バナナの天ぷらで世界一周。
わたしの家業は父の代からの、持ち帰り専門の天ぷら屋。
最近は外国出身のお客さんが増えてきた。
週に一回くらい来てくれる、日本人と同じような顔をした若い社会人がいる。いつも身なりをきちんとしていて、スキンケアをしているのか、顔がキラキラ輝いている。
ジムに通っていて、嫌味がない程度に筋骨隆々。いつも穏やかに微笑んでいて、日本語も流暢。
週に数日は会社に通勤し、それ以外はリモートワーク。うちの近所に住んでいる。
数回来店して顔を覚えた頃、彼が自己紹介してくれた。国名と、名前。
私は昔、その国を自転車で走ったことがあるので、興奮して喋ってしまい、私の名前を言うのを忘れてしまったことに、別れてから気づいて「しまった!」と思った。
彼は身のこなしや雰囲気がどちらかと言うと欧米人っぽい。それもハイソサエティーな。なんでだろう。
先日、店も終わりの頃に彼が天ぷらを買いに来て、自分も気持ちに余裕があったので、雑談の途中で、以前自分の名前を名乗らなかったことを詫びて、名前をメモ帳に書いて告げた。
その国の言葉で私が自分の名前を言うと、普通に「はい、ナガヌマさんですね」と返された。
さらに私は前回名前を名乗らなかっただけでなく、彼の名前も忘れてしまったので、それも詫びて、改めて教えてもらった。
「hydeと申します。私が生まれた時、両親はロンドンのhyde parkの前に住んでいたので、その名前になりました。」
(うわ~、ハイドパークって、ニューヨークならセントラルパークみたいなもんでしょ?きっと。相当なセレブじゃねえか…)
恐れ入りました。
「あっ、そう言えば、お願いがあるんですが、私はアフリカにも住んでたことがあるんですが、その国はバナナが主食で、この前たくさん送られてきたんです。部屋の冷凍庫にあるんですが、今度持ってきたら、天ぷらにしてくれますか?」
(うわ~、ロンドンの次はアフリカか?!)
「へぇ、そうなんだ!良いよ。日本人からなら絶対に断るけど(笑)」
すると先日、本当に持ってきた。
バナナというより、ズッキーニみたいに太くてでかい。
いや~、なんか東洋人とアフリカ人のサイズの違いが、バナナにも現れている。
冷凍状態で今は揚げられないので、改めて曜日と時間を決めた。
そして昨日。朝に冷凍庫からバナナを取り出し、半日かけて解凍。
そして時間になったので揚げる。
その前にひとかけら生で食べてみた。
甘さと酸味が強烈。そして、なんとなく野菜のような食感と味も感じる。
衣をつけて揚げてみると、果汁がしみ出て、それが余りの糖度のため、油が傷み、小さな焦げかすが出てきてしまった。
そうだ、果物を揚げるとこうなりやすいんだった。
まぁ仕方がない。これも経験。
小さなバナナのかたまりを揚げたものを食べてみた。
甘さと酸味が一層強烈に凝縮されて、余韻がいつまでも続く。
ズッキーニ、と言うか、さつま芋を丸ごと揚げるかのようにじっくりと揚げ終わると彼がやってきた。
「こんな感じで、良いかな?」と差し出すと、いつもクールな彼が「うお~っ!」と言って、まるで子供のように驚き笑顔になった。
「このバナナは、普通チップスにして揚げるんですよ、まさかこのまま揚げるとは!」
興奮して、写真を取っている。
そして彼が持ってきたフードキーパーにそれを入れると、ホクホクとした後ろ姿で帰っていった。
バナナの天ぷらは、彼や彼の友達の胃袋の中に入り、その写真は、出身国にいるご両親やアフリカに送られるのだろうか。
彼を見送りながら、彼の出身国と、ロンドンと、アフリカの食卓に思いを馳せ、そして意識はまた、住んでいる街、西尾久に戻ってきた。
こんな街にいながら、数個のバナナだけで世界を一周した気持ちにさせてくれた出来事だった。
ただいま、西尾久。
(追伸。彼のファーストネームを書いてしまっているので、念のため出身国の名前は伏せました。みなさんそれぞれの、お好きな国だと仮定して読んでください)