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急にnoteを始めた一つの理由とある本

始めちゃったよ
これで何度目かの新アカウント
やると決めて作るはいいけど、日を増すごとに間隔が伸び、今じゃアカウントの墓場と化してるオンラインに、また新たに作っちゃった
これがちゃんと大人に成長できるかは、
神のみぞ知る…

noteは前から気になってはいた
Twitter(新:X)もインスタも見る専門
やってみたアメブロも今じゃ忘れ去られた廃墟のよう

やろうと思うも続かず、やる気も出ず、興味ないからと理由をつけて言葉を濁し
でも心のどこかには憧れがあった

「自分も自由に言いたいな」
「でも私のことなんて誰も興味ないし見てもな〜」

本屋で出会って手に取った本
今回のきっかけはそれだった
いしかわゆき氏の「書く習慣」

いつ買ったかは覚えていない
おそらく半年前だった気がする(いや、もっと前かも)
なにせやる気に満ち溢れてた当時、勢いで買ったものだから、買って満足してしばらく本棚に差し込まれていた

「意味ないじゃん!」
と思うけどそういうもんだよ、物って、本って、
私って。

周りに表現するにあたり、今まではなんか教えなきゃいけないと思ってた
誰かに価値を与えないといけないって
でもさ
「なんも肩書がないんだよね」

あの人はカウンセラー
あの人はライター
あの人はなんか霊が見えるらしい

なんともない人かと思えば、昔死にかけるほどの大怪我から生還して、人々に生きる希望を届けてるし

一般人とか言って、結局幼い頃からずっとやってきたことが今仕事になっている人多くて

「飽き性で、怠惰な私は何もできないじゃん」

この著者もそうだった
中2から書くことをしていたらしい(ブログ)
海外移住での孤独や寂しさを紛らわすためにやっていたと

「いいな!そんな特殊な環境にいれて!」

最初はちょっと思った("!"は誇張です)

読み終わってもそれは変わらなかった

でも、今からでも始められるとは気づいた
自分でもやっていいと教えてくれた

この本からの学びを一言で表すなら
「本音」

自分しか見ない日記に始まり、次第に周りに発信する形へと自分を変化させてくれる
それをゆっくりなペースで、自分の目線で歩いてくれるそんな内容だった
そこで変わらなかった主張が、本音を書くということだった

確かに振り返ってみると巷で言われていることで手足が縛られていることに気づいた

結論先行型へ
テーマを決めて誰かに教える感じで
SEO対策をしよう
効果的な写真の使い方、取り方
訴求力のあるタイトル表現とは

「いや、興味ないんですけれども…!」

やりたかった表現が、やらなくちゃいけないことに変わってて、やる前にかなりのエネルギーが必要だった

それはそれは朝ベットから起きるように
仕事着に着替えるように
玄関の鍵を開けるように

でもそんなエネルギーは必要なかった
というかエネルギーが出た時にやればいい
それが感情が乗っている時
つまり"本音"が出るときだ

私は逆に書いちゃいけないものだと思った
「だってそんな書いたところで誰が見るんでしょう」
「あまりに文句ばかりで誹謗中傷にならないか?」

それに対しても著者はカバーしていた

〉〉「だってそんな書いたところで誰が見るんでしょう」
→価値は見た人が考える
価値が、意味がないと思っても、価値を感じる人はいるかもしれない
なら書いたもん勝ち

〉〉「あまりに文句ばかりで誹謗中傷にならないか?」
→3つを押さえる
「その人の前で言えるか」
「人格否定をしてないか」
「そもそも発信する必要があるか」

個人的には「発信する必要が〜」は省きたい
「やっぱり自分の発信に意味なんて…」
と堂々巡りをしそうだから

これを知った今は前ほど怖くない
むしろ試してみたくなった
著者は「アウトプットまでが読書」とも仰ってたので来る今回はそれにあやかる形で、私の表現の一歩を踏ましてもらった
ありがとう

そして書いた感想
楽しいね
本音意外とスラスラかけちゃうね
何時から始めたかわからないけど、1時間とかかかってるのかな?
でも、最近の日常の中で一番満たされてたわ

P.S.
twitter(新:X)って書き方良くないですか?


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