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自分史コラム 地域と自然が子どもを育てる「森のようちえん」

幼いお子さんをお持ちの親御さんにとって、お子さんの教育は最重要課題のひとつではないでしょうか。

愛する子どもに素晴らしい教育を受けさせたいのは当然の親心。
その方針は親御さんによって異なるとは思いますが、私は個人的に「命の大切さ」とか「危険を自分で察知できる」とか「食べものは自然からの恵みをいただいている」みたいなことを実践を通じて学べることが大事だと思っています。
ただ現実的には怪我も心配だし、街中では存分に遊べる場所も少ないこともあり、なかなか悩みは絶えないかとも思います。

そんななか、都心から約1時間、神奈川県北端の「藤野(ふじの)」という緑豊かな中山間部に、森を舞台にした「森のようちえん」があると聞き、取材に行ってみることにしました。

擦り傷切り傷は当たり前!それでも笑顔の子どもたち

森のようちえんとは、自然体験活動を基軸にした子育て・保育、乳児・幼少期教育の総称。1950年代にデンマークのあるお母さんが始めたものが、1990年代に同国やドイツ、日本などで広まりました。
 
現在日本では200以上の団体による「森のようちえん全国ネットワーク」というNPOが各地での活動報告のフォーラムなどを行っています。
藤野の森のようちえん「てって」もその団体の一つ。
この藤野に移住してきた代表の矢島はなこさんと友人のお母さんらを中心に、6人くらいの子どもたちで始まった任意団体です。

てっては、毎年藤野を舞台にして畑仕事や泥遊び、野外調理などさまざまな活動を続けており、今日はその活動の一つとして月1回、園児以外の小学生なども参加できる「オープンてって」という開放日なのでした。

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道路脇に設置された木の扉を開け、斜面に作られた階段を降りていくと、伐採された広場があり、焚き火と木で作られたベンチの周りに数人のお母さんと子どもたちが見えてきました。

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焚き火に拾った落ち葉をくべたり、友達と斜面を駆け回ったりする子どもと、それを静かにあたたかく見守るお母さんたち。
拾った石ころを転がしてゴルフごっこをしてた男の子が突然「ねえ、ゴルフやろうよ!」と元気に話しかけてきました。
コロナウィルスの影響で、子どもたちがのびのび遊べていないんじゃないかと心配していた私は、森を舞台に元気に遊ぶ姿にホッとしながら、矢島さんに設立のお話を伺いました。

自分がやりたい保育を追及していたらこの形に
 

矢島さんはもともと保母さんで、10年前に茅ヶ崎から藤野に移住。
藤野には2005年に開設された、19世紀の教育者ルドルフ・シュタイナーの人間観に基づく独自のカリキュラムを用いた小中高一貫の私立学校「シュタイナー学園」があり、そこに娘さんが入学したことがきっかけだったそうです。
「少人数で豊かな自然のなかで真の自由な人間を育てる」という学校の方針に賛同したご家族が、卒業後も藤野にのこり、コミュニティとして成長してきたという歴史が藤野にはあり、てってもその親御さん仲間での設立だったとのこと。

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森のようちえん「てって」代表の矢島はなこさん

「私が保母をしているなかで、自分がやりたい保育のスタイルを追及していたら、この森のようちえん『てって』にたどり着きました。森や山で身体を動かして活動するなかで体力をつけ、自然のなかで生きている感覚を養ってほしいと思っているのです。」

今でこそこうした教育に理解を示す親御さんも多くなってきたと思いますが、やはり怪我などは心配だという方も多いのではないでしょうか。

「そうですね。だからてってに入園希望をする親御さんには、まず最初に見学をしてもらうようにしていますし『怪我はします』とお伝えするようにしています。
ただそのなかで子どもたちは、この道は危険だとか崖を登るときに掴まっていい木などを自分の経験から学びますし、それが1人の人間として生きるためにとても大事だと思っているんです。」
とのこと。

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「もちろん都市部から移住してきたお母さんたちにとっても、自然のなかでの活動や子育てに不安もあって当然です。しかしその不安は子どもに敏感に伝わってしまうので、親同士でもその不安をシェアしあえる関係をつくり、安心して安全に子どもを遊ばせられるように心がけてきました。」

子どもたちの判断力と自主性を尊重し、体験することで個人としての学びを得させるというこのスタイルは、私が2016年にデンマークに行ったときに訪問した森のようちえんと全く同じ。この個々が自立しながらも助け合える関係が、子どもはもちろん、お母さん同士の信頼をも深めるのでしょう。

