女性達の支援を続けるノーベル平和賞受賞の婦人科医・ムクウェゲ医師(5月17日放送 ザ・フォーカスより)
2019年10月。一人の医師が、成田空港に降り立ちました。
アフリカ、コンゴ民主共和国の婦人科医、デニ・ムクウェゲさんです。
記者:
飛行機ではよく眠れましたか?
「とても長い旅でした。あまりよく眠れませんでした。時間の感覚がありません。アメリカから回って来たので昼夜逆転しています」
武装勢力による性暴力の被害者の治療や支援にあたるとともに、その実態を世界に告発し続けてきたムクウェゲさん。
紛争下での性暴力と闘う、長年にわたる活動が認められ、2018年にノーベル平和賞を受賞しました。
今回、女性の権利保護を訴えるため、世界各地で行っている活動の一環として来日したムクウェゲさん。
受賞後、生活はかわったのでしょうか?
「ノーベル平和賞を受賞してから、前向きな変化がありました。性暴力について多くの人に知ってもらえるようになりました」
2度目の来日。伝えたいメッセージがあるといいます。
「平和と、正義についてのメッセージ。その2つを伝えたいと思います。現代の私たちは、かつてないほど、平和について語る必要があるのです。なぜなら、世界中で平和が危機にさらされているのですから」
ムクウェゲさんが婦人科医として働くコンゴ民主共和国東部の町、ブカブ。
ムクウェゲさんはここ、パンジ病院で20年にわたり、武装勢力によってレイプされた女性たちを無償で救い続けてきました。
「ブカブは残念ながら、レイプの中心地と呼ばれています。何十万人もの女性が性暴力にあっています」
今回、東京大学をはじめ、日本各地で講演を行ったムクウェゲさん。コンゴで何がおきているのか。日本の聴衆に訴えかけました。
「パンジ病院で治療している人たちは氷山の一角にすぎません。女性の体に及ぼされた、残酷で非人間的、下劣な行為の結果を治療し続けています。非常に辛かったのは赤ちゃんを手術したことです。6か月の赤ちゃんです。大人によってレイプされたのです。みなさん、想像できますか?」
これまで、手術をしたのは、6か月の赤ちゃんから91歳の女性まで。レイプによる膣や尿道、内臓の傷を手術によって治療します。
パンジ病院には年間2500人から3000人が運び込まれてきます。ここにいるのはみな、手術を待つ女性たち。何回も手術を受けなくてはならないような、ひどい傷を負った女性もいます。
この日、ムクウェゲさんが話しかけていた少女は8歳。彼女もまた、レイプの被害者でした。
パンジ病院があるコンゴ東部でこれまで武装勢力にレイプされた女性は、実に40万人以上。
20年以上に及ぶ紛争で、死者は600万人を超え、今なお、多くの難民が生まれています。
コンゴで女性が犠牲になる理由。ムクウェゲさんは、そこに日本を含む
先進国が関係していると指摘します。
コンゴと日本をつなぐもの。それは、今、あなたが手にしている携帯電話です。
コンゴ東部は金、そして携帯電話やパソコン、ドローンなどの材料となるレアメタルの一大産地なのです。この豊かさこそが、レイプの原因だとムクウェゲさんはいいます。
「コンゴの争いは、天然資源をめぐる争いなのです。例えば日本人が工業製品を作るには『タンタル』という鉱物が必要ですが、その80%はコンゴ東部に埋まっています。国連の調査ではここには100以上の武装勢力がいると言われていますが彼らは何の思想もなく、ただ資源を獲得するためにレイプするのです」
鉱山の周辺に暮らす女性ほど、性暴力にあう確率が高いというデータがあります。
パンジ病院の一角。
治療を受けている女性たちが「かご」の作り方を学んでいました。パンジ病院では、女性が手に職をつけ、自立できるよう、支援しています。
作り方を教えているムアヴィータさんは数年前、コンゴの隣国、ルワンダからきた武装勢力に襲われました。
「夫はその場で殺されました」
「1人目がきて、2人目がきました。3人目にレイプされたとき、私は記憶を失いました」
武装勢力はそのとき、村人680人を殺害しました。
「男性も女性も、たくさん殺されました。妊娠している女性はお腹を切られて子どもを取り出されてしまいました」
なぜ、村が襲われたのでしょうか?
