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「何もないと言われた街だったけど……」病院跡地からはじまった明るいホテル「HIKE」【ローカルグッドの視座】

地球環境や地域コミュニティなどの「社会」に対して「良い影響」を与える活動・製品・サービスの総称を「ソーシャルグッド」と言います。こういったソーシャルグッドな活動をより地域に根を張って活動されている方々を今回、“ローカルグッドな人たち”と定義。彼らはどのような視点でローカルグッドを実現しているのか、本人に聞いた。

今回お話を伺ったローカルグッドな人は、熊本県玉名市に住む佐藤陽子さん。ホステル「HIKE(ハイク)」を夫婦で経営しながら、地域の魅力を伝えるピクニックイベント「knowledge.(ノウレッジ)」などを手掛けている。

病院跡地を“人が元気になる場所”へと大変身!

HIKEがオープンしたのは2020年5月。木の温もりが感じられる館内は、旅先でありながらのびのびと過ごせる佇まい。カフェ&ダイニングでは、地元産の食材を使った料理を味わえる。

明るく開放的で居心地が良いのが魅力だが、元々は整形外科の病院跡地だったというから驚きだ。
 
「築42年位の古い空き家で、商店街の方たちから『街の玄関口なのに廃墟になっている。誰かどうにかしてほしい』と声が上がっていました。院長先生もご高齢で早く手放したいけれど、次の使い手さんがなかなか見つからなくて、不動産屋さんもどうしたもんかという状態でした」

「最初にここの中を見たときは、病院の道具がそのまんま残っていましたし、ずっと放置されていたから不気味な感じでした(笑)。でも屋上に上がったら景色がすごくよくて。ここが使われていないのがもったいないと思うようになったんです」

「元病院ですけど整形外科で、骨折した方々が治療して良くなって元気になっていった場所なんですよね。ここからみんな元気になっていくんだと、前向きに考えるようになりました」
 
HIKEを始める以前はアパレル業界で働いていた佐藤さん。生まれ故郷にUターンし、ある夢を抱いて物件を探していた。
 
「私たち旅が好きなんです。旅を通した人との出会いや体験が印象に残っていて、人が集える場所を作りたいねと話していました」
 
リノベーションでは旅で感じ取ってきたものを凝縮させつつ、玉名市らしさも漂う空間に。地元の窯元から仕入れた器など、手仕事の生活道具を愛でるのも楽しい。カフェ&ダイニングのテーブルは、廃材を使って自作したものだという。

「最後の晩餐みたいに大きいテーブルですよね。4メーターの杉の木の板なんです。HIKEがまだ工事中だったときにInstagramで情報発信していたら、木材商の方が無料で使っていいよと言ってくださいました。客室の一部にもこの板を使っています」

地域の中の人も外の人も呼び込むピクニックイベント

オープン当初はコロナの真っ只中。思い描いていたスタートとは異なる風景ではあったが、一人目の宿泊客は嬉しい驚きを連れてきてくれた。
 
「初めて宿泊されたのが、ご近所に暮らす80代のひとり暮らしのおばあちゃんなんです! ここが工事中の頃からオープンを待ちわびてくださいました。うちはパジャマもないし、冷蔵庫やシャワールームも共有だし大丈夫かなと思ったのですが、『すごく楽しみにしていた』という言葉を聞いて本当に感動しました」

地域の人にとって何を提供できるか。佐藤さんはこんな風にも考えてもいた。
 
「地元の友人に休みの日は何してるのと聞くと『玉名には行くところがない。街の外に出かけるよ』という答えばかり。けれど玉名は食べ物も美味しいし、わざわざ東京や大阪から飛行機に乗って窯元に来る人もいるんです」

「地元の方が誇りに思える玉名だということをもっと知ってもらいたくて、ちょっとずつ発信していきたいと考えていました。自分たちでイベントを開催していたら玉名に人が集まるようになって、行政から『公共空間を使ったイベントを一緒にやりませんか』と相談が入るようになりました。そうして始まったのがknowledge.というイベントです」
 
knowledge.は菊池川沿いの河川敷で行われるピクニックイベント。飲食や食物販、ワークショップの各ブースでは玉名市はもちろん、近隣の自治体の農家や飲食店などが出店し、青空の下で大きな賑わいを見せる。
 
