【IPO分析】ROXXは急成長中、でも天井も近い?
*本ブログは筆者の私見です。
2度のピボットでIPOを手繰り寄せる
ROXXの出自はなかなかにロックだ。青山学院大学に所属していた中嶋汰朗氏が「ベンチャー起業論」という講義を受け、中学時代から続けていたバンドとスタートアップを重ね合わせた。
中嶋氏が普通の学生と違うところは、やはりその行動力だ。クラスメイトで「特段仲のいい友達ではない」という関係性だったという山田浩輝氏に突然「会社やりたいんだけど一緒にやってくれない?」と誘ったようだ。その場で「いいよ」と回答する山田氏も、同じくらい行動力が抜群だ。
ここでROXXの沿革を見ておく。
もともとは新卒のダイレクトリクルーティングサービスのプロダクトを作ろうと、資本金の大半を外注に注ぎ込んだ。しかし外注のプロダクト制作がうまくいくはずもなく、中嶋氏は渋谷のガストで途方に暮れていた。
中嶋氏、山田氏のタッグはここでも持ち前の行動力を発揮する。その辺でタバコをふかしている普通の大学生であれば、プロダクトの外注がうまくいかないとなれば諦めていてもおかしくない。ただ2人は「プロダクトでマッチングするのではなく、自分たちで直接マッチングしよう」と、就活生の面談と企業への営業という地に足のついたビジネスに切り替えた。これで2期目に1000万円の売上高を上げているのだから、2人が相当頑張ったことがうかがえる。
売上高は起業家を癒やす、とはよくいうが、たとえ地道なアナログビジネスでも1000万円の売上高を得られるようになると多少の自信はついてくるものだろう。中嶋氏は突然、山田氏にピボットを宣言する。ユーザーが友達や知人をアピールして転職を後押しする「SCOUTER」だ。2016年にローンチした。
しかし知人を推薦するユーザー(スカウター)を集めたところで、その後に求職者が実際に企業と面接し、入社するというプロセスには至らなかったようだ。山田氏は以下のように振り返っている。
ここでも2人は決して諦めない。2018年、後にIPOを手繰り寄せることになる主力サービス「agent bank」にピボットする。このサービスは一言でいえば、建設や運輸、製造など「現場」の従業員の採用マッチングプラットフォームだ。ROXXはこれらの人々を「ノンデスクワーカー」と呼ぶ。企業と人材紹介業者を結びつけることで、成果報酬とプラットフォーム利用料でマネタイズするというシンプルなビジネスモデルだ。
既存の採用マッチングプラットフォームがことごとくデスクワーカーに注力し、いわば「高級市場」になっているところを、ニッチながら頭数として大きな市場(日本の67%の就業者はノンデスクワーカーらしい)に狙い撃ちして一点突破しようというスタイルだ。
このagent bankが大当たりだった。2023年9月期の売上高は16億円、全体に占める割合は80%だった。なお、のちに「Zキャリアサービス」にサービス名を変えている。余談だが、個人的にはagent bankの方が実態に沿っていて親切なネーミングだと思う。
さて、agent bankが軌道に乗ると、満を持して採用レファレンスチェックの新プロダクト「back check」を2018年にリリースすることになるのだが、現時点でそれほど普及はしていない。2023年9月期の売上高はざっと4億円、全体の2割だ。
「あの革ジャンは絶対に伸びる」
ここで閑話休題。中嶋氏は学生時代、ファッション通販サイト「SHOPLIST」などを開発するクルーズでインターンをしていたようだ。結果的に2013年に起業した際にはクルーズから資金調達することになるのだが、クルーズ役員の諸戸友氏が当時を振り返っていた一説があった。印象的だったので以下に引用する。
クルーズで投資を意思決定した人はプロの投資家ではないと思われるが、「あの革ジャンは絶対に伸びる」と確信できたのは見事な洞察力だ。
ちなみに、中嶋氏は常に革ジャンを着ているようだ。
IPOのセレモニーに革ジャンを着てくるのか、マニアの間では少し話題になっている。
売上高の曲線は美しいが、ちょっと物足りない
さて、ここで「新規上場申請のための有価証券報告書(目論見書)」から直近5期と今期予想(2024年9月期)の業績を見ておこう。