「私の村では金がたくさんとれるのです」
パンジ病院に運ばれ、命は取り留めましたが、エイズに感染していることを知りました。
ムクウェゲさんは、コンゴで行われているレイプは性的欲求のはけ口ではなく目的をもって組織的に行われていると説明します。しかし、なぜレイプという手段をつかうのでしょうか?
「私もそれを自問しました。レイプは屈辱的行為で住民に武装勢力が力を見せつけるための行為なのです。まさに大量破壊兵器のようなものです。コストはかからないし、子どもを洗脳し、レイプさせるだけでいいのですから。野蛮な行為をすればそれを見た夫、子供も辱めを受けるのです。そうやって武装勢力は、住民を支配するのです。レイプは、住民を支配、屈辱を与えるための武器なのです」
武装勢力はレアメタルがある地域の住民を組織的にレイプし、住民に恐怖心を植え付け、支配します。こうして手に入れた鉱山でレアメタルを採掘し、
それを資金源にして武器を買い、戦いを続けているのです。
「私たちには責任があると思います。その状況を変えなくてはならないのです」
今回、ムクウェゲさんが強く訪問を希望した場所がありました。そこもまた、コンゴと深いつながりがあったのです。
広島。
今回の来日で、ムクウェゲさんが強く訪問を希望した場所です。
1945年8月6日。一発の原子爆弾で、廃墟と化した、広島の街。
原爆が奪った、人々の暮らし。
ムクウェゲさんは、資料館にこんなメッセージを残しました。
実は、広島とコンゴには、あるつながりがあります。広島に投下された原子爆弾にはコンゴで採掘されたウランが使われていたのです。
そして今、私たちは、コンゴの女性たちの犠牲のもとに作られたスマートフォンを使っているかもしれません。
「広島の原爆にコンゴのウランが使われていたのですから。そして、現代はコンゴの鉱物資源を日本人が使っています。すべては、つながっているんです」
「コンゴの女性に起きていることを、『私たちに関係ない遠いこと』と考えるべきではありません。世界はつながっているのです。私たちは『人類を守る』という義務があるのです。遠くで起きていることに共感を持ち、他者のために行動すること。それが人類を守ることにつながるのです」
ムクウェゲさんが伝えたかったメッセージ、「平和」。そしてもう一つ、「正義」。それは一体何を差すのでしょうか。
「今、コンゴでは誰が武装勢力で誰が警察なのか誰が軍人なのか分からないのが現状です。ここでは罪は罰せられず、法があっても適用されないのです」
パンジ病院の法律相談所。女性の権利を守る活動をしています。レイプ犯を逮捕しない警察にかわり、犯人を捜したりするのです。
この日も武装勢力にレイプされた女性とその母親が、犯人への処罰を求めて相談に来ていました。
「今日に至るまで、コンゴ政府は数千人にも及ぶレイプの被害者に対して、裁判を開いていません。もう、うんざりです。私たちも人間です」
病院からほど近い場所に、かつて武装勢力の一員だった男性が暮らしていました。マオンビ・イマニさんです。なぜ、武装勢力に加わったのでしょうか。
記者:
好きで兵士になったわけではないんですね?
「そうです。私は断ることはできませんでした。武装勢力は、村のものをすべて持ち去り、お母さんやお姉さんはレイプされました。私は、それを見るように強制されました」
武装勢力は村を襲って女性をレイプするとともに、男性を自らの兵士にするため、連れ去ることが少なくないといいます。
母と姉をレイプされたイマニさん。しかし、今度は自分がレイプをする側になったのです。
「最初、強盗を働きます。そのあとレイプをし、彼女達を辱めます。自分は強いんだということを示すためです。女性達は何も悪いことはしていません。私はただ『殺せ』という軍の命令に従っただけです」
記者:
拒否できないのですか?