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2016年にデンマークロラン島で訪れた「森のようちえん」の風景。

地元の方との連携が成功の秘訣

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こうした森のようちえんは、時代の流れとともに各地にうまれ、前述したとおり全国で運営されています。
また近年は、価値観の変化により、郊外や田舎への移住生活へシフトしたい、また実際にシフトする人たちも増えてきています。
しかしその反面、移住者と地元の人との関係が構築できず、問題が起きたりして移住を断念するという事例があるのも事実。
藤野ではどうなのでしょうか。

藤野は約40年ほど前に「芸術の町構想」を町として打ち出し、前述のシュタイナー学園の関係者やアーティスト、文化人が移住し、地域通貨、トランジションタウン、パーマカルチャーといった新しいライフスタイルの実践なども含め、数多くのコミュニティがあります。
その意味で藤野は、すでにローカルコミュニティの先駆者的な存在のエリア。

しかしその藤野でさえ、まだまだ地元の人と移住者の交流が少ないという人もいるほどですから、近年の移住ブームはまだ課題を残しているといって過言ではありません。
そんななか、てってはどのようにして地元の方と関わってきたのでしょうか。

「地主さんや地元の人の理解や協力がないと、山や森、畑は使えないので、その信頼関係を作ることには地道に努力してきました。
子どもたちの安全はもちろん、焚き火の始末などもしっかりやらないと、地主さんも責任を問われることになってしまいますから、慎重になるのも当然ですよね。」
と話す矢島さん。
具体的にはどうやって?と聞く私に「やっぱりお酒やお茶を一緒に飲むことでしょうか…」と笑顔で語ります。
 
年配の方に難しいことや新しい概念などを伝えるよりも、胸襟を開けてお酒を酌み交わすというのが、実は今も昔も変わらず、最も強固な信頼関係を作る手段なのでしょうね。

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この森も、有志の「トランジション藤野 森部(ふじのもりぶ)」のみなさんと、地元との信頼関係によってできあがったもの。
移住者からなる森部のメンバーは、人工林によって保水能力が落ちてしまったことにより近年多発している土砂災害を防ぐために、きらめ樹間伐(樹皮を剥いて立ち枯れさせる手法)や、水脈整備といって、山林内の水の流れを復活させる取り組みを行い、地元の年配者が手入れができなくなった山林の整備をボランティアで行ってきました。

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トランジション藤野 森部代表の桝武志さん。きらめ樹間伐のようす。

さらに先日、てってや地元の子供会や老人会などと合同で、将来にむけて藤野の森を残し引き継ぐために、活用方法を考える団体が立ち上がることになったそうです。

森部のメンバーで今回このイベントを教えてくれた桝武志(ます たけし)さんはその団体の事務局長。
「地元で暮らすシニアの方々が、なにかを次の世代に残したいと頑張ってきた経緯や結果を活字や写真で残したいと思ったのです。このような記録が残ることによって未来に繋がるものがあると思っています。」と話します。

子どもたちに引き継ぎたい「古くて新しい」コミュニティ

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このように藤野では移住者と地元の方々が、互いに信頼関係の構築に取り組んできたからこそ、オープンてってや森部のようなプロジェクトが定着し、発展してきたのです。
 
「私をはじめ子育て世代はなにかと忙しく、地元の方々と交流する時間の確保が難しい時もあります。しかし地元の方の協力や信頼関係ができることによって、おじいちゃんが1人でもいれば子どもの焚き火だって見守ってもらえるし、おばあちゃんに生活の知恵などを親子で教えてもらうようなこともできる。昔の里山にあったような、地域での子育ても再生できるのではないかと思っているのです。
今後もこの『オープンてって』は月1回で開催していきます。地元の幼稚園や小学校の子どもたちはもちろん、おじいちゃんやおばあちゃんにも参加してもらえたら」
矢島さんは笑顔でこう話してくれました。

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世代を越えた繋がりが互いに協力し、子どもたちに自然のなかで体験する学びを残していく「森のようちえん」をはじめとした取り組み。
コロナウィルスなどの影響で、人と人との関係構築が難しくなってきたように感じる昨今、こうした「古くて新しい」コミュニティ形成がより一層大事な意味をもつことになるだろうと感じた1日でした。
(写真:羽柴和也)

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