「かわいい」から「売れる」九州地域を元気にするデザイン【濵田佳世】
福岡を拠点にデザイナーとして活躍する濵田佳世さん。「かわいいデザインには課題を解決する力がある」という信念のもと、老舗洋菓子店『赤い風船』やサブカル的人気を誇るカレー店『ダメヤ』など多数の企業をサポートしてきた。濵田さんの仕事のヒストリーを追ってみると、九州の魅力あふれる企業のこともわかってくる。濵田さんの目を通して見えるデザインの世界やブランディングの面白さを伺った。
“かわいいもの好き少女”がデザイナーに
幼いころから雑貨や小物、かわいいものが大好きだったという濵田さん。さまざまなお店に足繁く通っては、時間を忘れてかわいい世界に浸っていた。奈良芸術短期大学で学んだ後、一度は奈良で就職。その後は大阪のデザイン事務所に転職したが、九州へ移住することに。
「雑貨アーティストに憧れていたこともあって、大阪にいた頃から個人でも作品づくりを行い活動していました。会社勤めもしていたのですが、デザイン業界って当時は徹夜も多くて、ほぼ何もできないような状態。母が熊本出身という縁もあったので軽い気持ちで移住したんです。水が合ったみたいで長く住んでいたのですが、熊本地震などがきっかけで福岡に移住しました」
濵田さんがデザインの仕事に深く入り込むことになったのは、熊本に暮らしていた頃のこと。意外にもデザイン会社ではなく、ウェブ制作をするシステム系の会社に就職したことが大きかったという。
「システム会社は、それまで勤めていたエディトリアルのデザイン会社とは毛色が全く違っていました。行政のHPを作っている会社で、CMSといってサイトを更新するシステムから作っていました。会社がプロポーザルに参加する際は、パワポを使って提案書作成を手伝うことからだんだんとウェブ制作にデザイナーとしてかかわっていきました。面接したときに『私、ちょっとデザインできます』と言ったものの、ウェブの仕事は紙と全く違うのでうまくできないし、システムに合わせてデザインするのが難しかったんです」
濵田さんはその頃29歳。それまでの経験では上手くいかない仕事に直面したとき、むしろモチベーションは上がったそう。
「自分に対してすごく負けず嫌いなんです(笑)。できないのが悔しくて『自分が思う通りにできるようになるまでこの会社にいよう!』と決めました。そうして一生懸命つづけていくうちに、気づけばウェブ開発室の室長をしていました。でも管理職になるとデザイン業務から離れなくてはいけないので、それが嫌でした。そこでウェブの仕事を受けるという約束を会社と結びつつ円満に独立しました」
みんなが幸せになるブランディング
熊本での独立前から、地元の焼菓子店や美容室などのショップカードを作っていた濵田さん。そのデザインが評判を呼び、人から人へとご縁がつながることもあったという。独立後は福岡に拠点を移し、顧客との関係性を再構築。今ではデザイン事務所『みずうみデザイン室』の代表だ。「福岡の方から初めて依頼があったときは本当に嬉しかったです」と当時を振り返る。
福岡の仕事では、地元企業のブランディングに携わることも多い。福岡県糸島市の農家からは、こんな依頼が舞い込んできた。
「いちご農家の『スロウベリー・ストロベリー』さんからお仕事の依頼がありました。できるだけ自然に育てる栽培方法で、いちごをとても甘くしている農家さん。糸島に移住されてきた方で、HPで私を見つけてくださいました」
スロウベリーからの依頼は、ブランディングを意識したロゴのデザインと店舗ディレクション。この依頼は濵田さんにとって嬉しいコラボレーションにもつながった。
「『スロウベリー・ストロベリー』というネーミングは、山村光春さんというコピーライターさんが付けました。山村さんは雑誌『オリーブ』の編集者だった方なのですが、私が中学生の頃から大好きな雑誌だったんです。2020年に料理研究家の展覧会を山村さんとチームで仕事をしたことがあり、それがきっかけでスロウベリーの言葉周りを作っていただきました」
