「地域に根差してきた人々との調和を」店を開け続けて商店街のDNAを残す【いとしまちカンパニー】
べての移住者が、最初から新生活をエンジョイしているわけでない。福岡県糸島市に移住した後原宏行さんもそんな一人。全国から糸島への移住を希望する人が増える中、後原さんは糸島に移住しつつも地域に溶け込めてはいなかったそう。ところがそれから数年、後原さんは糸島の地域活性を目指す『いとしまちカンパニー』代表を務め、住民と連携した取組をするまでに。後原さんの糸島ライフを180度変えた出会い、移住者としてまちづくりに参画する面白さ・難しさを深堀りさせてもらった。
仲間との出会いが変えた糸島移住ライフ
熊本出身の後原さんは福岡を拠点に多拠点生活等を経験し、2016年にお子さんが産まれたタイミングで福岡市から糸島市へ移住。ただし、当初は糸島への移住に抵抗感を覚えていたという。
「住もうとしていたのが海まで600mの距離にある倉庫で。カッコよくていいなと思ったんですけど、たまたまその住所が糸島市だったんです。1市2町で合併した糸島市は、その頃すでにブランドができていたんですよね。
その頃は会社の仕事で、福岡市東区の志賀島に関わっていました。ちょっと人が減っていたり、渡船に赤字が出ていたりと課題の多いエリアの活性化事業に取り組んでいたから、その最中に課題が少なそうで、且つブランド力もある糸島に引っ越すことに抵抗があって(笑)」
移住を決めたものの糸島に対して心の距離を取っていた後原さん。糸島に移住してからも、2年ほどは福岡市のオフィスに通う日々が続いた。
「朝は青空の糸島を背中にして福岡に向かい、帰りは赤提灯を背中にして暗い海に帰ってくるんですよ。普通は逆ですよね(笑)」
そうした生活を一変させたきっかけが、後にいとしまちカンパニー合同会社の共同創業者となる福島良治さんとの出会いだった。
「福島と出会ってから友達がば~っと増えたんです。福島が『いと会』という飲み会を開催していて、参加すると友達も増えるし顔馴染みも増える。僕は髪が長いので『仕事は何をしているんだ』って思われることが多いんですが、いと会では見た目や肩書きであまり判断されないんですよね。いと会の友達は、僕が何してる人なのか知らない人もたくさんいます」
いと会では、移住者と地域住民がオープンにコミュニケーションすることができるそう。参加者とお互いのことを語り合う内に、糸島に集まる人が持つ魅力に気付いた。
「もっと自由が欲しいとか空が広い方がいいとか、そういう人が糸島へ来てる気はしますよね。いち早く糸島に来ていたのは、クラフト系の方やサーフカルチャーの方とか。そういう感覚が鋭い人がいて、後発的に僕みたいな一般の人も糸島へやって来た」
個性を持った人たちが糸島に集まり、同じ場所で同じ時間を過ごして調和する。その感覚がなんとも心地よいのだという。
「いとしまちカンパニーの原型となったメンバーと出会ったのも、いと会でした。地域の名店街の会長の息子と仲良くなったりもしました。その人は、『いとシネマ(地域住民と移住者の有志で企画・運営を手掛けた糸島野外映画祭)』の初期メンバーです」
いとしまちカンパニーは福島良治さん、後原さん、下田栄一さんの糸島移住者3人が代表を務める会社。同社は糸島市とNTT西日本と三者連携協定を結び、コミュニティスペースの設置や周遊アプリの実証実験などを通して、糸島をもっと面白くする活動に取り組んでいる。いと会を発端に始まった『いとシネマ』は、映画館のない糸島で映画文化に触れる機会となっている。
パラレルキャリアを武器に地域活性に突き進む
後原さんはいとしまちカンパニーのほか、自身で立ち上げた『カラクリワークス株式会社』の代表も務めている。
