「大切な1人のために」から始まる。 「H3 Food Design」 菊池博文さん
シリーズ【飲食店は何のためにあるのか?】
「地域が自治力・自給力・自衛力を高める上で、ホテルのレストランが果たす役割は大きい」と語るのは、「旧軽井沢KIKYOキュリオ・コレクションbyヒルトン」「松本十帖」「ロテル・デュ・ラク」などのホテルにおけるレストランのアドバイザリーを手掛ける「H3 Food Design」菊池博文さんです。東日本大震災の三陸や2019年の台風19号の長野など被災地との関わりも深い菊池さんは「被災した作物を受け入れたり、被災現場の修復支援のためにスタッフを送り込んだり、災害時のリスクヘッジとしてもホテルは機能できる」と指摘します。
※本シリーズは追ってWeb料理通信に掲載予定ですが、一足先にnoteで連載をスタートします。
text by Sawako Kimijima / photographs by H3 Food Design
▶問1 現在の仕事の状況
生産者とシェフを結ぶ必要度が増しています。
軽井沢を拠点に、長野全域、奥琵琶湖、三陸を仕事の舞台としています。昨年の緊急事態宣言下は軽井沢に留まりましたが、夏以降、感染対策を厳重に行ないながら各地へ足を運んできました。
コロナ禍の何割かは都市部における人間の過密に起因します。元々が密でなく、かつ車社会の地方では、人々の暮らしに大きな変化が起きている印象をあまり受けません。地方の人々にはテレビに映し出される東京の様子がどこか外国の出来事のように見えているのではないかと思ったりもします。
ただ、「東京24区」の別名を持つ軽井沢はやや特殊と言えるでしょう。別荘を持つ富裕層やリーダー層が東京の密を逃れてやってくるため、人口密度が高まって、時に港区や世田谷区のような様相を呈します。彼らは別荘でも東京同様の食生活を求め、東京のラグジュアリーマーケットが軽井沢に置き換わったかのようです。
私が仕事で心がけていることは、生産現場へ足を運び、生産者の仕事をつぶさに見て、考え方も環境も実態も理解した上で、問題解決の視点で生産者とレストランを取り結ぶ。私の仕事の肝はそこにあります。飲食店の営業自粛で出荷量が落ち込んだ生産者は多く、石巻の漁師と軽井沢エリアのレストランを結んだり、行き場を失った小諸のイチゴと小布施の牛乳でコンフィチュールを商品化するなど、模索が続きました。そんな中で、北海道余市町の食材の販路開拓のオンライン商談会をお手伝いしたところ、図らずも「JLAA地域創生アワード」最優秀賞に選ばれるという快挙に恵まれました。
「こもろ布引いちご園」のイチゴと「オブセ牛乳」を地元メーカー「高嶺商会」が加工し、佐久市の「アルテジャーノ・デザイン」がラベルを担当。オール長野で商品化した。
余市町の食材のオンライン商談会では、生産者の声を届けつつ、移動が制限される中、軽井沢「レストラン・トエダ」の戸枝忠孝シェフが調理デモを行ない、全国の参加シェフやバイヤーと熱いやりとりを繰り広げた。
▶問2 あなたが考える「飲食店の役割」とは?
ホテルのレストランが地域のハブになる。
「レストランのダイナミズムありきでホテル全体を構築してはどうだろう?」、ホテルのレストランに長らく関わってきて、そう考えるようになりました。「ホテルにはレストランが必要」という“ホテル→レストラン”の思考回路ではなく、レストランを起点としてホテル全体をデザインする“レストラン→ホテル”のアプローチです。
レストランを構成する空間、人、食材、調理技術やサービス技術、それらを支える生産現場や流通、物流の関係者、取り巻く自然環境、歴史的背景など、レストランには風土と文化を集約しながら、同時にそれらを動かしていくダイナミズムがある。ホテルの様々な機能の中でもレストランが突出して、地元の経済や一次産業をリアルに活性化させていく力を持っています。加えて、地域社会との連携の仕方やスタッフの働き方次第で、未来への視点を提示することもできる。レストランの営みがホテルのオピニオンとなり得るのです。
「Think globally, Act locally」という考え方があります。地方の暮らしと共に伝えられてきた食文化から、グローバルな問題解決のヒントを見つけることができるでしょう。その時、旅先のホテルは、食の提供を通して、土地のメッセージを伝える場所としてきわめて重要です。
昨年から携わっている奥琵琶湖の「ロテル・デュ・ラク」に、「INUA」のスーシェフを務めていたコールマン・グリフィンを総料理長として迎えました。先日、彼とある漁港に視察で訪れたところ、使われている発泡スチロールの数に驚いていました。そこで今、ゴミの出ない流通システムを模索中です。「魚をコンテナでデリバリーしてもらえないか。ホテル近くの道の駅までコンテナで運んでくれたら、私たちが道の駅へ取りに行くから」と漁師さんに掛け合っています。生産、流通、そして提供までを地域内で完結することで可能性が見えてきますね。