憧れの存在と共に仕事を手がける嬉しさ。クライアントへの取材やコンセプト考案まで力を合わせて構想を練った。
「ネーミングの意味は『スロウに育てて、すぐに食べると、ベリーおいしい』というところから。スロウベリーのいちごは、ゆっくり育てることで甘みがぎゅっと濃縮されます。それでいて朝の摘みたてのいちごだけを店頭で扱っていて、とても美味しいんですよ」
クライアントがブランディングを重視していたこともあり、レシピ開発は料理研究家の広沢京子さん、高山由佳さんが担当するなど実力派が参加。濵田さんのデザイン力も随所に発揮されている。
「お持ち帰り用のパッケージとは別に、いちごを入れるギフトボックスもデザインさせていただきました。いちご畑ではミツバチが受粉のサポートをしています。だからギフトボックスを開いたときに、フラップにミツバチが向かい合うような仕掛けができたらかわいいなと思いつきました。それからいちごジャムの包装紙もデザインしました。そのままお渡ししたり緩衝材で包むよりも、包装紙でラッピングすれば割れにくくプレゼントにもいいですよね」
生産者も販売者も消費者も、みんなが幸せな気持ちになる。クライアントへのヒアリングやクリエイターたちとの連携がデザインとしてかたちになり、商品が持つ魅力をさらに輝かせるのだ。
企業の力をデザインで引き出す
デザイナーとしての信頼を着々と獲得していった濵田さん。福岡に移住してから強く印象に残っている仕事に、1968年に創設した老舗洋菓子店『赤い風船』のリブランディングがある。同社の看板商品はチーズケーキの『フォンダンフロマージュ』。地域から長く愛されつつ、観光土産としても人気が高い名品だ。
「赤い風船は福岡に移住した当初のクライアント。元々はロゴのリニューアルでお話をいただきました。ロゴはレトロな印象の文字と風船を持った男の子。もともとは『赤い風船』というフランス映画に由来があるそうです。このレトロなタイポが私には素敵にうつったので『変えるのはもったいない』と思いました。古さを感じるかもしれないけれど、文字間や大きさのバランスを整えるだけできっともっとかわいくなる。ですので、リニューアルというお話でしたが、最終的にはマイナーチェンジとさせていただきました」
クライアントの依頼といえど、より良いデザインのためにはしっかりと意見を主張する。それが翻ってクライアントのためになると、濵田さんは信じているのだ。
「ただし赤い風船を持った男の子のイラストはマークにするには弱さがあったため、杉本さなえさんというイラストレーターにお願いして新しく描いてもらいました。そうしてロゴを作成している間に、フォンダンフロマージュのラベルも作ってほしいと依頼があったんです。商品を食べてみたら、フワッとした口当たりのチーズケーキがとても美味しかった。『ふわとろ、リッチ』というキャッチコピーをコピーライターさんと考案し、この印象的な食感を何とかデザインで表現したいと思いました」
出来上がったフォンダンフロマージュのラベルはシンプルで洗練されたデザイン。黄色い牛のイラストレーションをアクセントにしてチーズらしさを表現。文字周りはヨーロッパをイメージした青色をチョイスし、熊本阿蘇産のジャージー牛乳を使用していることなど商品の特徴を伝えている。
「このラベルに一新してから、フォンダンフロマージュの売上はかなり上がったと喜んでいただけました。もちろん味をリニューアルしたことも大きく影響していると思いますが、デザインを見て買った人が、味も美味しいからリピートするという相乗効果が見られたようです」
たどり着いた消費者に届くデザイン
デザインが持つポテンシャルは大きい。企業や商品が持つ魅力を人々に知ってもらうには、まず興味を引いてもらうこと、手に取ってもらうことが欠かせない。ただし濵田さんは、商業的なデザインになり過ぎないように気を付けているという。
