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リスクマネジメントとはリスクをゼロにすることではない

先日、株式会社トビムシの代表取締役である竹本吉輝氏の話を聞く機会がありました。色んな地域のまちづくりに関わってこられた方で、島根県海士町のまちづくりにも深く関わっています。

最近の海士町の取組として「海士町未来投資基金」と「海士町半官半X」の2つがあります。
前者は、海士町に納付されたふるさと納税の一部を基金として集め、海士町未来投資委員会による審査を経て、民間の新たな取組に投資をする仕組みです。後者は、海士町役場に勤務する公務員が一定の条件の下で、民間の業務に従事することができる仕組みです。
竹本氏はこの2つの条例化にも深く関わってこられました。

海士町未来投資基金について
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000002.000069754.html
海士町の半官半Xについて
https://www.agrinews.co.jp/p53005.html

ふるさと納税の一定割合を自動的に基金に組み入れることや投資の可否を未来投資委員会に委ねるという仕組みは画期的ですし、一定の条件下で公務員の兼業を広く認めたことは全国的にも先進的な取組と言えます。
私は、これらの制度が生まれた背景には、島の「人を信じる」という考え方が根底にあると考えています。海士町に出向していたときも「この島は性善説の島だから」と意思決定をする様々な場面で役場職員から教えてもらったことを思い出しました。
民間事業者に投資するのも、その可否を投資委員会に委ねるのも人を信じていなければそもそも生まれてこない発想ですし、公務員の兼業についても、守秘義務や職務専念義務といったものに対する役場職員への信頼が不可欠です。

そんな海士町の根底に流れる思想の凄さを改めて感じるとともに、行政に身を置く立場の人間としては、これを条例という形で恒久的な制度に落とし込んだことに驚かされます
少し専門的な話になりますが、基金への繰入も毎年度の予算として計上することで可能ですし、公務員の兼業も任命者が許可することで可能となりますが、どちらも恒久的な制度ではありません。
恒久的な制度にすることで、人に依らずにシステムとして機能するため、持続可能性は高まりますが、リスクは高まります。当然、個別個別に判断した方がリスクは低くなります
そんな中で海士町がこれらの仕組みを条例化したことに行政と立法を司る役場と議会の覚悟を感じました。

行政はどうしてもゼロリクスを前提として行動してしまいがちです。「制度の抜け道を見つけて自己の利益のために悪用する人間がいるのではないか」といったように様々なケースを想定して制度を設計します。
その結果、完全に穴を塞いでしまい、使い勝手の悪い息苦しい制度になってしまうことも少なくありません。私は、それを「立法や行政の行動原理は性悪説に立脚しているので、ある意味で仕方がない」と考えていました。

けれど、海士町の条例制定に携わった竹本吉輝氏は「リスクマネジメントとはリスクをゼロにすることではない。起こりうるリスクを想定し、リスクのダメージをコントロールすることだ」と語ります。この言葉は目から鱗が落ちるもので、私のこれまでの狭い視野を広げてくれました。

そして、自分はこれまで「性悪説」を言い訳にして、単にゼロリスクに甘えていたのだと深く考えさせられました。海士町の条例の凄さは、性悪説という名のゼロリスクを言い訳にしない、だからと言って性善説に甘えて完全にリスクオンで野放しにするのではなく、制度を運用していく上で起こりうるリスクを想定しながらギリギリのとろこで制度設計を行って、リスクマネジメントをしている点です。
海士町未来投資基金では、投資の可否を決める投資委員会のメンバーを島内に利害関係のない島外の有識者に委ねています。また、公務員の兼業については、兼業先として所属する部署に利害関係のない分野としています。この辺りからも制度設計の丁寧さとその背景にあるリスクマネジメントの形跡を見て取ることができます。

これまでも、教員経験を経て、復興庁や海士町で仕事をする中で、法律を含めて制度はあくまで目的を達成するための手段でしかなく、目的を最上位に考えて行動することが必要だと学んできました。なので、目的のためなら可能な限り制度は弾力的に運用すべきと考えて仕事をしてきました。
けれど、今回の竹本氏の話を受けて、制度の弾力的な運用だけでなく、そもそもの制度設計の段階でもリスクマネジメントをしていく、性悪説を言い訳にするのではなく、性善説で責任を放棄するのでもない、二元論ではない両者の中庸の中でギリギリのところを見極めて制度をつくっていくことの大切さを学びました。

この考え方は、きっとコロナ禍での対応でも同じことが言えるのだと思います。感染リスクをゼロにするのではなく、感染リスクをできるだけ減らしながらも、できる限り学校の教育活動を可能にする方策を考え、感染者が確認された場合のリスクをしっかりと認識し、コントロールしていくことが求められています。これは、教育委員会といった教育行政だけでなく、学校や学級をマネジメントする校長や教師にも伝えたい言葉です。

今回の勉強会で学ばさせてもらった「リスクマネジメントとは、リスクをゼロにすることではない」という言葉は、今後の行政職員として様々な場面で生きてくるパワーフレーズになりそうです。

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