コールマン・グリフィンとサービスマネージャーのキャシー・ジオン。「ロテル・デュ・ラク」は琵琶湖畔の恵まれた環境の中にある。
「ロテル・デュ・ラク」が位置する滋賀県湖北地方は日本海まで至近。小浜漁港を訪れて漁業関係者と交流する。
地方の生産の現場は近年、毎年のように繰り返し発生する自然災害やコロナ禍など、深刻化するリスクに直面してきました。
質の高い生産物を提供するだけではなく、こうした産地のリスクに対しても、提供の現場が寄り添っていくことで、さらに強い信頼関係が構築できると思います。被害を受けた食材の加工活用はもちろんですが、場合によっては、被災現場の人的サポートも必要となります。ホテルのリソース力が大きな力になるのではと思っています。
地域が自治力・自給力・自衛力を高める上で、ホテルやレストランが果たす役割は大きいと感じています。
▶問3 飲食店の存続のために、今、考えていること。
経済から愛情への移行。
だいぶ昔の話になりますが、南イタリア・シチリアの小さなレストランでの経験です。そのレストランは地元の人々が家族と一緒に食事に来る場所で、イタリアの典型的なマンマがキッチンを切り盛りしていました。レストランもお客さんも家族単位での長い付き合いなので、子供が大きくなったとか、今度大学に入ったとか、いわゆる世間話で花が咲き、お料理もなかなか出てこないのですが(笑)、まるでその地域の食卓のように思えてきて、なんとも言えない安心感と愛情に満ち溢れていました。
そんな家族の食卓のような飲食店は、今でも地方に数多く残っていますよね。
私は仕事柄、移動が多くて、よく旅先で食事をとる。何の伝手もない土地で「さぁ、今日の晩ごはんをどこで食べようか?」という時に町中華を選ぶことがあります。理由は、お店の人たちが食べているものと同じものが提供されているであろう安心感です。大手のチェーンの場合、どうしてもそこに乖離を感じてしまう。町中華ブームの背景には、ノスタルジーとか人情味といった魅力もあるけれど、無意識のうちの安心感や信頼感を感じ取っているのではないかと思います。店が地域に愛され続ける上で、安心感と信頼感はとても重要です。
最近のお気に入り、京都の町中華「大鵬」で。味もさることながら、環境に負荷をかけないための取り組みにも惚れ込んでいる。
料理とは本来「誰のために作るのか」が明確だったはずです。大量生産・大量消費社会ではそこが不明瞭ですよね。効率や生産性が優先され、「愛情」のこもった食の提供が軽視されてきたように思います。
しかし、コロナ禍をきっかけに、豊かさや価値の転換が進んでいます。料理というものの原点に立ち戻り、「大切な1人のために」愛情を注いだ料理の大切さを見直すべきだと思っています。
あなたにとって大切な人に今日は何を食べてもらおう、から考えるメニュー、日本中の飲食店が「愛情と利他」に溢れた場所になったら、それは素敵なこと。今がチャンスなのかもしれません。
【動画】インタビュー・ダイジェスト版をご覧ください。
菊池博文(きくち・ひろふみ)さん
岩手県・山田町出身。東京全日空ホテル(現・ANAインターコンチネンタル東京)、フォーシーズンズホテル椿山荘東京(現・椿山荘東京)、グッチ・ジャパンを経て、2001年に星野リゾートへ参画。「Noma at Mandarin Oriental,Tokyo」開催前の2014年には、食材探索のために来日したレネ・レゼピを長野の山々へ案内。星野リゾート料飲統括ユニットへ参画後、2016年に独立。現在は「H3 Food Design」として、軽井沢を拠点に日本各地でガストロノミーを起点としたソーシャルデザインを行っている。J.S.A.認定ソムリエ、 調理師免許、フードツーリズムマイスター取得。
Facebook:H3 Food Design
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食のプロたちに飲食店の存在意義や尊厳を問い掛けていくシリーズ「飲食店は何のためにあるのか?」をWeb料理通信にも公開しています。2020年4月の緊急事態宣言を機に生まれたシリーズ「未来のレストランへ」では、度重なる営業自粛を求められる中、飲食店の多くが要請に従うと同時に様々な策を講じ、“制約を逆手に創造に挑む”発想力と底力を取材しています。
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