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“ホワイト・ライブズ・マター” in ザンビア~「アルビノ殺し」現地報告(前)

イギリスがEUを離脱した直後、そしてパンデミックが世界を覆う少し前、ロンドンからアフリカ南部ザンビアに、現地で後を絶たない「アルビノ襲撃」取材に出かけた。「JNNドキュメンタリー ザ・フォーカス」で放送した取材内容をさらに深く、二回に分けて。

一、ミリアム

迷信

ぶっといイモムシが、目の前を悠々と横断していく。
1930年代のマーキュリー列車のようなシェイブ。
これは何かの幼虫なのか。
でも幼虫、と呼ぶと違和感を覚えるくらい大きい。

2020年2月初旬。ザンビア東部、ムフウェの森の中のロッジ。
きのう、首都ルサカに着いた我々は小型飛行機でムフウェまで移動してきた。
当初泊るはずだったロッジが雨季の大雨で一部水没し、急遽、空港のそばのこのロッジに泊ることになった。蚊帳には穴が開いていた。

きょうはこれから車でルンダジという町のそばまで行く。
そこにはミリアム・クムウェンダという21歳の女性が、母親とおじとともに、既に到着しているはずだ。

ミリアムには右腕がない。
切断され、売られたのだ。
理由はただ一つ。彼女がアルビノだからだ。

アルビノは生まれつきメラニン色素が欠乏している人たちで、日本を含めどこの国にもいる。視覚障害を持つ人も多いが、程度には差がある。太陽光に弱いのでケアが必要になることもあるが、それ以外は、いわゆる「普通の人」と変わらない。

しかし、アフリカの東部や南部の一部地域では、アルビノの体には「特別な力」があるとの迷信が存在する。そして、そのために「体」が高値で取引される。
遺体“ワンセット”は7万5000ドルの値段がつく、という調査もある。
平均月収が250ドルから300ドルとされる国で、だ。

なので、襲撃事件が後を絶たない。
多くの場合、殺害され遺体が切り刻まれるが、ミリアムは生き延びた。

ミリアムはチャマという、ルンダジからさらに北上した地区で生まれ育った。
襲撃現場もそこだ。
なので当初はチャマまで行くつもりだったが、これまた雨期で川が氾濫し橋が流されてバイクでないと到達できなくなってしまった。撮影機材を持ってのチャマ入りは困難と判断、現地のコーディネーターが手を尽くしてミリアムとその家族をルンダジのそばまで連れてきてくれた。

ミリアムは民家の軒先に、母親のビューティー(45)おじのイドン(42)とともに並んで座っていた。

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ミリアムの肌は白く、少し赤みがかかっている。髪は黄色っぽいクリーム色。オレンジを主体とした柄の半袖の服を身に着けていて、袖の部分はストライプ柄になっている。そこからのびているはずの右腕は、上腕の半分くらいのところで切断されていた。

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残った左腕で時折、娘のプレーズ(2)を抱きかかえる。襲撃当時はお腹の中にいた。
未婚の母だ。このあたりでは珍しいことではない。なおプレーズも母親のビューティーも肌の色は黒い。

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挨拶をし、会いに来てくれたことへの感謝を伝える。
何があったのか、聞かせてください。
そう促すと、ミリアムは淡々と語り始めた。

「右腕じゃないとダメだ」

襲撃されたのは2017年の11月のこと。
数日前から予兆はあった。
夜、同じ地区に住んでいる男たち3人が訪ねてきたのだ。

ミリアムは男たちに家の外に呼び出されたが、話し声を聞いた父親も外に出てきて男たちを問い詰めた。

ミリアムの父「何の用だ」

男の一人「タバコの火を借りたいんだ」

ミリアムの父
「タバコの火を借りにここまで来たのか?あんた、いつからタバコ吸うようになったんだ?」

男の一人「いや、友達が・・・」

いかにも怪しい。父親は「何か起きたらお前らを犯人と見做す」と警告、男たちは引きあげた。

翌日、男たちは戻ってきた。またミリアムを呼び出し、一人が100クワチャ(当時のレートで950円)の現金を出して、「これで俺とヤれ」と言った。ミリアムは「何であんたみたいなオジサンと」とはねつけ、男たちは再び退散した。さらにその翌日も男たちはしつこくやってきたが、今度は母親のビューティーに追い払われた。

そして、その次の夜。

ミリアムが寝床に入っていると、またもや男らがドアをノックして「ミリアム、外に出てきて」と言う。これで4日目だ。
「こんな夜更けになんで外に出ないといけないのか」と難色を示したミリアムだったが、急に眠気を覚え、気が遠くなるのを感じた。
何かしらの薬物が使われたのだろうか。朦朧とする意識の中、布が口に突っ込まれた。目隠しはされなかった。一人に上半身を抱えられ、もう一人に足のほうを持たれ、道まで運ばれ、地面に横たえられた。そこにはもう二人、男がいたという。

