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【小説】なつやすみ【ついなちゃん二次創作】

白い砂浜に、遠浅の渚から寄せては返す穏やかな波。汐水が泡出つ音だけが砂浜に響く。時折白い羽毛の海鳥が、三々五々沖を目指して飛んでいく。

此処は絶海の孤島・小蓬莱島しょうほうらいとう
次元の壁に秘匿された楽園で、様々な神や精霊の通り道にあり、元人間の精霊・龍熊子貊りゅうゆうし ばくがひっそりと隠棲する場所でもある。

その、小蓬莱島の浜辺で、貊は外に竹製のテーブルと椅子を据えつけ、その上にドライフルーツやナッツ等の軽食を四角く切り抜いた芭蕉の葉に乗せて並べていた。
「今日は風も穏やかだし、絶好の行楽日和だな」
紺碧に輝く渚を小手を翳しながら見つめ、貊は目を細める。

ガサガサと藪が音を立て、身長2メートル近い巨大なパンダのぬいぐるみが大きな籠を背負って浜辺に至った。後ろからは鉄色の鱗を持つ獰猛そうな顔つきの龍と、ジャンガリアンハムスター程の大きさの小さなパンダのぬいぐるみが続く。
「お待たせ、飼い主」
大きなパンダのぬいぐるみ…ムーンが籠をドサリと地面に下ろした。籠の中には表皮が青いココナツの実がたくさん詰められている。
「でかした。ご苦労」
貊はムーンにねぎらいの言葉をかける。その後ろから鉄色の鱗の龍…ライコーダがぬっと首を突き出した。
「フシャアアアアム(然し…こんなにたくさんのココナツを集めて、一体何に使うつもりなんだ、飼い主)」
「お客が来るんだよ。来たらココナツジュースを召し上がって貰おうと思っている」
「お客?」
ムーンがさかしらに問い返す。貊はニヤリと笑った。
「安心しろ。お前達も良く承知している方々だ」
「だれかなー」
小さなパンダのぬいぐるみ…モネが舌足らずな口調で呟いた。…その次の瞬間、モネは空に視線を移し、嬉しそうに短い手足をもそもそ動かした。
「あー!いらっしゃーい」

「モネちゃん、テクパンはん、久し振り〜!」
虚空からかわいらしい少女の声がした。
「お出でのようだな」
貊が振り仰ぐと、虚空の一角に和洋折衷の戦装束を身に着けた、真珠色の豊かな髪が見事なひとりの少女が立っていた。白い素足に高下駄を履き、手には矛を握っている。額には火眼金睛が四つ光る鬼神面。
「いらっしゃい、お待ちしておりましたよ」
貊は、虚空に浮かぶ真珠色の髪の少女を見て笑顔になった。

この少女の名は方相氏・追儺ほうそうし ついな
悪鬼羅刹から人々を護る若き神格である。
元は【如月きさらぎついな】と言う人間の少女だったが、紆余曲折の末にその魂は神格となり、以来、民草を護る為に、先祖であり同じく神格として祀られる平安時代の剣豪・鬼一法眼きいちほうげんと共に東奔西走の毎日だ。

「御先祖様がなー、『今日は骨休めだと思ってゆっくりして来い』って言うてくれたんよ!嬉しいな!…そうや、今日この島に来たのは、ウチだけや無いよ」
「だいたい察しはついております。僕がこの島に腰を据えてからは、初めてお会いする事になりますかね」
「話が早くて助かるわぁ。…ほな、みんな。一先ず浜に降りるで」
華麗に砂浜に着地した追儺に続くように、四人よたりの人影が砂浜に降り立った。

「まさか、こんなカタチでテクパンさんに再会出来るとは、ついぞ思っておりませんでしたわ」
サマードレスに身を包み、素足にサンダルを履いたラベンダー色の長髪の少女…雪女・風花かざはなゆきは感慨深げに呟いた。彼女も貊や追儺同様、人間から幽世かくりよの者に転生したひとりである。そして…。
「長生きはするものね。まさかゆきちゃん始め、人間として生きてた面々が、天寿を全うした後も幽世側に留まってこうしてまた会えるだなんて、ゆきちゃんが人間だった頃には考えもしませんでしたもの」
ゆきに瓜二つな外見ながら、肌の色がゆきよりも白く、髪の毛のラベンダー色が些か淡い少女がゆきの背後からすぅっと姿を見せた。ゆきの先祖の青年に恋慕していた縁で、ゆきが人間だった頃に彼女の【守護霊】として見守り続けていた雪女の少女・ユキである。
「私は、まさか自分が雪女に生まれ変わるなんて想像も出来なかったけどね…」
ゆきがほんの少しだけ苦笑いする。ユキはゆきの肩に手を置いた。
「雪女って、なりたいと思ってなれる種族じゃないのだわ。ゆきちゃんが雪女になれたのは、元々素養があったからよ」
「…私が人間だった頃に、ユキねぇがずっと私の体を間借りしていた影響が一番強いんじゃないの?」
「ふふふ、そうかも?」

「久し振り、テクパンさん」
白と紫の狩衣を身にまとった、湧水のように澄んだ瞳の黒髪の青年が進み出た。彼の名は安倍広葉あべ ひろは。平安時代最強の陰陽師・安倍晴明あべのせいめいの末裔で、現在はこれまた神格として祀られる晴明の元に身を寄せ、神格として修行の真っ最中である。
「逞しくなられましたな、広葉君」
「へへへ」
今や自分より背が高く凛々しい若者に育った広葉の姿を見て、貊は目を細めた。広葉が人間だった頃、彼は歳の割には小背で中性的な風貌だった。それ故に周囲からは「かわいい」「女の子みたい」と持て囃され、広葉にとってはコンプレックスの種になっていたようだ。神格となった広葉が凛々しい若者の姿を取るのは、その時のコンプレックスの反動なのだろう…と貊は独り合点した。

