職人1年目の僕が会社をつくったわけ
タヤマスタジオはいろんな人の支えのおかげで、設立9年目を走っているところです。
9年という年月は長いようで、伝統工芸業界においては短い時間かなと思います。
職人としてはようやく戦力として考えられる程度。一般の会社では2年目とか3年目とかにあたるような感じでしょうか。
そんな中で9名がタヤマスタジオに入社してくれています。有難い限りです。
「守破離」による暗黙知の継承
タヤマスタジオは、僕が脱サラして職人になった年、2013年の11月に設立しました。
伝統工芸の職人になろうとする人は、通常、誰か師匠に弟子入りし(会社組織であれば入社し)、型を覚えることで技術を習得し、一人前になっていきます。その後、師匠に認められ、技を発展させたい人は、師匠を離れ、独立して技を極めていきます。
このように、日本の伝統文化は「守破離」のプロセスで継承、発展してきています。
(今はほとんどなくなりましたが、丁稚奉公の仕組みは野中郁次郎氏のSECIモデルでいう暗黙知→暗黙知の共同化プロセスをうまくやるとてもよい仕組みだなぁと先人の知恵にとても感心します)
そんな伝統文化の一部を担う伝統工芸業界において、職人1年目で自分の会社をつくるという行為自体は、従来からすると一般的ではないことだったかもしれません。
業界の現状
なぜ、職人1年目で会社をつくることにしたのか。
その前に伝統工芸業界の現状を振り返りたいと思います。
伝統工芸業界は、昭和50年代の生産額約5,400億円、従事者数288,000人をピークに、生産額、従事者数共に減少を続け、平成28年度には生産額960億円、従事者数62,690人と約1/5の規模に激減しています。
そして、課題として以下が挙げられています。
課題としての設定が合っているかはさておき、これらの課題に対して何をするかを当て込むと、
職人はつくるのはプロですが、これを職人が解決していくのは当然ながら並大抵なことではありません。
職人1年目で会社をつくったわけ
変化の少ない時代においてはニーズがあまり変化しなかったことや、流通の仕組みや情報の流れがある程度最適化され機能していたものが、変化が早い現代においてはうまく機能しない、そういう時代にいることを認識しないといけないと思います。
世界において独特な思想を持っている日本の文化。独特な自然観、美意識、神と仏を混ぜてしまうような和の文化。
現代においてもそういった思想が日本人の根底に流れていて、日々の生活の中に息づいていると思います。
日本が抱えるこれらの文化が、これからの世界にとって必要とされるような価値を内包していると信じています。
今、そういった日本文化がギリギリ残っているうちに、再度社会に広く必要とされるものにしていき、継続して社会に価値を届けていくためには、組織として取り組む必要がある、そう考えて職人1年目の僕は会社をつくることにしました。
それから、8年以上過ぎて今日に至るわけですが、人は集団や組織をつくることで大きなことを成し遂げてきたという理由が少しずつ実感としてわかってきました。
世界が混沌としている昨今ですが、文化の側面からも何かよい影響を与えられるくらいまで力をつけていかねばと再認識しています。