「デザインするとき、消費者としての自分が『これを買うかな』ということを想像しています。子どもの頃から雑貨や文具に興味があり、お店に行っては商品を隅々まで眺めるのが大好きでした。デザイナーになってからも自分の心理を分析していて、『どういうきっかけがあったら買う動機になるかな』と考えています。赤い風船のフォンダンフロマージュも、デザインだけでは購入にはつながりません。熊本産のジャージー牛乳を使用していることだったり、決定打となるようなキーワードがないと数多くの商品から選んでもらうのは難しいんです」
デザインするときこそあえてデザイナー目線を外し、フラットな消費者目線に立ち返る。このことの重要性に改めて気付いたのが、知る人ぞ知るカレーの名店『ダメヤ』からの依頼だった。
「ダメヤは福岡で1、2位を争うほど行列ができるカレー店です。しかも食べログレビューお断りとか店内撮影禁止などのお願いがある、こだわりの強いお店。そのダメヤがレトルトカレーを出すことになって、パッケージデザインのご相談が販売者であるキヨトクから来ました」
ダメヤのレトルトカレーの価格は950円。決して安くはない価格設定だ。さらにクライアントからの依頼には、幼少期から福岡でイラストレーターとして活躍するモンドくん(奥村門土さん)とコラボレーションしたいという希望もあった。
「モンドくんにニワトリのイラストを描いてもらおうというのが、まず最初にあった依頼でした。モンドくんは世界的にも注目されている天才アーティスト。福岡カルチャーを代表する一人でもあるんですよね」
ところが困ったことに、モンドくんが描き下ろしたイラスト、ダメヤのカレーといった個々の魅力ある素材を並べてみても、デザインはなかなかしっくり来なかったそう。時間ばかりが流れていき、濵田さんは焦りを感じていた。
「改めてダメヤの魅力は何なのか考えたときに、お店が一番魅力的なのではと思ったんです。ダメヤのカレーは、盛り付けが人の顔っぽくなっているのが特徴的。やっぱりこのビジュアルをデザインの真ん中に持ってきた方がいいと思いました。ダメヤの良さを知っているファンは、レトルトカレーに興味を持つはず。ですがレトルトカレーを販売するならば、ダメヤを知らない人にも買ってほしいという想いもありました」
クライアントからの要望通りではなくなることはわかっていたが、濵田さんはダメヤらしさがストレートに伝わるデザインへと大きく舵を切った。
「わかりやすさもとても大事だと思います。自分が消費者だったら、どんな動機でダメヤのレトルトカレーを買いたいと思うか考えました。ダメヤのカレーは無添加で、体に悪いものが入っていない。スパイスを持ち込むなどこだわっているから、レトルトでは高価格の950円でもきっと食べてみたいという動機に繋がるはずだと思ったんです」
そうしてクライアントを説得してOKをもらったのは、ダメヤのカレーを主役にしたインパクト大のデザインだ。ダメヤが行列のできる名店であること、無添加であることをしっかりとアピール。さりげないながらも存在感を放っているのは、モンドくんが描いたニワトリだ。
「ダメヤのレトルトカレーは博多駅などでも販売されていますが、高級スーパーマーケットでもコーナーに置かせてもらっています。クライアントにも喜んでいただき、良好な関係を継続させていただいています」
センスやこだわりだけでは上手くいかない
クライアントの希望に沿いつつも、デザイナーとしてより良いものを提案する。これは企業や商品の魅力を心から理解しようと試みる、濵田さんならではの強みだ。
「佐賀県武雄市で、4つの事業者と4人のデザイナーが組むという行政の仕事がありました。私はデザイナーで参加し、光武製菓の甘納豆をブランディングをすることに。私自身、甘納豆が大好きで、デザインだけでなく甘納豆の商品開発から入りました。これからは若い方にも甘納豆の美味しさを知っていただきたく、でもそれには砂糖の味が甘すぎると感じ、甘さ控えめの甘納豆を提案しましたが、企業が製造ラインを変えるのはそう簡単ではありませんでした」
