見出し画像

謙虚さと強引さと地元愛を胸に“公務員らしくない”観光振興の奮闘〈ローカルグッドの視座〉

地球環境や地域コミュニティなどの「社会」に対して「良い影響」を与える活動・製品・サービスの総称を「ソーシャルグッド」と言います。こういったソーシャルグッドな活動をより地域に根を張って活動されている方々を今回、“ローカルグッドな人たち”と定義。彼らはどのような視点でローカルグッドを実現しているのか、本人に聞いた。

和歌山県田辺市といえば、熊野本宮大社と熊野古道を目指して全国から旅行客がやってくる。ところが近年は、日帰りで山を楽しむ「低山トラベル」、200軒近くの飲食店がズラリと集まる「味光路」などで人々を楽しませている。アウトドアメディア『ランドネ』とのコラボレーションも、田辺市のPR戦略に新鮮な風を吹かせた。「ローカルは楽しい」と語るのは、田辺市役所観光振興課の佐向大輝さん。まちのために奮闘する佐向さんに、PRにおける楽しみや課題を伺った。

低山トラベルに梅酒ツーリズム、地域資源を観光に活かす

登山というとトレーニングや登山グッズが必須なのでは......と身構えがちだが、田辺市の低山トラベルなら初心者でもチャレンジしやすいのがうれしい。心地よく疲れた体に、味光路の美味しい食事やお酒が染み渡る。旅とセットで楽しめるのも魅力的だ。
 
「和歌山県最高峰の龍神岳が標高1382メートル。車で標高1200メートル以上のところまで車で行けて、山頂までは歩いて30分くらい。短い時間で歩けるので、歩いた後は温泉などもゆっくり楽しめます。高尾山やひき岩群は、紀伊田辺駅から車で10分ほどで行けるのに絶景が見られて、滝や巨岩などの見どころが多い百間山渓谷も面白いですよ」

観光振興課は、2022年4月から低山トラベル事業を開始。低山トラベラーの大内征氏をアドバイザーに迎え、日帰りで楽しむ低山の魅力を発信している。ランドネのメディア『FUNQ(ファンク)』でも田辺市の低山を紹介。「田辺を、山や自然を愛する人が旅をするなら――」をコンセプトに、アウトドアスタイル・クリエイター四角友里さんが低山の楽しみを発信中だ。
 
「田辺市を取り上げてもらうことが増えたり、登山に来る人が増えました。あるデータでは、高尾山、龍神山、ひき岩群のエリアに来る人は、2020年だと591人。翌年は約155%増の923人でした。実際の数はもっと多いと思います。」
 
2023年に田辺市内の低山を訪れている人数は前年比123%増で、着々と観光客が増えている手応えだという。

「僕も山を歩くのが好きなんです。最初は仕事がきっかけでしたが、カメラで写真を撮ったり、その後に味光路に行ったりするのも楽しいんですよ。20代の頃は、味光路で週に3、4日飲むことも(笑)。そのおかげで知り合いが増えました」
 
味光路で培った人脈を活かし取り組んでいるのが、近年始動した梅酒ツーリズム「紀州田辺の梅酒旅」だ。
 
「田辺市は梅の産地で、隣のみなべ町と合わせて全国の7割位の梅を生産しています。ですが、梅干しの需要が全国的に落ちてきているんです。梅酒は海外からの需要もあり、ポテンシャルが高い。国内のデータを見ても、全世代で好きなお酒の上位に梅酒が入っています。日本酒ツーリズムやワインツーリズムはあるのに梅酒ツーリズムは見かけないので、梅の産地の田辺でやるしかないと考えました」
 
クラフト梅酒の飲み比べ、絶景を望む梅酒テラス、梅酒づくり体験など、梅酒の聖地・紀州田辺を満喫するコンテンツが目白押し。各メディアからも田辺市に熱い視線が送られている。
 
「最近では、TBSの『バナナマンのせっかくグルメ』やNHKの『鶴瓶の家族に乾杯』という番組で、田辺のグルメや梅について紹介されました。登山関連では、NHKの『にっぽん百低山』でひき岩群を、CSの『登山で頂きメシ!』という番組で高尾山を取り上げてもらったことも」

アイデア×説得力で実現にこぎつけた事業立ち上げ

田辺市役所に勤めて15年。佐向さんはどんな道のりを歩んできたのだろう。
 
「元々田辺市の外に出るつもりはなかったんです。親や(高校の)先生から『公務員に向いてるんちゃう?』と言われて公務員試験を受けて......実は一回落ちたんです(笑)。ですが断った人がいて繰り上げで受かりました」

「市民課の窓口業務で4年、それから公民館で3年、県庁の観光振興課に2年いました。市役所に戻ってきてからは観光振興課に6年います」
 
田辺市で生まれ育った佐向さんが企画から携わったのが、低山トラベル事業だった。
 
「田辺市の観光は熊野古道が強みですが、集客エリアやシーズンの偏りが課題でした。田辺にはほかにもたくさんいいところがあるので、もっと知ってほしい、もっといろいろなところに観光客を呼びたいと考えたとき、低山って面白いんちゃうんかなと。コロナで山小屋にあまり行けなくなった時期で、近場の低山を楽しむ人も出てきたタイミングでした」
 
低山にポテンシャルを見出したものの、事業化は簡単ではなかったという。
 
「役所で事業として形づくっていくときにネックになったのは、低山は面白いという感情面(の魅力)を決裁者にどう伝えるか。役所の中での合意形成を取って予算をつけていくのが、最初のハードルでした」

 「事業化するにしても、その時点ではまだ評価されていないものをPRしていくわけです。『熊野古道を前面に出しつつ低山もあるよ、というPRではダメなのか』と指摘されたことも。低山トラベラーの大内さんが賛同してくれたから、(企画に)説得力が出ました。大内さんがいなかったら事業化はもっとしんどかったかもしれないですね」
 