「カラクリワークスは、まんべんなく何でもできるプロダクションですかね。企画とデザインが得意で、Webの実装やSNSマーケティング、広告までやっています。クリエイティブチームがあって、ディレクターやデザイナーに直接仕事の話が来ることもあるんですけど、僕は自由枠というか開拓枠みたいなことをしています」
2005年に創業したカラクリワークスのコンセプトは「あたらしいたのしいをつくる」。
さらに社会貢献も活動の軸のひとつだ。
「熊本市の移住事業の仕事で、『熊本はどう?』というWebの案件があったんです。熊本出身のプロデューサーが企画から担当して、施設運営の提案も含めたWebサイトの構築、ユーザー管理のシステム構築、広告運用からカメラの撮影までチームで進めました。ローカルで活動したり、ローカルな企画をしている内に地域課題と向き合える知見がたまっていって、カラクリワークスの武器の一つに地域課題が出てきたのかなと感じています」
カラクリワークスで積み重ねた経験は、いとしまちカンパニーの活動にも活かされている。現在、後原さんは糸島市の前原地区商店街の活性化にチャレンジ中だ。後原さんいわく、前原地区は利便性が高く働きやすい環境が整っているらしい。
「すでにコワーキングスペースが3つ位あったので、いとしまちカンパニーではオープンコミュニティスペース『みんなの』を作りました。人と人を繋げる場所を作ったら、そこで何かが起きるかもしれない。新しいプロジェクトが走ったり、前原を中心に何か起きるだろうと考えました。実際にコミュニティラジオ『ラヂオいとしま』という取り組みが始まりました」
『ラヂオいとしま』は、九州大学の学生と糸島市民、移住者たちが協力して運営する糸島初の市民ラジオ。糸島の文化や海洋問題などの情報を発信するほか、多様なスピーカーによる糸島愛で番組が構成されているのが魅力だ。
街ファーストで次世代につなぐ商店街のDNA
さまざまな取組がスタートしている前原商店街だが、地域が抱える課題もある。「ここ20年ぐらいで人通りが減っているんですよ。前原でも店のシャッターが閉まっていくし、さらにコロナで夏祭りのようなカンフル剤的なイベントもできなかった」と後原さん。
「でも自然減(出生数と死亡数の差)を社会増(転出と転入の差)が上回っていて、僕らみたいな一般のプレイヤーがどんどん増えている。特に最近は東京からの移住者が前原も拠点のひとつにしています。」
地域の過疎化や高齢化などを原因として発生する、商店街のシャッター通り化。糸島も例外ではなく、前原商店街はかつての賑わいを失いつつあるという。
「いろいろな活動をしてみたんですけど、前原の中心市街地の活性に直接寄与できているかというと、やっぱり時間がかかる。なので今目指しているのは、この二、三年は商店街のシャッターを開け続けるということ。店のシャッターを開けて使えるようにしています」
後原さんはカラクリワークスとして、前原商店街に郷土文房具店『小富士』と『虚屯出版』をオープン。いとしまちカンパニーではコミュニティスペース『みんなの』のほかに、複合施設『MAEBARU BOOKSTACKS』を開いた。商店街に新しい風を送り込む一方で、地域に根差してきた商店街の人々と話し合いを重ね、調和のかたちに試行錯誤しているそう。
「僕はこれが役割だと思っています。これまで商店街で商売された方々も当然必要ですし、同時に僕らみたいな役割の人が何かを起こしていった方がいいと思う。十年後を考えると、店を閉める事業者さんもいらっしゃると思うから。スムーズに事業継承するのって簡単じゃないですよね。でも『前原は商店街なんだ』というアイデンティティを保ちながら、次世代の商店街にシフトしていきたい。シャッターが閉まっちゃうと土地が駐車場やマンションになることもある。すると商店街じゃなくなるし、取り返しがつかない。そうなる前にどんどん回収して、シャッターを開ける誰かを呼んできたいんですよ」
