オンライン診療を当たり前の世の中に。遠隔診療向け聴診器メーカーが挑む日本医療の課題解決
遠隔地でも音を正確に捉える、高感度センサー内蔵の聴診器
ー会社概要を簡単にご説明いただけますか?
創業は2022年7月になります。前職で働いていた株式会社メムス・コアから、医療機器事業の一部を譲受してこの会社を起業しました。従業員は3人、資本金は1000万円。医療器の製造販売と、またISO13485の認証を取得しているので、他の医療機器の受託生産もできる会社です。
ーJPステートでは電子聴診器の事業をされていますが、製造している電子聴診器の特徴や強みを詳しく教えていただけますか?
一番の特徴は有機圧電センサーという、自社開発の聴音センサーを搭載している点です。有機圧電センサーは空気に伝わっている音は取らず、接触したときに初めて音としてピックアップするのが特徴です。なのでより正確な聴診音を採取できる聴診器となっています。
それから技術的な話では、「音響インピーダンス」という物性、物と物との間の反射が生む数値をいうのですが、これが非常に水に近いんですね。生体の65%を水というふうに解釈すると、身体との親和性が非常に高い。なので、生体内のより微細な音も聴き取ることができます。
ー開発している電子聴診器は遠隔診療にも使われると伺いました。この電子聴診器が遠隔診療にもたらすものとしてどんなものがありますか?
一つは、医療の社会問題に貢献する技術だということ。医師不足を解決するという点で、先生がいちいち往診に出て行く必要もない。また高齢化社会という点で、患者さんにもいちいち病院に来てもらう必要もない。その往来を遠隔診療で埋められれば、医療メリットは高いんじゃないかと。
ー県内でも特に仙台市以外のエリアで高齢者の割合が増え、遠隔診療や在宅医療が進むと予想されています。その中でドクターカーや電子聴診器を使った遠隔医療が進む未来はもう現実的なものとなっているのでしょうか?
そうですね。まず電子聴診器の実績で言うと、関西圏で運用されている移動診療車に私たちの電子聴診器が搭載されたという実績を持っています。また、高齢者の方が居住される離島と本島の病院を繋いだ遠隔診療においても実証自体が行われています。あとは、個々の行政の方々がどれだけアクセルを踏んでいただけるか? というところに期待しています。
地元の話をすれば、栗原市の花山地区というところに診療所が一軒あります。そこで働く人に聞いてみると、患者さんが週に13人しか来ないそうです。ですがそこに医師が常駐している。医師不足が深刻化する中、そういう状況を解消するためにも遠隔診療の導入を検討してほしいと思っています。
ー「遠隔診療が本島と離島でできる」というお話ですが、距離はいくら離れていても問題ないのでしょうか?
はい。極端なことを言えば、アフリカのデータを日本で見ることも可能です。例えば今、海外の方が日本へ遊びに来たついでに健康診断や診療を受けられる、そういうツアーもあるらしいんですね。そして受けた方が自国に戻った後の定期検診も遠隔でできる。どこに行っても、同じような体制で診療を受けられる状況が当たり前になってきています。
ー日本の医療レベルは世界の中でどのように評価されているのでしょうか?
日本が評価されているのは保険制度がしっかりしてるという点だけでは?「日本の医療機器がすごい」というほどではないと思います。
ーそういった中に、佐藤さんが作っている電子聴診器も入り込んでいくと、今まで開けなかった扉が開くのでしょうか?
私たちの製品はオンライン診療に特化した機能を搭載してるので、そういった意味では他の世の中に出てる電子聴診器、国内メーカーも含めて差別化できており、技術的優位性が確保できていると思っています。
オンライン診療が当たり前になる未来が近づいている
ー宮城県以外でJPステートの製品が活用されている事例を教えてください。
プレスリリースで発信しているところでは、三重県鳥羽市でトヨタ自動車とソフトバンクの共同出資会社「MONET Technologies」が開発した移動診療車に、私たちの製品が使われています。
また、滋賀県近江八幡市内の琵琶湖にある島の診療所では、島内に看護師さん、内地にお医者さんがおり、遠隔診療を行うための導入が進んでいます。
ー実証のパターンとしては、国内は離島があるところが多いのでしょうか?
