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5.2.1. 兼業という選択:会社員をしながら「お茶」の活動を続ける場合
社会人になってから茶道に出逢ったインフォーマントもいるが,学生時代から茶道を始めているインフォーマントも多い。
後者の場合でも,自分の関心のある職種に就いた後,社会人になってから想像以上に茶道に浸かり始めたパターンもある。
いずれの場合も,会社での仕事内容と「お茶」は遠く離れていることが多い。
会社勤めをしながら「茶道団体」のような「お茶」の活動を続けることの不都合も聞かれた。
「やりたいこと」言説とその信仰
複数のインフォーマントから聞かれた「やりたいこと [注60]」という言葉は,本稿では「お茶」を指すことが多いが。
ただし,本来は職業選択の場面で頻出する語である。
大学時代からの関心でものづくりの仕事に就いた洋平さんは,働き始めてからしばらくして,自身のイメージしていたものづくりと会社での仕事とのギャップに気づいたようだ。
しかし転職することはなく,7〜8年間その会社に勤めてきた。
その彼が仕事を続けるか検討し始めたのは「お茶」がきっかけだと語る。
仕事内容と「お茶での理想としてる姿」が相反するようだ。
仕事で図面を引いて物が完成するときと,茶道において直接手をかけて茶杓などを完成させるときの感動の違いなどを例に挙げていた。
「一汁三菜で,水汲んでお湯を沸かす」という持続的な「お茶」での喜びと,使い捨ての消耗材を生産する会社での仕事との隔たりを,擦り合わせきれなかったと続ける。
これは,「お茶」の比重が仕事と同様かそれ以上になったために,「バランス」が保てなくなったケースだ。
前節(5.1.1.参照)に登場した「お茶」が仕事に活きるという語りとは,相反する語りである。
それでも会社員でいるということ
洋平さんへのインタビューは,就業後の夜間に行われた。
疲れのせいかもしれないが,もう今の仕事を続けられないと零す。
そして,それでも転職しなかった理由を,これまで「いい子に育つ環境」にいたからだと語った。
小中高大とみんなストレートでパーンと上がってきて,ちゃんと一部上場の会社に入りました!というところの,社会的な路線を外れたことがないのよね。
(略)だけど綺麗なルートを歩いてきたから,(ルートから)パッと飛び出すこともできず。
…もがいてるっていうのが現状の姿で。
本人は「働きながらお茶をするっていうことに関して,そんな綺麗な答えは出せない」と語っていた。
しかしここまでの語りは,このインタビューに限らず誰かに何度も説明したことがあるかのような,あまりに綺麗な回答であった。
転職を考えてきた期間の長さを含意しているかもしれない。
いずれにせよ,現在までに何度も反復されてきた悩みのようだ。
それでも今の職を離れなかったのは,「お茶」に(で)生きることが,彼の中で「綺麗なルート」を外れることを意味しているからだ。
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[注60] フリーターへのインタビュー調査を行なった久木元によれば,「やりたいこと」であれば仕事を続けられるといった前提に基づき,自分の「やりたいこと」に忠実であることこそが職業選択の際に説得的な根拠になると若者は考えているようだ〔2003: 78〕。
人々が「やりたいこと」という言葉を反復することにより,職業選択が個人の内面にのみ関わる問題として描かれた結果,(仮に各人が持つ資源の差や条件の格差といった外部要因があっても)純粋に個人の問題として事態が捉えられるようになった〔苅谷 2001:185〕ことは既に指摘されている。
本稿のインフォーマントの語りの中でも,働き方への疑問は,個人の内面や気質から発生するものとして語られている。
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