「今日はついなちゃんや、ゆきちゃんや、ユキ姉や、広葉くんと久々に遊べるので、とっても嬉しいのです!」
満面の笑みを浮かべるのは、翠の髪をシニヨンにし、余った髪を後ろに靡かせ、鈴蘭の花を模った髪飾りをつけた和装の少女。ゆきや広葉、そして追儺と異なり、彼女はユキ同様生まれた時から幽世側の存在である。名は鈴乃すずの。とある神域に生える神木【すずの木】の精霊である。

「何して遊ぶです?」
鈴乃は追儺や、ゆき&ユキや、広葉と遊べるのが心底楽しみだと言う風で一同を見渡した。追儺が、紺碧の海を小手を翳して見つめる。それからぼそっと呟いた。
「こんだけ広いビーチがあんねやったら、やっぱり海水浴にビーチバレーがテッパンやな」
「かいすいよく?」
「海で泳いだり遊んだりする事だよ、鈴乃ちゃん」
ゆきが補足説明する。それを聞いた鈴乃は、菓子を与えられた子供のように顔を綻ばせた。
「鈴乃はずっと森の中で暮らしてたから、こんなに広い海で泳ぐのは初めてなのです!…わぁーい!」
言うなり、鈴乃は着物姿のまま駆け出し、足袋が濡れるのも構わずにそのまま海に飛び込もうとした。
「あはははは、水が少しだけ冷たいです!」
「だあああああああっ!」
追儺、ゆき&ユキ、広葉が一斉にずっこけた。広葉が鈴乃に駆け寄り、尚も海に向かって駆け出さんとする鈴乃を抱えあげる。広葉に【お姫様抱っこ】された鈴乃は、広葉の腕の中できょとんとした表情を浮かべた。
「鈴乃さん!着の身着のままで海に飛び込んだら危ないよ!」
波が届かない場所で腕の中の鈴乃を降ろしながら広葉が呆白する。ゆきが言葉を次いだ。
「鈴乃ちゃん。海に入る時は、陸上で身につける衣類は脱いでから入るんだよ。着の身着のままで海に入ったら服が水を吸って重くなって、溺れちゃうからね」
「それは知らなかったです」
鈴乃は広葉とゆきが狼狽する理由が判らないまま、ふたりの説明を聞いていたが、一頻りふたりの説明が終わるや否や、何かを閃いたような顔つきになった。

「海に入る時は、岡で着る服は脱ぐのが慣わしなんですね…鈴乃、覚えたです!」

その次の瞬間。

鈴乃は身に着けた着物をあっと言う間にポイポイと脱ぎ捨て、一糸纏わぬ生まれたままの姿になって、再び海に駆け出そうとした。
「だああああああああああああっ!!」
一同が再びずっこける。
追儺は素早く広葉の両目を後ろから手で覆い、ゆきが慌てて鈴乃を引き止めた。ユキが大きなタオルを用意して鈴乃の身体に巻きつける。
「…まさかとは思うけど」
ゆきが眉間に皺を寄せた。
「鈴乃ちゃん、もしかして【水着】って概念を知らないの!?」
「【みずぎ】って何ですか?」
小首を傾げる鈴乃の様子を見て、ゆきはまるで子を叱る母親のような剣幕で鈴乃を叱りつけた。
「あのね!?TPOにもよるけど、人前で裸になるのは、基本的にはダメな行為なんだよ!?それで、海水浴の時は水着と言う海水浴用の特別な服を着るのがマナーなの!」
「人間の世界の常識は良く判らないのですぅ…」
浮かない顔をして呟く鈴乃の姿を見て、ユキが溜息を漏らした。
「…矢鱈素肌を露出するのがNGなのは人間だけじゃなくて、幽世の世界でも同様だと思うんだけどね」

「…やれやれ」
広葉の両目を隠したまま、追儺が貊の立つ方角を振り返る。
「テクパンはん、鈴乃んのあの姿を見てヘンな懸想等抱いて無いやろね…?」
「それなら心配は要らないと思うよ」
代わりにムーンが応える。見ると貊は鼻から夥しい量の鼻血を流し、白目を剥いて気絶していた。
「テクパンはん!?」
「フシャアアアアム(鈴乃殿が服を脱ぎ捨てた辺りで、鼻血を噴いてひっくり返りやがった。いい歳して飼い主の奴、乙女の柔肌には全く免疫が無いからな)」
「まぁ、じきに目を覚ますよ。それまでに鈴乃ちゃんに水着を着せてやって。あ、更衣室らしきものなら、竹と芭蕉の葉で仮小屋的なものをオイラが作るよ」
ライコーダとムーンは事も無げにそう言って、再び気絶した貊に視線を落とす。モネだけが少し慌てて「おじちゃん おきてー」とべそをかきながら、貊を起こそうと必死になっていた。

「まるで昭和時代の漫画みたいですわ」
ユキが目を丸くした。
「イマドキ、こんなに判り易い位ウブな人もそうは居らんよな」
追儺が頷く。
「…まぁ、目の前で卒然いきなり服を脱いで全裸になる女の子が居たら、テクパンさんならずともビックリするよな」
最後に広葉が、やんわりとフォローした。

因みに、貊が気絶から目覚め、追儺とその友人達が水着に着替えて海水浴に興じ始めるまで、この後更に幾許かの時を要する。

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