離島というよりは、行政による地域包括ケアの文脈ですね。行政が主体となって、高齢者が居住する過疎地域や離島で導入されるケースが多いです。
ー現状は行政主導で進んでいる形だと。
そうですね。診療報酬の面では、医師は患者さんが来てもらった方がお金になるからあまり積極的ではなくて。だけど社会問題として、医療費負担が大きくなっている行政としては、もう動かざるを得ない状況です。なので行政に協力していただける先生をピックアップして、行政が動き始めているというのが実状だと思います。
ー制度自体もどんどん変わっていかなければいけない時代になってきているんですね。
ちょうど、今年が診療報酬改定の年にあたります。そこでは訪問介護やオンライン診療の診療報酬が、いい方向に変わるだろうと予想されていますね。訪問介護をしている場合、月2回往診に行く必要がある。「2回のうち1回はオンラインでいいよ」という取り決めはあるのですが、現状の診療報酬ですとオンライン診療は対面診断の65%しかもらえないんです。だから往診に行く人が多い。これが65%ではなく、90〜100%といった数値になってくると、ちょっと状況が変わってくるだろうなと。
ー既存の仕組みがある中で、オンライン診療を浸透させるのも大変なのですね。
ただもう、待ったなしの状況なので。厚労省の中にある、遠隔診療のワーキンググループではもうすでに検討されているんですけど。その中には私達が参加した国家プロジェクトの事例も紹介されています。国として今後オンライン診療に舵を切る方向なのは間違いありません。
あとは今まで各社が作っていた診療報酬を計算するシステムも、今後は厚労省の方で統合されたプラットフォームが作られるようです。そうすると電子カルテの標準化ができてくるので、病院の方での追加投資も少なくて済む。そういった改革の中で少しずつですが、普及していくだろうなと。
災害時でも「簡単に使えて、よく聞こえる」聴診器を目指して
ーこの機器を開発されたきっかけを教えてください。
元々開発の根底にあったのは、東日本大震災です。津波の被災地と、内陸の基幹病院をつないだ遠隔診療の実証評価というのを、慶応大学のSFC研究所の先生がやられていました。その当時に使われている電子聴診器というのは、アメリカ製のリットマン聴診器しかなかったんですね。
また当時は現場の看護師さんがパソコンを立ち上げて、Bluetoothでペアリングしてデータを録音していました。当時のBluetoothは、音質が悪くてブツブツ切れる。また普段パソコンに触れないので、操作に不慣れな看護師も多い。なので「簡易的操作で使える、質の良い電子聴診器を作ってくれないか?」というのがスタートなんです。むしろ、その点に最も気を使って仕上げた聴診器でもあります。
ー実際に製品を開発されたときの周りの反応はいかがでしたか?
最初は開発したときに、ボロクソに言われたんですよね。「こんなものを作ってどうするの?」と。でも、政府が提言する未来の社会課題を集めると、そういう医療問題が出てくることはほぼ確実だとわかっている。「それを解決するためにはデジタル技術が必要なんです」と、わかってもらうところからのスタートでした(笑)。
それでも「何くそ」と思いながら作っていると、そのうち、私達にとってもプラスの情報が、社会問題として出てくる。そうしたら皆さん手のひらを返して「これって必要だよね」と言ってくれるようになってくれました。
大きなきっかけはコロナです。新型コロナウイルスが流行したとき、これまで遠隔診療にはすごく障壁があったんですが、安倍首相がその障壁を撤廃したんですよね。そのおかげというのは確かにあります。
アメリカの事例では、「10年かかる」と言われた変革がコロナによって2年にまで短縮された。今JETROの資料を見ると、2023年現在で、「病院」の75%が遠隔医療を導入しているんですよ。加えて、ウォルマートなどの異業種が参入してきて、ウォルマートのスーパーマーケットの脇に診療ブースができるという動きも広がっています。
ーオンライン診療やそういった簡易医療が受けられる状況が、海外ではスタンダードになってきているんですね。ところでスタートアップ企業として、一番苦労したのはどういったところでしょうか?
資金ですね。今回事業を譲受したときの金額が結構大きかったので、それを捻出するのに、政策金融公庫さんに絶大なるご支援をいただきました。普通、スタートアップだと国民生活事業という融資制度の方にいくんですよ。ですがそちらは融資の金額が少なくて、アッパーで1500万円ぐらい。
前の会社に感謝するところは、中小企業事業の融資制度を紹介してくれたことです。中小企業事業のプランの中に、スタートアップ支援に合致するねということで融資いただいたのは助かっています。
あとスタートアップという点ではお金もそうですけど、誰か支援してくれる人がいないと厳しい。JPステートの本社がなぜここにあるかというと、「有限会社築館クリーンセンター」の会長をしている大場さんが、高森塾という栗原市の中小企業経営者向けの勉強会をしています。この地域のスタートアップや中小企業の社長を支援していただけるような地元の名士さんが、二つ返事で「ここ空いてるから、ここ使え」と言ってくれた。「金融機関にも話してあげるから」というサポートがあってのスタートなんです。
初期投資がそんなに必要ない事業であれば、そこまでする必要ないかもしれないんですけど、ベンチャーやスタートアップに対する理解を持っていただける人、後ろ盾になってくれる人は、やっぱり必要かなと。
これからは「他社との協業」が事業開発のスタンダードになる
ー今回のマッチングイベントで、そういった出会いについて何か期待するものはありますか?
