HACCPなんかやめちまえ(その17)ースェーデンの例
スウェーデンの例について
サルモネラを「異物」と認めず、HACCPの名目でパフォーマンス・スタンダードと言う管理をしているアメリカに対して、スウェーデンではゼロリスク政策を実施しています。
例えばヨーロッパで生活をする人たちが、たまごかけごはんを食べたくなった場合があったとします。海外において日本のように生卵を食べることのできる安全な卵は少ないです。
ただサルモネラ・フリーをうたい文句としているスウェーデン産の卵があり、その卵であればたまごかけごはんが食べられると言います。このようにスウェーデンはサルモネラ対策のみならず、ブランド面でも成功しているようです。
このような政策を実施するきっかけとなったのは1953年に発生した大規模な食中毒です。サルモネラ菌により8,845人の感染者、2,400人が入院、90人の死者が発生した大規模な食中毒事件が発生しました。
発生場所となったのは、スウェーデン南部の都市、アルベルタという町にある食肉処理工場です。この年の夏は暑く、熱波に見舞われました。さらに悪いことに労働争議が5週間続き、その間操業がストップしました。操業を再開した時点で一度に多数をと殺したため、低温庫の能力を越える枝肉を保存してしまいました。そのために低温での保管ができませんでした。さらに熱波の影響で、配送時においても適温での配送ができないということが重なり、大規模な食中毒が発生したのです。
この事件をきっかけにスウェーデンはサルモネラをコントロールするプロジェクトを進めました。その規制の骨格をまとめると以下の通りです。
1. サルモネラ菌のないひよこを育てる
2. サルモネラ菌のない環境で育てる
3. サルモネラ菌のない飼料や水を使う
4. サルモネラ菌の発生が確認されたら迅速に対応する
食中毒防止の三原則として、「つけず」「増やさず」「やっつける」というスローガンがよく知られています。この場合、「つけず」はサルモネラ菌のないひよこや飼料、水を使うことであり、「増やさず」とはサルモネラ菌のない環境で育てることであり、「やっつける」とはサルモネラ菌が発見された場合に迅速な対応を取ることであり、その原則に沿ったものです、
このスウェーデン方式の管理方法については法的な規制を受けることになります。1990年代末、当時のアメリカ、クリントン政権において、食肉検査法改正について、従来のコマンド・アンド・コントロール型から「科学的な」管理方法とされるHACCPを用いたパフォーマンス型の検査に移行するとしていましたが
スウェーデンはコマンド・アンド・コントロール型の規制を実施します。
その規制は養鶏舍の衛生度や、その衛生度の測定方法、飼料の敷地内での保管方法などが定められ、サルモネラ菌の発生が確認された場合、その施設の閉鎖などの方法についても規定されています。さらに閉鎖された施設においては経済的な損失を補償する保険なども整備されています。
特筆すべきは枝肉に対して、殺菌剤や抗生物質の使用を禁止していることです。これはアメリカの管理方法と大きく異なります。殺菌剤や抗生物質は菌の蔓延を防ぐという一定の効果はあるものの、やっかいな耐性菌を生んでしまう可能性も無視できず、その場合の被害は深刻であるからです。
このようなプログラムを実施した結果、枝肉や製品からサルモネラ菌が検出される例はほとんどまれになりました。スウェーデン公衆衛生局(Folkhälsomyndigheten)のウェブサイトからサルモネラ感染症の年度毎の統計を見ることができます。
単純にアメリカとスウェーデン、サルモネラ感染者数値だけを比較するとアメリカは10万人あたりの感染者が15人とほぼ一定であるのに対し、スウェーデンは1998年では10万人あたり50人であったのが、2022年で10人と減らしているのがわかります。現在ではサルモネラ症の感染は生野菜由来であったり、海外から輸入された肉が原因であり、国内生産の肉による感染はほとんどないと言います。
クリントン政権で、コマンド・アンド・コントロールからパフォーマンス・スタンダードへ、HACCPが導入されました。それに対してスウェーデンはコマンド・アンド・コントロール型の規制を続けています。
アメリカとスウェーデンの差
ではその差は何でしょうか。パフォーマンス・スタンダード型の規制は、企業自らがHACCP計画を立案し、その内容や実施、運用状況を規制当局がチェックします。
一方コマンド・アンド・コントロール型は規制当局が原料の吟味から、保存を含めたすべての製造工程で、遵守すべき項目を定め、遵守を求めます。
理想的な施策が行われるという前提であれば、パフォーマンス型とコマンド・アンド・コントロール型で、食中毒発生を防御すると言う意味では違いはないはずです。
企業は完全なHACCP計画を作成し、適切な最重要管理項目(CCP)を決定するのであれば、完全に有効な施策としてのコマンド・アンド・コントロール型における規制の項目は完全に一致するはずでしょう。
つまり対策案を制定するのに対し、民間の自主規制に任せるか、行政が積極的に関与するかの違いだけのはずです。
ところがアメリカとスェーデンにおいて差が出てしまいました。それはスウェーデンの当局がサルモネラ菌の混入していない、いわゆるサルモネラフリーのひよこや飼料を規制項目としたのに対し、アメリカの民間企業が策定したHACCP計画においてひよこや飼料をCCPとした企業はほとんどありませんでした。そしてCCPとしないことに対して、規制当局であるFSISは許しました。
アメリカの食肉行政のついての総括
以上、アメリカの食肉行政について述べてきました。
少なくともサルモネラ菌による食中毒の抑制に関してアメリカは成功とは言えないですし、それは監督官庁であるFSISも認めています。
つまり1996年から導入したHACCPも控えめに言っても華々しい成功を収めたとは言えないと思います。
HACCPはリスクベースで計画を作るべきであるとされる。製造のあらゆる工程に目を凝らして、そこに潜むリスクを洗い出せ、とあります。ところがそのHACCPを導入した連邦政府、及びそれを受け入れた食肉業界はリスクベースで食品安全を進めてきたのか、食中毒を撲滅するという消費者保護の視点に立ってきたか、という疑問があります。
しかしながら検査員の数を減らしたいという、行政コストを下げたい政府と、生産性を向上させたい業界の意向に対して、HACCPはその動きをアシストしているとしか考えられません。
HACCPは科学的な手法とされています。その「科学」なるものを信じれば、政府の予算削減や企業の利潤追求から超越したところで、科学的、論理的なシステム運用の帰結として、あるプリンシパルみたいなものが浮かび上がり、少なくとも歯止めになってくれると期待するでしょう。
だが実態はそうなっていないようです。どうやらHACCPは口うるさい長老役でも、信頼できる相談役でもないようで、食肉業界と規制当局の忠実な下僕役に甘んじているようです。