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HACCPなんてやめちまえ(その2)ーすべてはオリ・パラのため

HACCPを導入する根拠って何?

2018年に食品衛生法が改正されました。改正の理由は何なのでしょうか?

物議をかもしているのは、今回の改正でいぶりがっこや梅干しなど、農家の軒先で作られていたような、漬物類の製造が難しくなったということです。今まで製造許可が国レベルでは必要とされていなかった漬物に関して、今回の改正で許可が必要になって、許可されるために衛生的な設備での製造が必要となりました。農家の軒先で作られていたいぶりがっこの伝統的な製造に関して、製造設備を整えるために投資が必要となり、その負担ができずに廃業せざるを得なくなっているというニュースです。

そもそも法律改正をするということは、食品衛生法であれば、新たな食中毒事件が発生して、現行法では対応できない緊急に迫った問題があるはずです。

では食中毒の発生状況はどうなのでしょうか? 厚労省は食中毒統計資料を公開しています。このデータをもとに年度ごとの食中毒の発生状況をグラフ化してみました。

年度ごとの食中毒の発生状況(厚労省データを元に筆者作成)

食中毒と言っても原因はいろいろあります。サルモネラ菌やボツリヌス菌、ノロウイルスなど微生物による感染、アニサキスなどの寄生虫類、漂白剤、殺菌剤などの化学物質、毒キノコやふぐといった自然毒のすべてが含まれています。

はっきりしているのは明らかに食中毒は減少傾向にある、ということです。つまり食中毒に関して法改正が必要とされるほど緊急事態とも思えないわけです。ではなぜ食品衛生法を改正し、HACCPを制度化する必要があるのでしょうか。

国会での討議−国も認めたこと

食品衛生法の改正に関しては、国会でも議論がありました。第196回国会 衆議院 厚生労働委員会 第26号 平成30年6月6日から当時の民主党岡本議員と厚生労働省宇都宮審議官のやりとりが興味深いです。

○岡本(充)委員
 (中略)HACCPを導入するのであれば、もう長いんですよ、HACCPという考え方が導入されて。ヨーロッパでも導入されて、私の記憶が正しければ、ヨーロッパは2006年ですか、アメリカも2016年ですか、HACCP導入が義務化されてきている。ヨーロッパなんか長いんだから、本当にこれによってどういう食品衛生上のリスクアナリシスが進んだのか、(中略)私もちょっと調べ切れませんでしたが、日本においても、やはり、先行事例でどういうような効果があるかというのを調べるべきだと思うんです。
どうですか、宇都宮さん。調べてみてはいかがですか。
○宇都宮政府参考人
 お答えいたします。HACCPの効果について検証することは大切だと思いますので、調べたいと思います。
○岡本(充)委員
 効果があるということでやはり導入するんですよ。効果があるかどうかを今から検証するけれども、とにかく中小企業も含めてやってちょうだい、こういう話になっているのは、それはどうかという思いがありますよ。(中略)ただ、本当にあるのかといったら、いろいろ調べたけれども、なかなか、疫学的にはっきりとしたものがわからなかったです。(太字筆者)

なんともズッコけるというか、拍子抜けする厚労省審議官の答弁です。ここで厚労省の審議官はHACCPの検証をしていないと認めてしまっているわけです。陰謀論的に考えれば、政府はHACCPに関してネガティブな調査結果を得ていて、とにかくHACCP 制度化ありきでその結果を隠蔽しているとか。

政府は20年以上もHACCPの検証を怠っている?

効果が証明されていないHACCPを何故国は制度化しようとしているのでしょうか。実を言うと日本においてHACCPが導入されたのは意外と古く1996年です。「総合衛生管理製造過程承認制度」、通称「マル総」と呼ばれるこの制度は、食品業者自らがHACCPの考え方に基づいて設定した基準や管理方法を、厚生労働大臣が承認するという制度です。これはあくまで企業の希望により取得することができる制度であり強制ではありません。厚生労働省はHACCPのガイドラインを作成し、HACCPを導入した企業に金融上の支援を行なうなどの施策で普及を促進したようです。しかし20年を経た2016年においても、承認を得た施設は490施設と広がりは見せていません(参考資料5 食品衛生管理の国際標準化に関する検討会最終とりまとめ(平成28年12月26日))

 農水省では「食品製造業におけるHACCPの導入状況実態調査」を実施しており、2015年(平成27年)の結果では売上100億以上の大企業ではHACCP導入あるいは導入途中の回答が約90%である一方、中小事業者においては35%にとどまっているという結果です。

そもそもHACCPは国連の国連食糧農業機関(FAO)と世界保健機関(WHO)の合同機関である食品規格 (コーデックス) 委員会から発表され,各国にその採用を推奨している国際的に認められたものです。大きな食品企業であれば輸出もあるし、取引条件としてHACCPの運用が求められるのが一般化しているので、ビジネス上HACCPは導入しなければならない理由は理解できます。

だからと言ってHACCPを法律上「制度化」しようとするのとは次元が違うということは前にも述べました。マル総で導入したはずのHACCPでそのレビューも行わずにいきなり「制度化」を行う理由はまったくわかりません。

すべてはオリ・パラのため

 再び国会から。2018(平成30)年4月12日第196回国会参議院厚生労働委員会において、共産党倉林明子議員の質問です。食品衛生法の制定に関しては15年ぶりの改訂という割には拙速な対応ではないかという懸念があり、HACCPの制度化ということであれば、全国の保健所における食品衛生監視員の育成はどうするのかという質問です。ここでも医系技官のトップである宇都宮審議官が答弁に立っています。

○倉林明子君
(中略)相当時間掛かると思うんです、私。経過措置も含めたら三年あるからとおっしゃるけれども、これは本当に徹底していくということでいうと相当時間掛かるのに、何でオリンピックやパラリンピックまでということにしたのかと、これ一言で御説明ください。
○政府参考人(宇都宮啓君)
食品衛生法、前回の改正以来十五年経ているということもございまして、また、オリンピック・パラリンピックを迎えて、是非この機会に国際的な整合性を取れるような制度にしようということでございます。

HACCPの食品衛生法の導入に関しては、審議官の短い答弁で、三つの理由があることが明らかになります。1つ目は「国際的に整合性を取る」ということ。つまり海外もやっているから日本もやらなければならないと言う理由、2つ目は目前に迫った東京オリンピック・パラリンピック開催のためであるという理由。3つ目は15年改正しなかったからそろそろ改正が必要だという理由です。

この場合海外でもやっているからというのは理由になりません。なぜならば夫婦別姓や同性婚など先進諸国で導入されていても日本では導入されていない案件は他にもあります。その中でHACCPだけ先進国に合わせる必要があるのか説明がつきません。実際、海外との整合性を取らなくてはならない大企業はビジネス上HACCPを導入しており、今回のHACCPの制度化についてはほとんど影響はないと思われます。あるのは中小、零細企業のみです。

さらにオリンピック・パラリンピックに日程を合わせるという理由について、これは私が個人的に官僚から聞いた話ですけれども、選手村の食事において、日本製の食材が、オリンピック委員会の規定上、HACCPに対応していないからと、納入できなくなるおそれがあるとのことです。

photo by Unsplash, Arno Senoner

確かに選手村で食中毒を発生させるような問題があれば、日本の食品行政の評判を大きく落とすかもしれません。だとしてもオリンピックの選手村の食事など、ほとんどの人には関係ないことです。つまり今回の改正、HACCPの制度化は食中毒防止、消費者保護という食品衛生法の理念から遠く離れたところでの改正であることがはっきりしました。

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