「私たちの強みは、ローカルな生産者さんたちに繋がりがあるところ。普段はイベントにあまり出店しないような人たちも口説きました。11月開催なので、原っぱで食事したりして過ごすとすごく気持ちがいいんですよ」

「2023年は、500人から600人来ればいいよねなんて言ってたら、2,000人位集まったんです。お昼の12時になる前にほとんどの飲食店が完売しちゃったほど。昨年の教訓を活かし、今回は店舗数や料理の数、内容を更にパワーアップして今年も開催します」

「やってみたい」を実現するための行政への働きかけ

やりたいことをやってみたら、玉名市のローカルグッドにひと役買うことになった佐藤さん。ところが本人は至って謙虚にこう語る。
 
「まちづくりのためにHIKEを始めたわけではないんですけど、行政と一緒にイベントをしてみて、まちとの関わりが近くなってきた感覚はあります」

こうした手応えを感じるまでには、トライ&エラーをいくつも重ねてきた。

「公共空間を使ったイベントというと、花火大会やスポーツイベントはやっていたみたいなんですけど、マルシェの事例がなかったんです。申請では市役所の方たちも『事例がないから……』と確認がスムーズに行かなかったり。最初は手探り状態でしたが、事例がひとつできると、行政もまちの人もイメージが湧きやすいのかもしれないです」

初めてのチャレンジには壁がつきもの。その壁を越えるために、どんなことが追い風になったのだろう。

「玉名地域デザイン協議会という任意団体を立ち上げていて、玉名市の地域おこし協力隊の方も仲間に加わってくださいました。その方が市役所に出勤されていたので、『この申請はこうした方がいいですよ。まずはこの部署に行くといいですよ』など、アドバイスをくれたんです。知識がない状態で申請するのではなく、情報を得てから行動できたので、すごくありがたかったです」

ローカルストーリーを可視化して伝える意義

「玉名には何もない」と言われていたのは、もう昔のこと。九州各地、さらには東京や大阪から人が訪れることを、地域の人も知るようになった。
 
「地下のピロティは元々は病院の駐車場だったのですが、HIKEローカルマーケットを月に一回開催しています。うちのカフェで使っている食材は、地元の生産者さんが作る自然栽培やオーガニックのものが多く、なかなか一般市場には流通しないのですが、『どこでこの食材を買えるんですか』と聞かれることが増えました。それなら、生産者さんと消費者が交流できて、緩やかに顔が見えるマーケットを始めようと考えたんです」

「いつもは宿泊の方限定で出している朝食も、マーケットの日は一般開放しています。マーケットを始めて丸3年位経ちますが、地元のおばあちゃんが買い物カゴを持って来られたり、オーガニック食材に関心がある方が車で1時間位かけて来てくださったり、常連さんが増えてきました」
 
HIKEを人が集まる場所へと育ててきた佐藤さん。改めて地域に対する想いを聞いてみた。
 
「機械化や大量生産・大量消費の時代で、地域の生産者さんや作り手さんの背景が見えにくくなっていますよね。この場所で実際に窯元さんの器を使ってもらったり、ランチやカフェで直接この地域で育った農作物を召し上がっていただくことで、そこから人と人との繋がりができたり、この地域の価値が上がったりするのかなと考えています」

「HIKEではここだからこそ楽しめる味として、熊本の郷土料理だご汁をメインにしたランチを始めました。カフェのデザートでも、地元の果物や熊本産小麦粉を使っています」

食材を彩る器にも、玉名が受け継いできた伝統や作り手の想いが込められている。HIKEに滞在していると、そうしたストーリーに気づかされる。
 
「作り手さんたちを可視化することによって、ものの価値があがると『大切に使います』と買ってくれる人も増えるんじゃないかな、と考えています」

「HIKEをただ泊りに来る場所にはしたくないんです。ここに来たことで、玉名のことを知るきっかけになればいいなと思っています」

ローカルグッドな佐藤さんは、玉名市が持つ魅力を見逃さない。生産者や作り手のストーリーを地域の内外に伝え、共感してくれる人々が集う場所を開拓中。HIKEを拠点に、玉名市の魅力をこれからもどんどん発信してくれるだろう。

HIKE

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