低山トラベルが盛り上がりを見せたのには、ランドネとのコラボレーションも大きかったという。
 
「ランドネさんが出してくださった企画書がすごく良かったんです。一緒に仕事をし始めてからも、こちらの立場を考えてくれつつ、 全国いろいろなところを見ながら編集をされてきた視点から、低山トラベルのコンテンツを提案してくれました」

PRのノウハウを学んだ、公務員らしからぬ上司の背中

公務員になってから見えた景色は、佐向さんにとって子どもの頃とはひと味もふた味も変わっていた。
 
「今まで何気なく見ていたもの、関わっていた人がすごく頑張っていることを知りました。一方で、そういう人やコトに光が当たらない状況にも気づいたんです。地域で頑張っている人たちのお手伝いをしたいと考えるようになりました」
 
キャリアプランの目標ができつつあった頃、県庁に異動。そこで出会った上司からは、仕事のノウハウを叩き込まれたという。
 
「めちゃくちゃ厳しい人でした(笑)!ただ、個人的にはすごいという印象のほうが強くて尊敬する上司でした。公務員っぽくなかったんですよ。しっかりとした論理を持ちつつ、メディアを使ったPR戦略も上手いし、スピード感やクリエイティブな考え方を持っていました」

「企業誘致を担当されていたときは年間1000社以上の企業訪問をしたり、食品流通を担当されていたときには、和歌山県名産のぶどう山椒やまりひめといういちごのブランディングと販路拡大のために、大手メーカーや有名スイーツ店とコラボした商品開発などを実現してきたそうです。和歌山県が観光で注目されるようになったのも、その上司の存在が大きかったんじゃないかなと思います」
 
多くを学んだ中でも「地域の現場を知らないと、本質的な魅力は伝えられない」というポリシーは、今でも佐向さんの中に息づいている。
 
「謙虚さと厳しさのどちらも持っている人なんですよね。ガイドさんや旅館業の人など、現場で頑張っている人に『いつもありがとうございます』『いつもお世話になっております』と言っている姿も印象に残っています。現場に出て、現場のことを知り、本質的なところをメディアに取り上げてもらう。それが頑張っている人たちに光を当てる手段に繋がるんですよね」

地元民も喜ぶ、地域を置き去りにしないPR

「田辺市に来てもらえたら、このまちを好きになってもらう自信がある」と、佐向さんの顔がほころぶ。そのためにもまずは田辺市のことを知ってもらうことがスタートだという。
 
「地域が廃れてきていると言われていますが、僕らの世代から見るとローカルは今でも十分楽しい。田辺市は山にも海にも行けて丁度いいんです。地元の魚がおいしいので、お刺身はあまりよそで食べないですし、食べ物に自信を持っている人は多いですよ。いいところがまだまだあるのに、知られていないエリアが多いですね」

「最近のPR戦略はSNSが主流ですが、やはりメディアの効果も大きいと感じます。タイアップは費用対効果が疑問視されることもありますが、戦略をもって実施することで、露出以外の効果や広がりが出ます。メディアの方々が取材しやすいような体制をつくっておくことも大切。名刺交換した方にイベントのお知らせを送ったりしますが、反対に何かあったときに『ちょっと佐向さんに聞いてみよう』『田辺市の観光振興課に聞いてみよう』と思ってもらえるようにしておきたいと思っています」
 
PRの仕事は華やかに見えるが、地に足をつけた積み重ねがあってこそ実を結ぶ。
 
「低山トラベル事業の大内さんや四角さんは、いろいろな媒体で田辺市のことを紹介してくれてるんですよ。KOL(Key Opinion Leader:強い影響力や専門性を持った人物)的な人と繋がると、すごく広がるんだなというのもわかりました」
 
佐向さんが考える、ローカルの観光振興の意義について聞いてみた。
 
「メディアに取り上げてもらうのは市外へのPRでもあるのですが、 地元の人も喜んでくれるんです。低山トラベルのパンフレットを作ったときは『こんなに面白い山があるんねや』と、地元の人も山歩きに行ってくれました。テレビや雑誌で紹介されると地元の良さを再認識できます」
 
地元の人を置き去りにしないPRは、これからのローカルグッドに欠かせない視点になりそうだ。
 
「梅酒ツーリズムで梅干し屋さんの広報担当の人とやり取りする中で『地域に自尊心を持っている地域は魅力的に見えるよね』という話が出たのですが、確かにそうなんですよね。地元の人が『こんなええとこあるから行ってみて』と言ってくれるまちにしたいです」
 
ローカルのまちづくりに携わる一員として、佐向さんが描くビジョンとは――?
 
「田辺市だけが盛り上がればいい、とは考えていないんです。たとえば低山は全国どこにでもあるもの。世間にもっと低山の魅力が広まって、それぞれの地域で楽しむ人が増えて、全国的に低山が盛り上がってくれたらいいなと思っています」

「とにかく何でも経験しようと思って、いろいろなところに顔を出したのが20代。ありがたいことに、自分で企画立案したものを実行できるようにもなりました。これからは精度を高めたいです。僕もあんまり公務員ぽくないと言われることがありますが、はみ出しすぎない程度にいきたいですね(笑)」
 
良い意味で従来の公務員像からはみ出しつつ、地元愛が原動力なのが佐向さんのスタイル。ぜひ田辺市に足を運び、そこに暮らす人々の誇りを感じ取ってみてほしい。

田辺観光協会 たなべの山で遊ぼう!


最後まで読んでくれてありがとうございます! X(Twitter)でも情報を発信しています。ぜひフォローしてください!