それならばと濵田さんが取ったアプローチは、データを収集することだった。「武雄市役所の方にも協力していただき、甘納豆に関するアンケートを取って統計を出し、データで説得しました」と濵田さん。担当者と突き進む姿勢に社長も応じ、工場の従業員たちの協力も獲得。
「会社全体、一丸となって商品を変えていく動きを作っていただきました。開発当時は商品価格が500円(現在は550円)でしたので、予算を考慮しつつデザインもこだわりました。セット売りを提案したり、コピーライターさんと『和グラッセ』というブランド名を付けました。さらに甘納豆を『小さな和菓子』に見立てた世界観を構築しました」
和グラッセの3種セットは、抹茶あずき、黒豆、唐芋の3つの味。それぞれの味を表現する3色の箱は、オシャレな着物のように華やかな色合いだ。
「外箱のグレーは、社内では賛否両論だったようです。でも落ち着いた色味の外箱を開けたら、パッと華やかな色が出てくるのがいいんですよね。引きと押しみたいなバランスが大事。洋服でも基本的には柄と柄をコーディネートしないように、表も派手で中も派手だとバランスが難しい。上品なイメージで売るためにも『グレーでいきたい』と担当者と一緒に提案ました。そういったプロセスもあり、売上にも貢献できたので本当にほっとしました」
デザインの世界はセンスが物を言うと思われがち。ただしクライアントにもたくさんの意見や希望があり、より良いものを一緒に作るための交渉力も重要なのだ。
「クライアントにも納得していただきながら、こちらのベストを提案することが大切ですよね。相手の要望もしっかりと聞きます。そこには自分では見えないことが隠されているかもしれないですから、フラットに耳を傾けるようにしています」
デザインで変えられるもの譲れないもの
濵田さんは現在、福岡市中央区にデザイン事務所『みずうみデザイン室』を構え、経営者としてスタッフを雇用している。会社員からフリーランス、経営者へと転身して今思うこととは。
「人材不足の問題を感じることが増えました。デザインの世界では、若い子は東京に出て行くことが比較的多いんです。でもその気持ちもわかるので、都会に一度は出てもらって早く九州に帰って来てほしいですね(笑)」
地方都市の福岡でデザイナー業をすることに、濵田さんはこんなメリットも感じているという。
「福岡は都会的な部分と地域的な部分が入り混じっていると感じます。デザインのお仕事でいうと、決裁権を持っている方との距離感が近い。福岡のお仕事では社長と直接内容を詰めていけたり、社長直下の方が担当者だったりするのでスムーズに進むように思います。信頼関係やコミュニケーションを取りやすい。それによって行き違いが起こりにくいように思います。比較的出し戻しも少ないので、気持ちよくできる仕事が多いのかなと思っています」
デザイナーとして数多くの仕事をアウトプットしている濵田さん。これからどんな風にデザインに携わっていくのか、将来の夢を伺った。
「デザインの力で世の中をかわいいもので満たしたい。ですが、かわいいだけじゃなくデザインって課題解決ができるものだと思います。甘納豆を若い世代に買ってもらうのもそうですよね。私は現実的なところもあるので、売上を絶対に上げたいという想いも常に持っています。単に売れるだけのデザインではなく、『こんなにかわいくて商業的じゃないのに売れてる』といった商品を、これからもたくさん生み出していきたいです」
デザインは商品の魅力や企業努力を伝えてくれる。商品のパッケージやロゴに注目してみれば、新しい発見や刺激をもらえるはず。濵田さんが携わった商品『slowberry strawberry 完熟あまおう』は、ふるさとチョイスでも購入可。ぜひ濵田さんのかわいいデザインを心行くまで愛でてほしい。