それでも残る〝別の世界〟~トランプ氏とSNSが深めた分断~
■〝最後の集会〟でトランプ氏が語ったこと
「ソーシャルメディアを我々が使えなかったら、声を上げられなかった。我々は、ここにいなかっただろう」
振り返ると、いまの混迷をも予見したような言葉だった。
米大統領選の投票日前夜、〝最後の集会〟に立ち会った。中西部ミシガン州の空港に集まった約2万人の支持者。コロナ禍にもかかわらず、多くがマスクもせずに、会場を埋め尽くした。トランプ氏が現れたのは、予定時刻から大幅に遅れて午後11時45分頃。最低気温2度の屋外で、日付を跨いで投票日当日の1時近くまで、最後の訴えを行った。
「フェイクニュースが後ろに見える!あそこにいるぞ!」
2万人の支持者が、私たちメディアが並ぶ場所を振り返り、その視線が一斉に向けられた。これはトランプ氏の常套句であり、予想はしていたが、直接敵意をぶつけられると、やはり心を揺さぶられた。主要メディアを敵視した上で、冒頭の言葉に続けた。
「ソーシャルメディアがなかったら、ここにいたとは思えない。声を上げられないからだ。彼ら(主要メディア)は、ほとんどが不正直なやつらだ。ジョー・バイデンは、腐敗した政治家だ」
この言葉には、トランプ氏の言う「政治家と主要メディアが作る世界」とは違う、〝別の世界〟が示されている。それは、<トランプ氏とSNSが作る世界>だ。
そのトランプ氏は今、TwitterやFacebookなどの主要なソーシャルメディアを使えなくなっている。
■「誤った情報」を信じる心理とは?
選挙制度の正当性や結果を根拠無く疑うことは、民主主義の根幹を揺るがす。
トランプ氏と陣営は、バイデン氏に当確が出ても「選挙に不正があった。選挙が盗まれた」などと繰り返し主張してきた。裁判にも訴えてきたが悉く却下されている。不正を示す根拠がないことは明らかだ。それでもトランプ氏は、「選挙に勝った」などと繰り返し公言してきた。SNSでも「選挙の不正」とされる様々な「誤った情報」が拡散され続けてきた。
「投票率が100%を超えた郡があった」
「**州では登録有権者数よりも票数が多かった」
「死者が投票したことになっている」
「バイデン氏への票が急に増えた」
「ドミニオンという投票の機械がトランプ票をバイデン票に変えた」
各社の世論調査では、共和党支持者の7割から8割が、バイデン氏が「正当に勝利しなかった」と答えたという。再集計され、最終結果が出てもなお、共和党支持者の多くが「選挙の不正」を信じていると言える。
「誤った情報」を信じる人々の心理について、ある解説を紹介したい。
非営利ジャーナリズム研究機関ポインター主催の、米ジャーナリスト、アル・トンプソン氏による「ネット上のフィクションと事実」に関する公開セミナーがあった。そのなかで、下記の写真から分かることを考えるよう求められた。
ある聴講者が「テーブルの上に、一個のりんごが置かれている」「りんごは、丸ごと一個」などと描写した。次に、この写真が映し出された。
そして、トンプソン氏は、こんな言葉を紹介した。
「誤った情報を得る人々は、真実に興味がない、のではない」
「彼らは、真実に極めて高い関心がある。特に、真実が隠されている、という考えに」
自分が見ている「りんご」を、そのまま「真実である」と信じない。自分が見えていないところに、「かじられた、りんご」という「真実」が隠されているのではないか、という心理が働くというのだ。
つまり、「トランプ敗北」とされる裏側に何かがあるのではないか。例えば、陰謀論を信じる人々は「民主党やメディアが作り上げた『ディープステート』が、選挙結果を操作してトランプ氏を敗北させようとしている」という「真実」が裏に隠れているのではないかと考えるのだろう。「真実」を追うが故に、「真実」からかけ離れ、〝別の世界〟に迷い込んでしまう人々と言える。
米国の「歴史の汚点」として刻まれるだろう、1月6日の議事堂襲撃事件。逮捕された主導者は陰謀論の信奉者らだった。
(マーク・ピーターソン教授)
「選挙」という民主主義の重要な手続きを経てもなお、なぜトランプ氏の〝別の世界〟は続くのか?カリフォルニア大学ラスキン公共政策大学院のマーク・ピーターソン教授に訊くと「米国は、トランプという大統領の時代も、選挙後の異常な期間も、これまでに一度も経験したことがない」と前代未聞の事態であることを強調したうえで、こう解説した。
「率直に言って、驚くべきことです。米国の政治や歴史について深い知識を持つ我々にも理解できない理由で、トランプ氏は、自分自身の周りに強力なカルト的人格を作り出すことに成功したのです。何百万人ものアメリカ人が、彼の言うことを中心に、真実と現実を定義しています」
トランプ支持者が、いわばカルトとなり、何百万人もの人々が、トランプ氏が語ったことが「真実」と信じるというのだ。極めて深刻な事態である。
■〝インサイダー〟VS〝アウトサイダー〟
「2016年、ミシガンは、腐敗した政治支配層を首にして、アウトサイダーを大統領に選んだのだ。(中略)私は政治家ではない」
投票日前夜の〝最後の集会〟でも、トランプ氏は、自らを「アウトサイダー」に位置づけた。選挙戦の遊説中に何度も言及している。ペパーダイン大学公共政策学部のピート・ピーターソン学部長は、この言葉を重視する。
「選挙後の分裂は、ここ数年の間に形成された分裂を反映しているに過ぎません。他のポピュリスト(=大衆迎合)運動と同様に、分裂は〝インサイダー〟と〝アウトサイダー〟の間に存在しています。バイデン氏が当選した選挙後でさえ、これらの分裂は癒しの兆候を示していません」
「既得権益層を部外者が破壊する」という構図はポピュリズムで使われやすい。社会に不満を抱く人々にとっては痛快に聞こえるだろう。さらに支持者に「彼ら」と「我々」という境界を意識させ、分断を深める戦略とも言える。しかも現職の大統領が、「私は政治家ではない」として、「政治家」対「我々」という構図まで作り出した。
■米国政治の脆弱さか?
