放送された(2023年1月2日)。過去に全ラウンドノーカット版をちゃんと見ていなかったと思う。集英社から9年前に出た「DVDでよみがえる闘いのワンダーランド 燃えろ!新日本プロレス 至高の名勝負コレクション エクストラ」は購入するも試合じゃない方のディスクしか見てなかったし、アリ逝去直後の2016年6月12日に地上波テレビ朝日がオンエアした『モハメド・アリ緊急追悼番組 蘇る伝説の死闘「猪木vsアリ」』はHDDデッキに録画されたまま再生していなかった(汗)。この番組は試合中の両選手、両陣営が発した言葉をテレビ用映像の音声が拾っている範囲でキャプションを付けてくれた貴重な番組だ。後ほど触れる。
そんなこんなで、この正月追悼特番でいわゆる「猪木vsアリ戦」を全ラウンドノーカットで通しで見た。驚いた。

・アントニオ猪木は21世紀のMMAファイターですか?という位、今日の成熟したMMAの試合で当たり前になっているムーヴを滞りなくやっていることにまず驚き
・もう1つは「あれ?猪木、意外とスタンドで戦ってるじゃん」という驚き。これについて今回突き詰めてみた。

◆猪木は本当に寝てばかりだったのか?

もう興味本位でしかないのだが、一体試合中猪木はどのくらいをスタンド状態で、一体どのくらいをマットに寝た状態(=これがいわゆる”猪木・アリ状態”)だったのか、手作業で時間を計ってみた(笑)。かなりラフな方法だが、動画を見ながら、恐らく尺が短いであろう「スタンド状態」をストップウォッチで計ってみた。ここでの「スタンド状態」の定義は、両足裏意外の身体のいかなる部分もマットに着いていない状態だ。これを全15ラウンドごとに計測し、1ラウンドは3分なので非スタンド状態は引き算(3分ースタンド状態)で算出。便宜上、非スタンド状態を「ボトムポジション」と記すことにした。そしてこれを面グラフにしてみたのがこちらだ。結構時間がかかりましたが、興味本位なので最後まで仕上げました(笑)。

計測の結果は意外なもので、全15ラウンド2,700秒のうち51.9%、つまり半分強はスタンドポジションだったのだ。この試合を語る記事や語りでは「猪木は寝てばかり」というフレーズが必ず含まれると思うが、実際は半分以上は立っていたのだ。しかし異種格闘技戦とはいえ、ボクシング世界王者との試合だから多くの人がスタンド戦を期待していたから、さすがにスタンドとボトムが半々では「寝てばかりいた」という印象になるのもわからなくもない。
一方でグラフと数字を見ていただければ明らかな通り、第1ラウンドが全ラウンドを通じて異常な比率なのがわかる。つまりラウンドの93%はボトムだったので殆ど立っていない。「猪木 vs アリ戦の第1ラウンドの映像だけ見て、あれやこれや言っている人が多いのでは」というのが私の推察だ。
また、スタンドとボトムの比率が試合内容と連動するか、と言えば必ずしもしていないと思うが、常識的なことを言えば「ボトムポジションの間はアリのパンチを食らわない」ということと逆もまた然り、である。全15ラウンド中もっともスタンドが長かった第14ラウンドは、アリのジャブを二発被弾している。カメラアングルが悪くアップだったので、インパクトの瞬間が映っていない(!)ので何とも言えないが、結構な打撃音が聞こえた。
全般を見渡した場合、傾向としては「試合が進行するにしたがってスタンドポジションが増え、ボトムが減」っているのだが、これはやっていくうちに猪木が距離感を掴んだのと、次の項で触れるがスタンドから力を込めたスライディング回し蹴りがキーポイントになることにも気付いたからだと思う。実際にやってみればわかるが、寝た状態からは強い蹴りは打てない。

◆アリキックとはどのような蹴りを指す(べき)なのか

以上のことから、私が初めてちゃんとノーカット版映像を通しで見たことで感じた「猪木、意外と立って戦っているじゃん」はあながち間違いではなかった。
それと連動する部分で、世間がイメージする「アリキック」と本当のアリキックは違うのでは?という疑問が湧いた。私が勝手に定義する世間一般の「アリキック」は、”ボトムポジション(背中を着いている状態かもしれないし、尻を着いているクォーターからかもしれない)から相手の腿裏辺りを蹴る”というものだが、いかがだろうか。確かに第1ラウンドで見せた蹴りは殆どがボトムポジションからの蹴りではあったが。
今回映像を見て、もっとも強度が高くアリにダメージを与え、かつもっとも多く放たれた猪木の蹴りは、間違いなくスタンド状態から始まる「スライディング回し蹴り」だ。もっと細かく言うと、蹴りがヒットするまで猪木はまだボトムポジションにはならない。蹴り抜くのとほぼ同時に、スライディングするように下半身からマットについてボトムポジションになるのであり、決してボトムポジションから蹴りを繰り出しているわけではない。動画でご覧いただきたい。

◆6R 唯一のグラウンド攻防

試合を通して唯一グラウンドでの攻防になったのは第6ラウンドのアレ↓でしょう。

猪木のボトムからの蹴り足を掴んだアリ。足を掴んだゆえに猪木との距離が確実に縮まってしまい、ボトムの猪木に足を刈られてスイープ(リバーサル)され、上下が入れ替わる。入れ替わるどころか、後ろ向きの猪木の尻がアリの胸の上にある状態でアリは身動きできない。上下入れ替わっても落ち着きまくっている猪木は、ここで冷静にアリの頭部に肘打ちを落とす。肘打ち自体が反則なのか、ロープブレイク後の攻撃だから反則だからか、いずれにしても公式にレフェリーに反則をとられ猪木が減点1となった。
後日談として猪木本人も度々言及しているが、この時「もっと思いっきり肘打ちしていれば」とか「もう一発肘打ちをお見舞いしていれば」というタラレバ話に花が咲くが、客観的に見てこの状況では肘打ちを繰り出しただけでも凄いと思うので、もっと強くとかもう一発は、ほぼ無理だったんじゃないかというのが自分の味方。どうでしょう?
余談だが、この時猪木が見せたスイープ(リバーサル)は、1977年8月に田園コロシアムでジャンボ鶴田とUNヘビー級タイトルマッチを戦ったミル・マスカラスが見せたスイープっぽい動きと似てなくもない。(リンク先18分40秒過ぎ)

◆猪木にタックルという選択肢

猪木はこの試合で計3回タックル(というか組み付いた)にいっている。よくある後講釈で「猪木はもっとタックルにいけばアリを簡単に倒せた」がある。
これについては、私の勘違いでなければまずルールで「下半身へのタックル」は禁止されていたはずだ。ボクサー相手に上半身へのタックルはリスキーだし、あまりやりたくないだろう。その中でも数少ないチャンスで3回上半身に組み付いてみたら、身体がロープに触れているだけでブレイクになるからどうにもならなかったのでは?
正確な全体ルールを把握していた人が当時何人いたのか疑問だが、2016年のアリ追悼特番では、以下のような説明がなされた。タックルについては言及されていないのと、例の公開スパーリングを受けて上半身への蹴りが禁止になったのも含まれていない。

とりとめもなく書いてしまったが、猪木 vs アリ戦から学べる事は多く、また気付いたら書きたい。

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