中中相似説
中国と中近東
昨日の記事の最後に「日本の歴史は欧州以外とはしっくりこない」と書いていてフト思った。「中国と中東の歴史だったらこじつけられるかも」と。
さっそく本棚から年表引っ張りだし並べて比較。すぐざっくり版ができた。
始皇帝 アレクサンドロス大王
漢 ローマ
南北朝 東西ローマ
唐 ウマイヤ/アッバース朝
五大十国 トゥルーン/サーマン朝
宋/南宋 アッバース朝
遼金 ファーティマ朝
元 マムルーク朝
明/清 オスマントルコ
で最後はどらも近代西欧により滅亡
てな感じ。
感想
この2地域がどことなく「似てるように見える」のは「帝国多発地帯」だからだと思う。
帝国は広大な面積を支配する。なので長距離を移動する。近代以前にその方法は大きく2つしかない。馬と船。
つまり草原や平野が地続きの土地か、穏やかで陸に近い海が広がる土地、それが「帝国多発地帯」。前者が中国、後者が中東。
「帝国多発地帯」はばらばらと国が興っても結局最後は馬か船で一つの帝国に纏まってしまう。で、なぜか帝国の寿命はだいたい200年~400年くらいが相場で、その周期で入れ替わるものだから結果として似てくる。
鳥瞰するということ
世界史の授業で中国は好きだったけどイスラムは苦手だった。名前が覚えられない。
でもこういうのを作ろうとすると見向きもしなかったイスラムの歴史を調べたりする。トゥルーン/サーマン朝なんてそんなのあったっけという感じ。
でもこれで忘れない。今でも結構覚えてる中国の歴史と紐づいた。イスラム関係の本も読みたくなる。
でっちあげだろうとざくっとだろうと最初に全体図があると部分に意味が出て興味が湧いてくる。
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