物語に寄り添う時間『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』
多崎つくるは、東京で大学生活を送っていたある日、故郷の名古屋で濃密な時間をともに過ごした高校時代の友人グループから突然拒絶されます。
心の拠り所ともいえる友人たちを失い、つくるは一時死の淵を垣間見るほどの時期を過ごしたあと、ようやく日常生活を取り戻し鉄道会社で働いています。
しかし、恋人の提案で十数年の時を経て、かつての友人たちを訪ねて、当時の事情を聞く旅に出ます。
これは、物語の最後段で、つくるが友人グループの最後のひとりをフィンランドに訪ねたときの独白です。つくるは友人と当時の思い出である『巡礼の年』のアルバムを聴いているとき、ようやく痛みを痛みとして感じることができ、胸に突き刺さり、それが氷解する瞬間が訪れたのです。
ロジカルにいえば、これだけで完成していて納得できる内容です。
ただここで深い安堵と悲しみが湧き上がるのは、この物語を読者としてつくるとともに過ごしたいくらかの時間があるからなのだと思うのです。
要約では得られない読書体験が小説にあることを改めて感じた一冊でした。