そのうちの一人が刃物でミリアムの左腕を切断しはじめた。
すると別の男が「違う、右腕じゃないとダメなんだ」と言った。
そして、ミリアムの右腕が切り落とされた。
ミリアムは一生、隻腕になった。

男たちは切断した右腕を、持ってきていた薪の中に隠すと、
ミリアムの頭や背中を刃物で何度も殴りつけ、去って行った。

暗闇の中でミリアムが痛みで泣き叫んでいると、近所の人たちが集まってきた。
両親も起きてきた。取り乱す母親。父親は必死にミリアムを病院まで運んだ。

その後、実行犯4人は逮捕された。
一人は教師だった。

顔を見られているのに、逃げられると思ったんでしょうか?
そう問うと、

「ミリアムが死んだと思ったんだろう」

おじのイドンは吐き捨てるようにそう言った。

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もう一人、逮捕された人物がいる。隣国マラウイのウィッチドクター=呪術医だ。
アルビノ襲撃には、伝統療法を行う呪術医が絡んでいることが多い。

捜査当局の調べでは、切断されたミリアムの右腕は、国境を越えてマラウイに持ち込まれ、そこで骨と肉に分けられ、この呪術医に持ち込まれた。
肉の部分は溶かされ、ローションのように加工されて売られたのだという。
骨は証拠として警察に押収された。

実行犯に話を聞きたいと思って刑務所での面会を画策したが、実現しなかった。

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「同じ人間ですよ」

チャマのような田舎では特に、片腕で暮らすのは大変だ。
農作業、炊事、洗濯、入浴、そして育児、すべてに支障が出ている。

ミリアム
「腕が二本あった頃は何でもできました。今は、全てが難しくなってしまいました」

そのぶん、母親ら家族の負担も増えた。

その上、再び襲撃される可能性もリアルにある。

ミリアム
「前回は家のそばに放置されたので生き延びましたけど、次はどこか離れたところに連れていかれて、切り刻まれるかもしれません。そうなったら、死んでしまいます」

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生まれ育った場所。でも、地域の人たちを「怖い」と感じるようになってしまった。できれば移住したい。

それもこれも全て、迷信のせいなのだ。
生まれつきメラニン色素がない、というだけで、腕を切断され、不自由な生活を強いられた上、怯えて暮らさなければならない。

あまりに理不尽だ。
ミリアムに、あえて聞いてみた。

アルビノに生まれたことをどう思っていますか?

ミリアム
「神の思し召しです。私がアルビノとして生まれたこと、黒い肌に生まれなかったことは」

母親のビューティーも「子供は神様からの授かりものですから」と言い、「誰にだってアルビノの子が産まれる可能性があるんですよ」と付け加えた。

犯人や、“アルビノの体に神秘的な力がある”と考えている人に、何を言いたいですか?
そう問うと、ミリアムは短く答えた。

「私たちは、同じ人間ですよ。なぜ、こんなことをするんですか」

シンプルだけど、それが全てだ。

ミリアムにとっては自分が一人の人間であることは自明のことだ。犯人たちが切り取っていった右腕だって、犯人たちの腕と何も変わらない、普通の人間の腕だということはわかり切っている。普通の人間の腕、でも同時に、ミリアムにとって、かけがえのない腕だったのだ。


二、ジョン

アルビノのミュージシャン

夕暮れ時のルンダジのバスターミナルで、高い天井にビートの効いたアフロ・エレクトロ音楽がガンガンに反響している。壁に即席のスクリーンが設置され、黒いキャップを被ったアルビノの男性がラップトップを操作している。

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ジョン・チティ。多くのヒット曲を持つミュージシャンだ。シルキーな歌声を活かしたラブソングの一方で、メッセージソングも歌ってきた。「Ni Colour Chabe」(肌の色だけ)という曲のMVには、アルビノの子供たちがたくさん出演、その脇でジョンが歌う。

“君ができることなら僕にだってできる”
“君がなれるものなら僕もなれる”
“肌の色だけじゃないか”

同じくアルビノであるジャマイカの有名ミュージシャン、イエローマンらとアルビノ襲撃事件を非難する「Stop Killing Us」という曲を発表したこともある。襲撃事件があれば現場に足を運び、調査もしてきた。

バスターミナルではアルビノ襲撃がいかに間違っているかを訴えるビデオの上映に続いて、ジョンが集まった50人ほどの聴衆に対話を仕掛けていた。ビデオを見て何を思ったか、知り合いにアルビノはいるか、言いたいことがある人は手を挙げて!

