小説 かいだん屋#2

#2
「楽しいじゃないか!」
 今日は楽しい!こんな気持ちになるのは何年ぶりだろうか!家族でこうやって食卓を囲むのも何年ぶりだろうか。幸宏と麗香とも久々の再会だ。やはり家族は同じ食卓を囲まなくちゃぁだめだ。
「麗香、醤油とって」
「はい、お兄ちゃん」
ああ、なんて自然な食卓の風景なんだ。かつてはこんなことでは感動なんてしなかった。いつも通りの風景だ。それがこんなにうれしいとは・・・。【生前】の私に教えてあげたい。失ってから分かる大事な事。【生前】の私はなんて愚かだったのだろうか。
「麗香、醤油とって」
「はい、お兄ちゃん」
工場の経営に失敗した私は家の軒債で首を括った。苦しかったぁあぁ。びっくりした。死ぬかと思った。いや、無事に死んだのだけれど。死ぬ前の数年は辛かった。私を騙した者、あざけ笑った者、そして・・助けてくれなかった者・・すべてが憎かった。世界には私は一人だった。それがどうだ?自宅で首を括ったはずなのに気が付けば私は【ここ】に居た。私が死ぬ原因になった私の工場の入っている雑居ビルだ。何も変わりはしないいつもの光景だったのに、私の心は羽が付いたように軽やかだ。死んでよかった。【この体】に慣れてよかった。
 しばらく見ないうちに大きくなったなぁ二人共・・またこうして一緒に暮らせるなんてこんなうれしいことはない。
「父さんなぁ今日、取引先の奴にガツンと言ってやったんだ。」
「お父さん凄ぉい、かっこいい。」
「麗香、醤油とって」
濃いものを欲しがるのは若者故だ、お父さんもそんな時代があった。幸宏分かるぞ。
「お兄ちゃん醤油かけすぎよ。体に悪いわ。」
ああ・・兄を気遣う妹、さりげなく父を誉め兄にも目を配る。母さん、二人は立派に成長しました!お父さん嬉しいなぁ。
「なんで・・俺こんなに・・醤油かけてんだ・・・」
 妹に注意され、反省する兄!良い!良いねぇ・・・・でもだめだ・・・
「ここ・・どこだ・・・」
幸宏・・・気づいちゃいけないよ。
「・・・麗香・・・なのか・・・?」
「も、お兄ちゃん何言ってるの?」
「さぁ、幸宏、麗香!食事の後はモノポリーをしよう!」
せっかくの団欒の邪魔を・・するな・・・
「麗香!!・・お、、親父なのか・・」
いや・・・これは・・もしかして・・感動の再会か?あああ、幸宏、一瞬でもお前を疑ってしまったお父さんを許してくれ。
「・・・なんだよ・・・なんでこんな所にいるんだよ・・」
さぁ、幸宏!お父さんの胸に・・・
「それに・・なんだよその手は・・その爪・・・どうしたんだよ・・」
ああ幸宏・・・、気づいちゃったか・・そうか・・お前は昔からそうだ。思春期特有のものだと思っていたよ。どうやら・・ちがうなぁ・・お前は・・・麗香とは違う・・
「幸宏・・さぁ、ゲームを始めようか・・・」
私はこの世に舞い戻った・・いや、この世に留まったというべきか・・なんで私が死ななきゃいけないんだ。なんで私だけがこんな思いをしなきゃいけないんだ。なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで・・お前達も助けてくれなかったんだ・・・
「答えろ親父!こんな所で何やってるんだよ!そんな姿で・・何やってるんだよ・・・」
「何を怖がっているんだ?私だよ幸宏。お前と麗香のお父さんじゃないか。」
抱きしめてあげよう・・この異様に発達し、鋭くとがった爪で引き裂いてあげよう。あるいは・・もしかしたら・・幸宏も麗香も同じ姿でここでもう一度・・
「来るなぁぁぁあぁぁぁ」
・・・・ああ・・ダメだ・・・・幸宏・・・せっかくの楽しい時間をお前は・・壊してしまった。せっかくの食卓をひっくり返し、尻もちを着いて逃げ惑う。ああ・・ダメだよ・・そんな恐怖に満ちた顔しちゃぁ・・台無しだ。
「死ね」