売上高の成長ぶりは、まさしくスタートアップだ。しっかりと先行投資して赤字を掘りつつ、その赤字を解消しながら黒字を目指す姿は健全そのものと言える。
ただ、少し気になっていることがある。Zキャリアサービス(旧agent bank)の成長は天井に差し掛かっているのではないか、という懸念だ。実際に2024年9月期の売上高の成長率は、前期のそれと比べると鈍化している。もちろんIPOにリソースを奪われるのだから成長は鈍化して当然なのだが、にしてもやはり気になってしまう。
要するに、狙っている市場規模が小さいのではないかという懸念だ。IPOしたとしても、その後にこのまま急成長できる見込みは小さいのではないか。なぜなら市場は日本に限定しているし、それも年収が相対的に低いと見られる「ノンデスクワーカー」に注力しているためだ。ニッチトップを狙うことができても、構造上「ニッチ」から脱することはできないというジレンマだ。
さて、目論見書に将来的な業績目標を語った部分があったため、ここに引用しておく。
「将来的な売上高100億円の達成を目指」すというのは、スタートアップにしてはなんとも心もとない。せっかくなら、1000億円くらいは目指してほしいところだ。
ちなみにZキャリアサービスのテイクレート(GMV=サービスを通じて発生する金額の総額、のうちROXXの収入として計上できる金額の比率)は3割程度だという。これはROXXが基本的にはプラットフォーム運営社にすぎず、人材採用したい企業と人材紹介業者を結びつけているだけというビジネスモデルからすると、適当な水準だろう。
ROXXはテイクレートの向上に努めようとしている。どのようにテイクレートを高めるのか。
これはつまり、ROXX自らが人材紹介業者になることで、プラットフォームの顧客である人材採用をしたい企業にサービスを提供するということだ。全ての人材を自社のダイレクトリクルーティングにすれば、テイクレートは定義上100%になる。収益を高めるためには、もってこいに見える。
ただしここには落とし穴が二つあると考える。1つ目は、この施策によって人材プールをプラットフォームに提供してくれていた従来の顧客、すなわち人材紹介業社と事業がカニバる関係性に変化することだ。
もう1つは、Zキャリアサービスがスケールしないビジネスになってしまう可能性があるということだ。2つの異なる主体をマッチングするプラットフォームビジネスであれば、両者の数が多ければネットワーク効果が働きスケールしやすい。しかしその数が頭打ちになってきたため、自ら利益率の高いダイレクトリクルーティングに踏み出したと見える。
これはROXXの創業当時、中嶋氏と山田氏が必死にやっていた地道なビジネスに先祖返りすることに他ならない。スタートアップの成長が止まる時、スタートアップはスタートアップであることをやめて、中堅中小企業になってしまうのだろうか。
さて、ROXXにとって今後の成長のために重要になるのは新規事業だろう。個人的な考えだが、第2の事業である「back check」も急成長は見込めないと考えている。ROXXは目論見書で、このように記載している。
ただ残念ながら、目論見書には新規事業の具体策は出てこない。M&Aにも期待したいところだ。
ROXXよ、ビッグに。
個人的には、小さなビジネスをまとめて連結業績としては大きな企業に見せる…という道は辿ってほしくない。中嶋氏がビジョナリーで、起業家としての気概も根性もある(ように見える)からこそ、期待を寄せたい。
ここでピーター・ティールの文言を振り返っておく。
小さくてもいい。ただ、そこから市場を広げて独占企業を作り上げる。テスラがスポーツカーから参入して一般車にも広げたように。
ROXXにも是非、ビッグになってほしい。
おまけ 主要株主一覧
ここで目論見書から、主要株主を抜き出しておく。想定株式資産は、想定公開価格と持ち株数をかけて算出したものなので、定量データとしては粗すぎて使い物にならないかもしれない。あくまで参考程度にご参照いただきたい。
スタートアップ投資としては基本の「き」だが、最初期に投資した(と見られる)クルーズはやはりかなりのリターンを弾き出している。
繰り返しになるが、何者でもなかった中嶋氏に「あの革ジャンは絶対に伸びる」と投資を即決したクルーズの方には脱帽だ。
See you soon…