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聴衆もマイクを回しながら発言する。

「アルビノの体に特別な力があるなんて嘘だ」

「(アルビノの体を使った品物のおかげで)金持ちになったと言う人は、別の理由で金持ちになったんでしょうよ」

「政府はいったい何をしているのか」・・・

対話が一通り終わったところでジョンが一曲歌い、啓発イベントはお開きとなった。ジョンによれば聴衆の中から迷信を肯定するような声も飛んできたというが、概ね反応は良かったそうだ。

バスターミナルや市場など公の場所でイベントを開くのは、襲撃に雇われるのがこうした場所に集まる極めて「フツーの人たち」だからだが、一方で元凶はアルビノの体を「オーダーする」金持ちなのだとジョンは言う。


増加傾向の“ビッグ・ビジネス”

「これはビッグ・ビジネスなんですよ」
ジョンたちの調査によれば、襲撃を生き延びた被害者が、犯行グループが「これで家が買える」と話していたのを記憶していた。それはザンビアでは5000ドル以上を意味するという。襲撃犯は通常複数。つまり実行犯に1万ドルから2万ドルを支払っても元が取れるだけの商売なのだ。

「実行犯たち自身がアルビノの体からできた品物を使うのではありません。彼らはカネが欲しくてやっているだけです。背後にいる金持ちは実行犯にカネを払い、呪術医にもカネを払ってアルビノの体を手に入れますが、自らの手は汚さないんです」

選挙の頃に襲撃が増える傾向もあり、ジョンたちは、当選したい候補者たちがアルビノ襲撃をオーダーしている可能性がある、との疑念も持っている。

ここルンダジやその周辺では過去に4件のアルビノ殺害が記録されているそうだが、明るみに出ない襲撃も多いのだという。それらは「自然死」として記録され、隠蔽されるのだと。ザンビアでは去年は公式には6件の襲撃があったが、表に出ないものも含めれば、10数件から20件起きている、とジョンは推定する。そしてその数は増加傾向なのだと。その理由の一つは政府が有効な対抗策を取れていないから、なのだと。

「マラウイはアルビノ襲撃に厳罰化で対抗しています。タンザニアは呪術医を非合法化しました。ケニアにはアルビノの閣僚もいます」

「ザンビアでも事件をしっかり捜査して犯人を捕まえ、厳罰を与えることが抑止につながるはずです」

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アフリカは黒人のもの、という呪縛

襲われ、腕を切り取られたり、殺されて、遺体を切り刻まれたりというのは最悪の出来事だが、そうでなくてもアルビノは差別に晒されながら暮らしている。実の親から拒絶されることもある。ジョン自身、父親から拒絶され、幼少期は母親だけと暮らしていた。(その後、父親とは和解したそうだが)。アルビノの赤ちゃんが生まれたことで、親族間で「お前のせいだ」「いやお前のせいだ」と不和が生じ、家庭崩壊に至るケースも多い。

「アフリカは黒人のものだという概念があるからです。アフリカはブラッ ク・コンティネントであり、アフリカはブラック・ピープルのものだ、という。黒人ファミリーに突如、白い肌の子供が生まれると、その子は居場所がなくなるんです」

「外国に行くことも多いけど、白人やアジア人と交流するのには何の支障もありません、でも・・・」と、ジョンは自分の肌を指さしながら言う。
「黒人たちは、“アフリカ人であるためには肌が黒くないといけない”と思っています。ここが黒くなければ、アフリカ人ではないんだ、とね」。

降り出した雨がバスターミナルの金属の屋根に当たって立てる粒の細かいノイズに包まれながら、「アフリカは黒人のもの」というテーゼに深く考えず納得していた自分もいたな、と、頭の後ろのほうで一瞬考える。その、一見まっとうなスローガンのせいで生きにくく感じている人たちもいるのだ、と思い知らされた。

ジョンにとって音楽はその生きにくさから脱出する手段でもあった。この日の啓発イベントで最後に歌った歌は、観客の一部も一緒に歌っていた。何についての歌なんですか、と聞くと、ジョンは微笑みながら答えた。

「ラブソングですよ。“愛してる。出ていくならドアを閉めて行ってくれ。君以外にはもう誰も愛することはないだろうから“っていう、アルビノの話とは何の関係もない典型的なラブソングなんです」

歌うつもりはなかったが、聴衆からリクエストされたそうだ。

「歌い始めればみんな私がアルビノだとかもはや全然気にしません。音楽が良ければ、みんな踊り出して、その一瞬だけど、一つになれます。音楽には人を一つにする力があります。それが私の強みなので、これからも歌い続けますよ」

冷静に事実やデータを語りながらも背後にたぎる怒りを感じさせるジョン。ポジティブなトーンになったのは、この時だけだった。

インタビューを終えるころには、すっかり日が暮れていた。

〈続く〉

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ロンドン支局長    秌場 聖治

報道局社会部、各種の報道番組、ロンドン支局、中東支局長、外信部デスクを経て現職。ドラマー。アフリカのアルビノ問題への関心はサリフ・ケイタ経由。

【放送されたVTRはこちら】