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【掌編】養魚場

新生代第四紀末期の核爆発による大災害【メギドの日】から数百年、生き残った人々は自分達が生産活動を継続する為に、【メギドの日】以前に世界各地に作られた様々な施設に手を加え利用して来た。
そして今日、新たなる食料生産施設が完成した。

連邦各地に軍隊を派遣し、その地で起こる災害等の対策に当たらせている男…大統領も総理大臣も居ない半ば無政府状態の昨今、取り敢えず【キャプテン】と言う称号で呼ばれている…は、その食料生産施設に視察におもむいた。

巨大なドームの中には、急な川の流れを再現したと思しき人工の水流が循環し、その水流の中には2種類の魚影が確認出来た。1種は大きな鱗を持つ全長1メートル余りの巨大魚、もう1種は裂けた口と褐色の細かい鱗を持つ全長70センチメートル程の魚だ。水温はかなり低く保たれているらしく、水流に近寄ると空気がひんやりと冷たい。激しい水流の中で、魚達は流されまいと必死に泳ぐ。

間もなく給餌係が餌を持って来た。餌は何らかの植物を刻んだものと、どうやら昆虫の幼虫、それにザリガニである。植物質の餌は大きな鱗の巨大魚が吸い込むようにして飲み込む。ザリガニは口が裂けた魚が咥えて身を翻す。水面でのたうち回っていた昆虫の幼虫もいつの間にか全て食べられている。

一頻りそうした作業工程を見届けたところで、キャプテンは研究員にいざなわれて施設の一室に入った。テーブルに幾種類かの魚料理が並ぶ。揚げ物、ムニエル、アクアパッツァ、塩焼き。
「当施設にて育てた魚です」
研究員に勧められるままキャプテンはフォークとナイフを取る。揚げ物は鱗の大きな魚、他は口が裂けた魚で作ったものと言う。食べてみるとなかなか味が良い。キャプテンは頷いた。
「でかした。ノウハウを各地のコミュニティに共有すれば、食料事情がより安定する」
「ありがとうございます」
「…然し、この施設の中は豪く涼しいな。何か理由があるのか」
「ふたつございます」
研究員は、部屋の壁に設置されたモニタのスイッチを押した。口の裂けた褐色の魚の全体像が映される。
「こちらの魚が、高温に非常に弱いのです。それで水温を常に10℃に保ち、尚且つ水流を作る事で魚の運動不足を補います」
同時にモニタの画像が変わった。大きな鱗を持つ巨大魚の全体像だ。
「一方こちらの魚は、水質・水温…環境を問いません。然し流れの緩やかな場所で肥育すると血液中のヘモグロビンが減少し、肉が白くなるばかりか味も大味になる事が研究で判りました。それで同じ水槽の中で泳がせ、敢えて運動量を増やす事でヘモグロビンの濃度を高め、滋味に溢れた赤身の魚肉にしたてております」
「成る程」

食事を終えたキャプテンがふと施設の一角に目を移す。屋根の一部がソーラーパネルになっている。あれで施設の電力の一部を補っているのだろう。そのパネルの下には畑らしきものがあり、青菜がひょろひょろと細い葉を伸ばす。

「嗚呼、あれですか」
研究員が振り向いた。
「あれは魚の餌として育てているものです。定期的に収穫し、餌に加工します」
「肥料はどうしているのかね」
「当施設で魚を食用に加工した後、残された魚の非食部位を用います」
研究員はそこまで語ってから、とってつけ足したように添えた。
「魚の中骨や頭の部分は、先ずアブの幼虫やザリガニの餌に回すのです。そして頭や中骨から綺麗に肉が食べ尽くされたところで、残った骨を粉砕し、肥料にするのですよ。そして増えたアブの幼虫やザリガニも、最終的には魚の餌になります」
「見事な内燃機関だな」
「因みに魚を飼育する為に必要不可欠なあの水流。あれも施設の運営にひと役買っておりましてね。あの水流自体がある種の水力発電になっているのです」
「魚の排泄物の浄化はどうしているのかね」
「スクミリンゴガイを放した浄水槽を設けています。因みに増えたスクミリンゴガイは、鱗が大きい魚に時折餌として与えます」

研究員によるとこの施設、【メギドの日】以前に持続型社会の実施の一環として建設が始まったらしい。だが施設は【メギドの日】を待たずに一度閉鎖され、近年再発見されるまでは砂の中に半ば埋もれて居たと言う。

キャプテンは、先人の叡智に感謝すると同時に、その施設をそっくり継承した事に些かの後ろめたさを覚えた。

パシャン!

鱗の大きな魚が一尾跳ねた。その鱗は、陽の光を浴びて銅のように鈍く輝いていた。

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