それにしても、このような事態になるまで、米国の政界は、なぜトランプ氏の動きを抑えることができなかったのか。そもそも選挙の1ヶ月以上前から、トランプ氏は郵便投票などの選挙制度の正当性を攻撃し、また民主党の州知事が投票結果を不正操作すると決めつけるなどの主張を繰り返していた。投票日直後でも、勝利していない州で、一方的に勝利宣言をするといった言動もあった。
確かに、議事堂への襲撃は、前代未聞の暴力事件だが、現職大統領による選挙制度攻撃も、民主主義への「暴力行為」と言っていいだろう。ところが、これを諫める共和党の重鎮もいなかった。トランプ氏の「不正選挙」の主張について、連邦議会から州議会まで多くの共和党の議員が、主張に賛同するか、少なくとも拒否しなかった。バイデン氏当選の選挙結果に異議を唱えた共和党議員は上下両院で147人にのぼった。マーク・ピーターソン教授は、「選挙で選ばれた共和党議員たちは、権力を維持することに固執しているため、有権者の怒りを買うことを恐れている。このような状況になることを予想していた人はほとんどいないだろう」と説明する。
一方、インディアナ大学政治学のアーロン・デュッソ准教授も共和党員の動きがポイントだと指摘した。
「平均的な共和党員は従っているだけなのです。だからこそ、共和党のエリートたちが選挙結果を受け入れ、民主主義の平和的な権力移譲に同意することが大変重要なのです。そうしなければ、民主主義が崩壊してしまいます」
「民主主義崩壊の危機」にまで陥るとは、米国政治の脆弱さが露わになったと言わざるを得ない。
■「SNS封じ」で解決するのか?
議事堂襲撃事件を受けて、トランプ氏や支持する団体などのTwitter、Facebookといった主要SNSのアカウントが削除される措置が取られた。プラットフォーム各社が、トランプ氏の世界からSNSという〝拡声器〟を奪った格好だ。「検閲無し」を謳いトランプ・ファミリーやFOXニュースのアンカー、さらには極右団体のメンバーら保守派が愛用していたParlerもAWS(アマゾン・ウェブ・サービス)からサービスを停止された。保守派の動向を観察するため私も使ってきたが、投稿内容は陰謀論で溢れていた。投稿に共感する人は「Echo」(エコー)の機能で引用再投稿できたが、その「エコー」の名の通り、閉鎖的な空間で特定の情報や考えが正しいかのように増幅される「エコー・チェンバー現象」が起きていたと言える。
こうした削除措置によって、表面上〝別の世界〟からのウソやデマ、攻撃的な言動が消えたかのように見える。多いときは1日100件を超えていたトランプ氏のTwitter投稿もないため平穏さえ感じる。プラットフォーム各社の対応を称賛する声もある。だが批判も出ている。いわば「言論の封じ込め」に、ドイツのメルケル首相は「意見表明の自由を制限する行為は、法に基づいて行われるべきだ」と指摘した。
しかも、この措置によってトランプ支持者や極右団体のメンバーが沈黙するというのは楽観的過ぎる。すでにSignalやTelegramといった暗号化されたSNSのダウンロードが急増。締め出されたユーザーが集っているという情報もある。さらに上記のParlerも就任式直前に別のクラウドを使ってサービスを再開した。
■バイデン新大統領は米国を一つにできるのか?
「私は、分断でなく、団結を目指す大統領になることを誓います。赤い州や青い州は存在しません。あるのは、一つの合衆国だけです。全ての皆さんの信頼を得られるよう、全力を尽くします」
バイデン氏は「勝利宣言」で、米国を一つにまとめる役割を強調した。識者に、「新大統領が分断を徐々にまとめていくことができるか」を尋ねた。
◎ピート・ピーターソン教授
「新大統領が、この分断を癒すことは困難と考えます。ただバイデン氏は、何十年にもわたり上院に所属して、(民主・共和の)会派を超えた仕事を進める力を発揮してきました。今後、彼が議会で同様のことを行うことができるとは思います。しかしながら、より大きな文化的背景である〝インサイダー〟対〝アウトサイダー〟は、はるかに大きな課題であり、大統領でさえも対応できるかどうかはわかりません」
◎アーロン・デュッソ准教授
「バイデン氏が分裂をまとめる可能性は低いでしょう。バイデン氏を非難しているのではなく、誰ひとりとして、この溝を埋めることはできないでしょう。私たちを救ってくれる、誰か個人が現れるというのは幻想です。政権に期待できる最善のことは、彼らが好ましい、いくつかの政策を実行に移すことができ、その後、次の選挙を戦うということです」
予想はしていたが、悲観的な答えだった。
このままでは、トランプ氏とSNSが作った〝別の世界〟は存在し続けることになるだろう。さらに米国を震源地にして、日本も含めた世界各国に、そうした世界が広がりかねないという危機感を抱いている。
ニューヨーク支局長 萩原豊
社会部・「報道特集」・「筑紫哲也NEWS23」・ロンドン支局長・社会部デスク・「NEWS23」編集長・外信部デスクなどを経て現職。アフリカなど海外40ヵ国以上を取材。
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