HACCPなんかやめちまえ(その13)ー全てはラインスピードのために
HIMPのもう一つの側面
前の記事でHIMP(HACCP Inspection Models Project)なるプロジェクトを説明しました。このプロジェクトは年間最大 5,200 件の食中毒患者が減り、年間 2 億 5,600 万ドルコストダウンできると言う夢のようなプロジェクトでした。
もくろみとしてはHACCPなる科学的手法を実施することにより、食中毒を減らすことができるし、HACCPを導入することにより、連邦政府の検査員から民間への検査員に検査を移行することができます。
実を言うともうひとつHIMPを実施する目的がありました。それはHIMPを導入することにより、食肉工場の生産性を上げることができるのではないかと言うことです。
BPMとはー食肉検査法の課題
従来までの食肉検査はラインを流れる枝肉一つ一つを検査することを原則しています。すなわち生産ラインに FSIS 検査員が張り付いて、一つ一つの枝肉について異常がないかチェックする、いわゆるオンライン検査を行なってます。
この連邦検査官による全数検査の一つの深刻な問題が明らかになってきたのです。技術革新による食肉産業にける自動化の流れです。現在では屠殺から内蔵の抜き出しまでそのほとんどの工程が自動化されています。その結果として生産スピードが上ったのです。
生産性を示す指標として1分あたり処理する鶏の数が用いられます。その単位として bpm(bird per minutes)が使われます。例えば 1 分間に 10 羽処理できれば 10bpm です。つまり技術革新による自動化により bpm が向上してきたのです。
しかしながら検査員の官能検査による検査のスピードには限界があります。FSISとしては一人当たり検査員の検査能力としては35bpm と上限としました。
35bpmとはどれぐらいのスピードでしょうか。1羽に費やせる検査時間に換算すると2秒を切る時間です。その時間内、つまり 2 秒以内にレーンを流れてくる枝肉の表面や、内蔵を取り除いた内側を糞便は付着していないか、感染症の兆候はないかなどチェックをしなければなりません。これはかなり難しいと思いますが、この数字を上限であるとFSISは認めたのです。それでも現場の生産能力は 150bpm 以上に向上してきたようです。
bpmの向上させたい食肉工場にとって、目視による連邦検査官の検査時間がボトルネックとなってきたのです。bpm をどれくらいまで引き上げることができるか、食肉工場にとって bpm の向上は切実な問題です。bpmを上げれば一日単位、月単位、年単位で生産量が変ってきます。同じ工場で生産量が増えれば、それだけで売上にも利益も上がわけです。さらに悪いことに市場を席巻しつつあるブラジルや中国などの新興国との国際競争にも晒され始めたのです。bpmの向上は単に食肉工場の問題ではなくなってきたのです。
単純に考えれば、bpm を引き上げるのであれば、オンライン検査員の数を増やせばいいことになります。つまり連邦検査員の検査能力を 35bpmとすれば、生産ラインあたり二人のオンラインの連邦検査員を当てれば、2倍の 70bpm にすることができる計算となります。
このような状況で当然ながら、業界の陳情に押される形で、FSISは生産性向上のために過去いくつかの検査システムを導入してきました。例を上げると、簡素化検査システム(Streamlined Inspection System 、SIS), 新ラインスピード検査システム(New Line Speed Inspection System 、NELS)、七面鳥検査システム(New Turkey Inspection System 、NTIS)などです。具体的にはSISではラインに4名の連邦検査官が配置され、最高140bpmの検査が許されているし、同様にNELSでは3名の連邦検査官を配置し91bpm、NTISでは扱う七面鳥の重さにより異り、2名の連邦検査員を配置し、重い七面鳥で45bpm、軽い七面鳥で51bpmの生産スピードを許可してきました。従来までの検査スピードは検査員4名の配置で64bpmであることから考えても、かなりのスピード・アップをFSISは容認したことになります。
食肉業界は1906年の食肉検査法の制定以来、検査の費用は連邦政府が負担すると言う特権を得ており、それは100年近く経っても変わりません。連邦政府は生産能力アップに対応するために、様々なシステムを容認してきましたが、単純に検査員を増やすということは、FSISおよび連邦政府にとってコストアップとなるようなことは容認できる話ではありません。
そしてこのHIMPです。HIMPでは政府の検査を民間に移行するということで、連邦政府のコストを抑えつつ、かつ生産性を向上させることができるということが狙いとしてあったのです。
前記事で説明した通り、HIMPは裁判に負けたり、連邦政府作成の監査レポートで酷評されたりするのですが、その流れをそのまま押し切るような形で2014「家禽類と畜検査の近代化(Modernization of Poultry Slaughter Inspection)」なる規則を制定します。
アンビバレントなオバマ政権
アメリカの食品行政に関しては少なくとも二つの監督官庁があることは以前に紹介しました。食肉関連を監督する農務省下の食品安全検査局(FSIS)
及びFSIS管轄以外の食品を監督する保健福祉省下の食品医薬局(FDA)の二つです。オバマ政権下でこの二つの省庁に対して重要な法案及び規則を改定しています。FSISに関しては「家禽と畜検査の近代化(Modernization of Poultry Slaughter Inspection)規則」であり、FDAに関しては食品安全近代化法案(食品安全強化法案(Food safety Modernization Act、FSMA)」です。
二つの違いは組織の問題にあります。多くの連邦の食肉検査員を抱える FSISは予算削減を求めたのに対し、FDAは慢性的に人員不足、予算不足に悩ませておりました。従ってFSISは規制緩和による予算削減、逆にFDAに対しては規制強化の方向に向かいます。
家禽と畜検査の近代化(Modernization of Poultry Slaughter Inspection)規則の成立
このような流れの中で、2014年8月21日、「家禽類と畜検査の近代化(Modernization of Poultry Slaughter Inspection)」なる規則を制定します。
この規制の中で、新検査システム(the New Poultry Inspection System, NPIS)を採用しました。これは今までFSISが実施してきた、HIMPをプログラムから規則として発展させた形です。
この規則は今までのプログラムと同じように全ての食肉業者に適用されるわけではありません。NPISの適用を受けようとする食肉業者はFSISに通知しなければならないし、通知がなければ今までどおりの検査を継続して受けることになります。もちろん通知しすれば良いと言うものでなく、NPISを受けるためには衛生基準を含めたHACCP計画を確立、運用していること、そしてサルモネラ菌の汚染率がパフォーマンス・スタンダードを下回っていることなどの条件が必要です。
そしてNPISが適用された工場では生産のラインスピードを最大140BPMまで引き上げることができます。FSISの検査に関しては、オンライン検査官およびオフライン検査官に2種類の検査官が常駐することになります。ただしFSISの検査員が実施していた枝肉の良否の判別を食肉工場の検査員に委ね、FSISの検査員は枝肉の製造の末端、チラーと呼ばれる冷凍工程の前で民間検査員が合格とした枝肉をチェックする(オンライン検査官)ことを認めました。これはHIMPで実施されていたことです。
オフライン検査官は現場のラインから離れ、現場が彼ら自身が構築したHACCPを含む食品安全システムが運用されているかの確認を行ない、また微生物の菌検査用サンプリングなどを行ないます。多くの検査員が必要となる枝肉の検査を民間に委ねることにより、FSISの検査員を削減することができ、トータルのFSISの予算の削減になると言うわけです。
そもそもHACCPの効果を確かめるという意味で始めたHIMPのはずであるが、その成果もあいまいなまま、ライン・スピードを上げたいという食肉業界の要請に押されてプロジェクトから規則に上げてしまった感は否めません。