HACCPなんかやめちまえ(その14)ーサルモネラと言う宿痾
「ゼロ・リスク(ゼロ・トレランス)」かパフォーマンス・スタンダードか
1996年に改定された食肉検査法は非常に分かりにくと前の記事で述べました。
ジャック・イン・ザ・ボックスの食中毒事件になったO-157は、食品の中に混入してはいけない「異物」とされました。いわゆる「ゼロ・リスク(ゼロ・トレランス」が求められます。O-157 が検出されれば、監督官庁は即製品の回収命令を出すことができます。
ところが食中毒の主要なサルモネラ菌は食肉検査法上「異物」とは定義されておりません。「異物」ではない以上、それが食品中に検出されたかと言って、直ちにFSISが何らかの命令を出すことができません。そこで各食品工場が守らなければならない目標としてパフォーマンス・スタンダートとして制定されたわけです。
このパフォーマンス・スタンダードは全国の食肉工場を検査することでその実績ベースで定められました。これはあくまで現状の食肉工場の実績であって、食中毒の発生を抑制するための基準、いわゆるリスク・ベースで定められた基準ではありません。
これは規制ではなく基準ですから、定められた数値を上回ったからといって直ちに法令違反ということにはなりません。
せいぜい工場に派遣された連邦の工場から引き上げることぐらいしかできません。もっとも連邦検査員の検査を受けないと、FSISの合格証が得られないために、州を跨いだ出荷ができなくなりますが、すでに市場に出回った製品を回収するといった権限はFSISにはありません。
サルモネラ菌とは
サルモネラ菌は顕微鏡写真を見ていただくと分かりますが、鞭毛と呼ばれる細い毛を有する菌です。
自然界に広く、両生類、爬虫類、鳥 類、哺乳類などに寄生しており、人間から検出されるのはサルモネラ・エンテリティディス(S. Enteritidis)であり、多くの食中毒はこの菌由来だと言われています。
サルモネラ感染症は主に急性胃腸炎で、経過は通常 3~4 日間の症状ですが、小児や老齢者では重症化しやすい傾向があります。
この菌の厄介なところは多剤耐性と呼ばれる複数の抗菌剤が効かないとされるサルモネラが多数発生していることです。
多剤耐性サルモネラに関しては重篤な影響を与え、問題となるのですが、これらについては後述します。
このサルモネラ菌ですが、鶏肉に多く牛肉には少ないとされております。これは屠殺の工程における汚染の割合が多いと思われます。中抜き工程と呼ばれ、内臓を枝肉から取り除く工程があるのですが、腸の中身をまき散らしてしまい、枝肉全体を汚染させてしまうことが多いとのことです。牛肉はと体そのものが大きいためにこのようなミスは起こりにくのですが、鶏肉はと体が小さいために腸の内容物の枝肉への付着は多いのです。
米国では深刻な健康被害を与えるサルモネラ菌ですが、日本ではそれほど騒がれていないように思われます。
厚生省が年次で発表している「食品中の食中毒菌汚染実態調査の結果」による日本国内における鳥ミンチの保有率を見ると下表のようになり、高い保有率が見られるのがわかります。
単純な比較はできませんが、単純な有病率を日米比較すると日本の方が高い数字となっています。
前記事で紹介したように、アメリカ政府は「Healthy People 2030」なる目標でサルモネラ菌による感染を減らすことを目標としています。
「Healthy People」は10年ごとに目標が更新されておりますが、サルモネラ菌による感染は目標として立てられておりますが、いずれも未達成です。
この目標を受けてFSISもサルモネラ菌に対して新たな政策を打ち立てると宣言しています。
サルモネラ菌は「異物」ではない
「異物」であるか否かは食品行政の中で極めて重要です。O-157のように「異物」と確認されれば、FSISは強い権限を持つことができます。
しかしながらサルモネラ菌は「異物」ではありません。なぜ「異物」ではないかというと、裁判の結果が元になっているからです。
1974年にアメリカ公衆衛生学会(American Public Health Association, APHA)が農務省長官アール・バッツを訴えた裁判です。
繰り返しになりますが、連邦食肉検査法により「異物」が混入していないと判明した肉には、『検査および合格』とマーク、スタンプ、タグ付け、またはラベルを付けることを義務付けています。
これに対して「製品に感染を引き起こす可能性のある微生物が含まれている可能性があるという消費者への適切な説明が伴わない限り、肉や家禽類に『合格および検査済み』というラベルを貼ることを禁じる」べきであるとAPHAは訴えました。
つまり 「異物」という用語の解釈が問題であり、サルモネラ菌が果たして「異物」なのかということになります。法によれば異物とは「有毒または有害な添加物および不潔、腐敗または分解した物質」です。サルモネラ菌がこの定義に該当するのかというのが争点になりました。
農務省によればそもそもサルモネラ菌は自然界に普通に存在する菌であり、「サルモネラ菌問題は、すべての要因が集中する消費者レベル、つまり食品の最終調理が行われる消費者レベルで最も効果的に対処できる」ということであり、このために消費者教育プログラムを実施すると主張しました。
判決はAPHAの訴えの棄却という形で終わりました。「アメリカの主婦は馬鹿でも無知でもなく、サルモネラ症にならないような調理法を知っている」とし(現在の感覚から言うとかなり表現の問題がある判決文ですが)、サルモネラ菌は「異物」ではない、という結論でした。
当然のことながら農務省のバックに控えているのは、食品業界です。この裁判は農務省が業界を擁護する形で被告となったのは明らかであり、サルモネラ菌に対するこの判決は現在に至るまで、農務省及び検査局(FSIS)を悩ませることになり、思い切った対策を講ずることができないままでいます。