見出し画像

HACCPなんかやめちまえ(その15)ー裁判に負ける食品安全検査局

パフォーマンス・スタンダードとは

1996年に改定された食肉検査法において、サルモネラ菌はパフォーマンス・スタンダードとして管理されることになりました。一義的には食中毒を引き起こす原因菌として管理するという位置付けですが、食肉工場が運用するHACCPの達成状況の指標として設定されています。

最初に全米の食肉工場の調査を行い、サルモネラ菌の有病率を調査しました。その実績値を元にパフォーマンス・スタンダードは設定されました。ブロイラーを例に取りますと、全米のサーベイランス調査では20%の有病率でした。従ってサンプリングされた51の検体中、陽性であるサンプルが12以下であることが求められます。

サルモネラ菌のパフォーマンス・スタンダード

その食肉工場の有病率が全米の食肉工場の実績の平均以下であることが求められているわけです。

注意すべきことは、これは例えばサルモネラ菌による食中毒を引き起こす最低限の量、いわゆる感染量をベースに定められたものではないことです。言い換えればリスクベースでの設定ではありません。

このパフォーマンス・スタンダードはHACCP運用の状況を知る指標という位置付けですから、達成されていたとしてもサルモネラ菌に対して安全な工場であるという保証はありません。ただHACCPの運用がそれなりにされているだけということです。サルモネラ菌の分析をしていながら、サルモネラ菌に対しての結論が出ないというのは、何か矛盾しているような感じですが、そのためのパフォーマンス・スタンダードであり、HACCPということになります。

逆にこの値を上回ったとしても即何かの罰則が下されることもありません。HACCPの運用が間違っているのではないかと、FSISは是正を求めます。それに対して改善が見られない場合、つまりパフォーマンス・スタンダードを3回上回った場合、FSISは連邦検査官を現場から引き上げることになります。検査が受けられない以上、州を跨いだ商品の販売ができなくなります。

いわゆる3アウト制度と呼ばれたようですが、これが裁判になります。

シュプリーム・ビーフ社対農務省の裁判

訴えたシュプリーム・ビーフ・プロセッサーズ社。テキサス州を拠点とする食肉加工業者で、連邦政府が実施する学校給食プログラムで用いられる牛ひき肉製品の約 15%を供給していたとのことです。

1999 年 12 月、シュプリーム社の工場において、連邦検査員によるサルモネラ菌検査が 8 ヶ月の間に 3 回不合格となり、さらに工場内のひき肉サンプルの 47%がサルモネラ菌に汚染されていたことが判明しました。食肉検査法で定めたサルモネラ菌のパフォーマンス・スタンダードを超える値を検出したため、米国農務省は連邦検査官を工場から引き揚げることを同社に通告しました。

この処置に対して、シュプリーム社はただちに連邦地方裁判所に米国農務省を提訴します。そもそもサルモネラ菌は自然界に存在するものであり、規制の対象とすべき「異物」ではないという主張です。シュプリーム社はハンバーグ用パテを作る挽き肉業者であり、サルモネラ菌を殺菌する工程を持っていないこと、サルモネラ菌の測定は工場における微生物管理の指標にはならないはずである、また適切な調理法であれば、サルモネラ菌は死滅するはずである、などの理由により農務省のサルモネラ菌規制は無効であると訴えました。

この主張に対し、同裁判所は同日、政府による検査官のシュプリーム社からの引き上げに対して、一時的な差し止め命令を下しました。さらに 2001 年 12 月、この下級裁判所の判決に対して上級審である控訴裁判所においても判決を支持したのです。

このシュプリーム・ビーフ社ですが、2000 年の下級審での勝利にもかかわらず、主要取引先である公立学校の給食の契約を失ない、2000 年 9 月に破産申請をします。創業以来 30 年間食中毒事故を起こしてこなかった企業にもかかわず、です。

この判決は各分野で議論となったようです。業界団体である全米食肉業界(the National Meat Association)は控訴審の段階で原告を支援する側に立ったし、米国消費者連盟(the Consumer Federation of America)消費者団体はこの判決に対して、客観的な基準が無効になることであり、新しい食肉検査システムの意味がなくなると判決を非難しました。

この裁判に関しては農務省は控訴は行ないませんでした。農務省食品安全担当次官であるエルザ・ムラーノ博士によれば、この判決によっても規制の権限を弱めるものではない、FSIS はサルモネラ菌の検査は継続するとの発表をしました。サルモネラ菌の検査結果は HACCP の実施において事業者が欠けているもの、そして規制側としては何をしなければならないかを知るために必要な指標であると主張しました。

このような強気な発言ですが、実質的には3アウト制度に代わる制度を模索しているようです。食肉工場一律に規制を課すのではなく、パフォーマンス・スタンダードの達成状況に応じて、ラインスピードの規制緩和などのインセンティブを与える方向に変わっていきます。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?