さぁ、幸宏・・まずはお前から・・これで・・また一緒に・・・
「ひっ・・・・」
甲高い音が頭の中に響き渡る。私の爪は幸宏の額を突き刺し、農相を掻き出している・・・はずだった。何故だ・・・体が・・動かない・・・・。麗香も戻ったか・・いつかね・・夢の世界ではなく・・現実で・・・
「おやおや・・・間一髪だ」
声の主とは違う・・なんだ・・よく見えない・・階段・・?階段を背負っているのか・・小さな階段だ。三段位の階段を背負っている。ガラの悪い着物を羽織った短髪の男が、ちょこまかと何か場所を探している。
「ほう・・囚われましたか。様々な憎悪の念は、死してなおその姿をこの世に残した。よほど悔しい思いをされたんですね。人に馬鹿にされ、疎まれ、そして裏切られたのでしょう。
「うわぁこいつの爪すげぇ!」
「その憎しみは爪に宿ったのでしょう。人は悔しい時、その思いを爪にためる。こう、カリカリカリカリ・・憎しみを絶え、それでもあふれ出た念はやがて形となった・・・。」
知った風な口を・・・なんだこいつらは・・せっかくの家族の団欒を土足で踏み込んできて・・くそ・・こいつらもか・・こいつらも邪魔をするのか・・・。
「ここだ!鵜野ちゃん!準備できたよ!」
こいつらこいつらこいつらこいつらこいつらこいつら・・・
「また・・私から奪うのか!ふざけるなぁ!」
恐るるに足らん!私を留めていた何かははじけ飛び自由が戻った!そうだ、私はあの頃とは違う!すべてを奪われたあの頃とは。そうだ!こいつらも殺そう。そうすればまた平穏な生活に戻れる。幸宏、少し待ってなさい。お父さんが必ずこちらに呼んであげるから。お前もしっかり切り刻んであげるからね・・。
「関内君!よろしく!」
「おっしゃぁぁ!任せろぉ!」
まずは小僧お前からだぁ!
「ダラッシャー!」
小僧の正拳が奇麗に顔に入る。私は飛ばされ倒れそうになるが、その勢いを利用して、体をひねり、小僧の首を狙う。
「あっぶねぇ!」
チッ・・ギリギリ避けられたか・・ならこれならどうだ!次の攻撃を仕掛けようとした時だ。
「お前らは何をしに来たぁぁ」
もう一人の男、恐らくはこいつがさっきの術を掛けたのだろう。その男が階段の前に座り経を唱えている。
「おんあぼきゃべいいろしゃのうまかぼだらまにはんどまじんばらはらはりたやうん」
経を幾度となく繰り返す。私の本能が叫ぶ!本当にヤバいのはこいつだ!私はとっさに向きを変え、この男を殺すことに決めた・・・それがだめだった。わずかな隙に短髪小僧が私の体事蹴り飛ばす。
「関内君!」
「あいよ!」
体制の崩れた私を拳や蹴りがとめどなく襲う、私の体は階段の方へと流されていく。あの階段はヤバい。理由はわからない。だが、あの階段に【上って】はだめだ・・次の瞬間、短髪の背中が見えた。
「な・・・」
その背中の捻りを戻すように体中のバネという言うバネが元の形に戻るように、短髪小僧の放った回し蹴りが私を奇麗に打ち抜いた。よろめき乍ら階段に足をかけて・・しまった。予感は的中した。階段は私を吸い上げるように段をのぼらせ、何もない空間に私を閉じ込めた。
経を唱えていた男がにやりと笑う。
「囚われし魂よ、この時をもって解き放たれよ!怨!」
男が印のようなものを組む。どこからか来た光が私を包んだ・・・実に心地良い光だ。ああ・・私はなんて愚かだったのか・・・光は私の人間であった時の感覚を思い出させてくれた。頭の中がすっきりとしていく。
「そうか・・そうだよな・・私が一番愚かだったのだな・・幸宏・・麗香・・・すまなかった。」
私は今まで何に囚われていたのだろうか・・・光が強くなる。家族を・・・殺さなくてよかった・・光は一層輝きを増し、私を包む。なんて柔らかい光なんだ。


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