ぜひファンド系の方とお会いしたい。やはりスタートアップなので、軌道に乗るまで時間がかかる。ベンチャーだったらなおさら、長いスパンで資金的にご支援いただけるような機会が欲しい。そういう人たちと出会いたいですね(笑)。
ー今回は宮城県さんが主催するイベントですが、そういった機会をもっと設けた方が良いでしょうか?
2月に宮城県でピッチコンテストをやりますよね。要項を見たんですけれど、『公的個人認証を活用したサービス等』とソフトウェア開発にテーマが絞られていますよね。公庫からは「申し込みなさい」と言われたんですけど、駄目だなと思って申し込まなかったんです。本当の意味でスタートアップを支援するのであれば、もうちょっと間口を広げてやってくれないかなというのは、正直なところですよね。
ーリアルな意見ですね。ぜひ掲載させてください(笑)。
(一同笑い)
ー今回のイベントも、領域を医療と宇宙に絞っているのですが。佐藤さんはどういった業種、分野の方と出会いたいですか?
どんな企業さんでもぜひ。倉元製作所にいたときは品質管理をやっていたので、外注さんの仕入れから製品化までを全部見ている。だから色々な業種の方々と意見交換する機会がありました。その経験があって「プラスチック成形はどんな感じでやればいいだろう?」とか「電子部品はこうしてやろう」とか、そういうことを考える知見が身についています。
逆にお困り事があれば、こちらで相談を受けて「お困り事を解決しましょう」という動きもできます。そういう形でお仕事になっていくこともある。私たちが今まで培ってきたもので、逆提案させていただくということもある意味ではできるかなと。
ーぜひ色々な業種の方に対して、コーディネーター的な立場で、繋げていく役割もしていただけるといいかなと思います。
そうですね。もう自社で1から10までやろうなんていう時代じゃないと思うんですよ。やっぱり時間勝負なので、例えばソフトウェアだったらソフトウェアに長けている企業さんと協業していく、そういうスタイルがいいんじゃないかと思いますよ。
ー特に医療分野のスタートアップは長いスパンで作り上げていくものだと思いますが、その点において一番苦労したところは資金面以外に何かありますか?
管理医療機器なので、認証のための審査がネックになるんですけど。医療機器だからこそある医療機器等法などの独特な制度への対応は大変ですね。外部のコンサルティング会社から勉強させてもらうこともありましたが、1からやろうと思うとシステムを構築するのにすごく時間がかかる。
あとは、やっぱり出口戦略。販売価格を自分たちである程度コントロールできるビジネスモデルを描こうとすると、製造販売業という形を取らなければいけないけど、そうすると出口をどうするのかという問題が発生する。開発を始める段階から、何かしら出口戦略をしっかり見極めていかないと厳しいなって気がします。
ー最後に、こういった新しいビジネスを始めるときのアイデアや原動力はどこから生まれるのか教えてください。
前職では当時、技術部門がなかったので、ずっと品質管理の仕事をしつつ、技術営業の役割も兼ねてやっていたんですね。そのおかげもあって、国内・国外のお客さん全部を相手にしてやってきた。そういう経験もあるので、新しいものに関わるときに「どうやったら製品の形になるだろう?」と考える機会が多かった。
そもそも、この電子聴診器は新規事業部の部長をしていたときに「液晶ディスプレイを作る技術を応用して何かできないか?」という考えから生まれたものなんです。実はこれ以外にも5つぐらいアイデアがあって、3〜4つほど特許を取得したんですけれど。
そのうちの1つに、蛾を退治するための超音波を出すスピーカーがあります。蛾というのは畑の野菜に卵を産みつけて、生まれた幼虫が野菜を食っちゃうわけですよ。でも、だからといって農薬をガンガン使うと耐性ができて効かなくなってしまうので、多用する訳にはいかない。そこで蛾の天敵であるコウモリの力を活用しようと考えました。フィルムからコウモリの超音波を出して、そのスピーカーを結界のように畑の四隅に立てるわけです。そうすると蛾が入ってこない。
あとは介護用のベッドから要介護者が離れたら、「離れましたよ」とお知らせするセンサーですとか。あとは有機圧電センサーの「どんなにうるさい環境でも、直接触れているものの音をピンポイントで聞くことができる」という性質を活かして、船の基幹モーターシステムを音によってコントロールするシステムを作ったりもしました。
だから医療だけじゃなくて、色々なところに応用できるんですね。ただこの中でも医療が今、社会ニーズにマッチしそうだということでやっています。
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