町の成長に必要なパワーとスピード。ただし昔ながらの前原商店街の良さやゆったりとした空気感も失いたくはない。そんな想いもあり、「いとしまちカンパニーの収支はトントンでいい」と後原さんは語る。
「いとしまちカンパニーは『僕らが面白いと思うことは、多分人の役に立つだろう』という自己中心的利他な考えを持っているんですよ。創業者3人ともいとしまちカンパニーとは別に事業を持ってるから、持続はしたいけど必ずしも収益が欲しいわけじゃない。『一旦収支はトントンでいいじゃん!』って考えだから、僕らは一番最後でいいんですよ。おもしろいファーストでやってます」
「らしさ」を保ち、終わりのない旅を楽しむ
後原さんの当面の目標は、前原商店街のシャッターを開けていき、商店街のDNAを残すこと。店を開きたい人が相談に来たときは、地域と事業者との間を後原さんが取り持つという。
「最近はマクラメ編みのアクセサリーを作っている女性から、店を出したいと相談があったんです。店舗の内覧には僕も一緒に行きました。必要とあれば僕が店舗を借りることもあるからです。大家さんと折衝するのも僕らで、改装も一緒にやります。店子さんはいとしまちカンパニーに家賃を払えば、大家さんとの折衝をしなくていい。大家さんからしたら、いとしまちカンパニーに貸すことで安心できる。よく知らない人にはなかなか貸したくないじゃないですか。僕らが担保するかたちになれば、貸す方と借りる方のハードルが両方下がるんです」
アクセサリーを出店予定の店舗スペースは、2つの事業者が入れるゆとりがある。もうひとつの事業者が現れるまでは、残り半分の家賃を後原さんが持つというから驚きだ。
「したいことがある人は多いんだけど、商店街で物件を借りるって超ハードルが高いですよね。今回のアクセサリー屋さんだって、残り半分に誰かが入れば収支的には安定するんです」
糸島には面白い人がたくさん集まっている。そのことを後原さんは知っているから、「誰か」が現れることを信じられるのだ。
「僕、R不動産(『新しい視点で不動産を発見し、紹介していく』をコンセプトとする不動産Webサイト)が好きなんですよ。あれを見てたら事業を始めたくなるじゃないですか。僕がやってる仕事もひとりR不動産みたいな感じ(笑)。最近はこういう相談も増えてきました」
今や糸島ライフをエンジョイし、精力的に新しい事業をスタートさせている後原さん。エネルギーを燃やし続ける秘訣はあるのだろうか。
「広義な意味で作ることが好きなんですよ。ストレングスファインダーでいくと僕の資質の1位は活発性らしくて、とにかく何か作っていたいという衝動でまず生きてる(笑)」
そのエネルギッシュな行動力もさることながら、全体を見渡す視点も持ち合わせているのが後原さんの面白いところ。
「たとえば社会全体で、同じような動きをしていると綺麗で整然とした森みたいになりそうじゃないですか。それだと多様性がないから、よくわからない植生もあった方がいい。そういう木の下の方が居心地良く過ごせる人がいるはず。特にカラクリワークスはそういう人が多い気がします(笑)。真っ直ぐな杉の木の下じゃないけど『自由でいいよね』って。何か作るときもすでにあるものを単に持ってくるんじゃなくて、新しい毒っぽい要素を入れておきたいんです」
糸島はたくさんの人が一緒に暮らすコミュニティ。足りないものもさまざまで、だからこそ補い合える。後原さんにまちづくりについて尋ねてみると、「終わりのない旅。終わらないんですよ」と笑顔が弾けた。
糸島市は自然豊かな住みやすい街。そのイメージはそのままに、「糸島市は新しいことにチャレンジしやすい街」という側面も見えてきた。これから新しいことを始めたい人、地域の活性化に関心がある人は糸島を訪れてみてはいかがだろう。後原さんやいとしまちカンパニー、地域住民のエネルギーがきっと背中を押してくれるはずだ。