「レイプをするときは、麻薬をもらうんです。それを使えば、何でもできます」
レイプした女性は、200人以上にのぼるといいます。
4年間、武装勢力の一員として過ごしたイマニさん。指揮官が死亡したため、武装勢力から逃げ出し、家に戻りました。処罰は受けていません。
「今は家族の元に戻ったので、自分がやったことはもう考えないようにしています。お母さんは、トラウマが残っていて、震えたりします。お姉さんは精神を病んでしまいました」
コンゴに正義がもたらされないわけ。
今回の来日でムクウェゲさんは、その一因として、ある報告書の存在に、繰り返し言及しました。
「この報告書には戦争犯罪、人道に対する罪、集団殺害について書かれています」
これは、1993年から2003年にかけてコンゴで起きたレイプや虐殺など617件の人権侵害について国連が調査したものです。
600ページ近くに及ぶ詳細な報告書は2010年に作成されました。しかし、それから10年たった今も、犯罪の責任者は処罰されていません。
「この報告書が告発しているのに、まだ権力の座に居座っている犯罪者がいます。少女や女性をレイプしたり、教会に人々を閉じ込めて放火した張本人です。何の処罰も受けていません。しかし、国際社会は何もしていないのです」
ムクウェゲさんは、安倍総理とも会談し、日本政府も積極的にコンゴの問題解決に関与するよう、求めました。
1週間にわたる日本滞在。
「平和」と「正義」のメッセージは、届いたのでしょうか?
「コンゴで起きている戦争は、女性の体の上で行われる、女性を犠牲にして行われる戦争です。日本が、そして世界が声を上げることが必要なのです。誰も無関心でいることはできません。日本は、コンゴからくる鉱物資源を消費している国です」
休む間もなく、次の訪問国へ向かったムクウェゲさん。
女性たちの声を伝え続けることで、世界を変える。その決意は変わりません。
「多くの日本人がコンゴのような遠い国で起きていることに関心をもって、かかわってくれていることに感動しました。私たちの中には『人間性』という共通するものがあると感じました」
取材:立山 芽以子 記者 (防衛省担当)
ムクウェゲさんにはじめて会ったのは2016年。東京でのことだった。
2018年にノーベル平和賞を受賞し、ますます多忙を極めるムクウェゲさんだが、女性に対する暖かい視線、正義を追求する姿勢は全く変わっていない。
今、パンジ病院もまた、新型コロナウイルスとの闘いの最前線にいる。
ムクウェゲさんからは「マスク、体温計、消毒薬などの不足が深刻である」というSOSが届いている。ムクウェゲさんの来日をアレンジした「コンゴの性暴力と紛争を考える会」(現NPO法人RITA-Congo)が支援物資を送っているが、国境が封鎖されていることもあり、物資を届けるには大きな困難が伴うという。RITA-Congo共同代表の華井和代さんは、「コロナの拡大によって武装勢力の暴力はより活発化する」との見通しを示している。
「世界はつながっている」
「遠くで起きていることに共感を持ち、他者のために行動する」
本編で出てくる、ムクウェゲさんの言葉だ。
今、新型コロナの影響で世界中の人が、会いたい人に自由に会えない、行きたいところに自由に行けないことの苦痛を感じている。裏返せば、好きなときに好きな人と、行きたいところに自由に行けるという当たり前の行為がどれほど幸せなことなのかを感じている。
他者を思う気持ち、世界で起きていることを想像する力が必要な今だからこそ、ムクウェゲさんの言葉が重みを持って心に響く。
少しでもムクウェゲさんのメッセージが伝わることを、願っている。
【プロフィール】
1997年入社。政治部、社会部、「news23」ディレクターなどを経て現職。最近の作品として「綾瀬はるか『戦争』を聞く」、アフリカ・コンゴの紛争を取材した「ムクウェゲ医師の闘い」など。
【今回放送されたVTRはこちら】
【ムクウェゲ医師の闘い ~なぜ、コンゴの悲劇は終わらないのか(ザ・フォーカス 2019年2月3日放送)】
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RITA-Congo