カルパッチョ日記1 〜スペインバルに憧れて〜
数年前、ちょっとしたきっかけで、スペインバルに興味を持った。
「bar」――日本では「バー」と呼び、お酒がメインの夜営業。でもスペインの「バル」は、日本のそれとはちょっと違う。地域の人たちが朝昼晩と気軽に立ち寄って、コーヒー、料理、お酒などを楽しむ。地域のコミュニティーでもあり、店内はとても賑やか。
イタリアでは「バール」と呼ぶらしく、今読んでいる内田洋子さんのエッセイ『見知らぬイタリアを探して』でその名が登場している。
その性質はスペインバルと同じようで、本を読み進めるうちに私のバルを楽しみたい熱はフツフツと湧き上がっていった。
何に興味を持ったのか。
料理か。場所か。人との繋がりか。行きつけがあるという安心感か。外で食べたいだけか。
わからないが、今すぐスペインへは行けないので、とりあえず家でそれっぽい料理を作ってみたい。それに会うお酒を用意して、異国情緒を楽しみたい。
さて何をこしらえようか。
ピンとくる料理が決まらないまま、しばらくは年度末の忙しい日々を過ごしていた。
*
3月下旬のある夜。
私を含めた職場の3人で、年度末の慰労会を開いた。
場所は、小さなおそば屋さん。夜は予約制で、宴にも対応してくれるらしい。おそば屋さんと聞いて、てっきり和風和風した感じになるのかと思っていたが――予想は良い意味で裏切られた。
こぢんまりとした空間に、やわらかなオレンジ色の照明が落ち着いた雰囲気を醸し出す。お客は私たちだけ。壁もテーブルも木目調でシンプルな店内は、まったく和風和風していなかった。
洋の東西を問わず、どんな料理が来ても、違和感なく映えそうだった。
テーブルにはすでに取り皿や箸置きがセットされている。
温かいお茶が入った和風タンブラーも置かれた。ひとつずつ色が違うタンブラーで、私たちはそれぞれ好きな色が置いてある席に着いた。
お皿や箸置きも手作り品のような曲線で、ガウディ―の建築物を思い出す。
運ばれてくる料理はセンス良く大皿に盛られ、どれも美味しい。
中でもこれはと目をみはったのは、白身魚のカルパッチョ。プリッと身が引き締まっていて、味が私好みで文句なしの絶品。もともとカルパッチョは好きだったが、これは私史上最高のものだった。
「これ美味しい」を繰り返し、帰りにも店主へ「カルパッチョ美味しかったです」と感動を伝える。「スズキの昆布締めだよ」と店主が教えてくれた。
私のスペインバル熱は、この日を境に「カルパッチョ」「昆布締め」へと向いていった。
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