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HACCPなんてやめちまえ(その11)ーHave A Cup of Coffee and Pray


たった5年で・・・

華々しくスタートを切ったに見えるHACCPですが、「HACCP 導入からわずか 5 年後なのに……」と農務省食品安全担当次官ムラーノ博士が嘆いた事件が起きます。ConAgra 社の食中毒事件です。

ConAgra 社は現在 ConAgra Brands 社として存続している大手食品加工会社です。2001 年当時、8,000 人以上の従業員を抱え、売上は 271 億 9000 万ドルでした。設立は 1919 年、最初は製粉業としてスタートしましたが、1980 年頃から多角化を進め、製粉工場からメキシコ料理店まで食品のサプライチェーン全てに関与する総合食品加工会社として成長しました。リコール後の 2002 年 9 月に食肉部門はスウィフト・フーズカンパニーに売却されたものの、事件当時は全米有数の大手食肉業者でした。

犠牲者の1人は、9歳の少年でした。2002 年 6 月 22 日、里親として引き取られる予定だった母親のスパゲッティ食べました。5日後、少年は嘔吐により体調が悪くなり病院に入院し、そこで HUS(溶血性尿毒症症候群)を発症し透析を受けることになります。少年は子供の頃の虐待があったようで、以前からの精神的な問題が大幅に悪化したとも言います。

被害は 16 の州で 46 名に拡大しました。その一ヶ月前 FSIS は微生物検査で、ConAgra 社の牛肉から大腸菌 O157:H7 を検出しており、その菌は食中毒を引き起したものと一致しました。

原因はConAgra 社が生産する牛ひき肉です。同社は当初 354,000 ポンドの牛ひき肉の自主回収を決めましたが、FSIS の調査により、4月 12 日から 7 月 11 日までの製造された製品も大腸菌に汚染されている可能性があることが判明し、回収された牛肉は大幅に増え、最終的な回収量は 1860 万ポンドまで膨らんだと言います。この回収規模は事故当時、全米でも二番目の規模でした。

この ConAgra 社での食中毒事件について、米国農務省監察総監室のレポートから内容を辿ってみることにします。

結論として、ConAgra 社の HACCP運用には不備があり、FSIS もそれを黙認していた、と言うことです。

事件発生当時、ConAgra 社は HACCP の運用で食品の管理を行なっており、同時にFSIS もHACCPの運用を監査していました。

ConAgra 社は食肉検査法で食肉検査法で求められている一般大腸菌の検査を行っていたし、さらに病原性大腸菌の検査も実施していました。だが病原性大腸菌については検出されることはまれである、として HACCP の運用における重要管理点(Critical Control Point, CCP)としていませんでした。さらにHACCP の運用を監査しているFSIS は、CCP としていない病原性大腸菌の検査について、自らの監査の範囲外としましたし、病原性大腸菌を CCP に含めるべきだと勧告する権限もありませんでした。

さらに病原性大腸菌の検査結果を FSIS の検査員は知ってました。陽性の結果が出たとしてもそれを積極的に対応を要請することはありませんでした。ただし事故が発生する前に、枝肉の糞便による汚染に関して、不適合であるという通知を出していたようです。その通知に対して、ConAgra 社は監督強化や従業員の再教育などの表面的対応に終わっており、結局 FSIS はその表面的対応を容認し、それ以上の有効な強制措置は行なれなかったと言います。

Famartin, CC BY-SA 4.0  via Wikimedia Commons

HACCPはHave A Cup of Coffee and Prayの略?

ConAgra 社の食中毒事件に遡ること 2 年前、政府説明責任プロジェクト(The Government Accountability Project、GAP)と言う非営利団体が「ジャングル 2000:アメリカの食品は食べるのに適しているのか?」(The Jungle 2000: Is America’s Food Fit to Eat? )なるレポートを発表します。

GAP はそのサイトの URL名がhttps://whistleblower.org/ とあるように、内部通報者(whistle blower)の支援や権利、擁護を行なっている団体です。その団体がアメリカの食品行政、特に FSIS が実施している食肉の検査についての告発を行なっています。

題名の「ジャングル」は前記事で述べたアプトン・シンクレアの小説「ジャングル」に拠っています。1900 年初期の不衛生で過酷な食品の生産現場が 100 年の時代を経て、 2000 年になっても変わらないと警鐘をならすレポートです。

内容は、現場の検査員の声を多く引用し、検査の実情、混乱の状況を伝えています。その混乱は例えば、行政管理予算局(OMB)で行なわれた農務省グリックマン長官と FSIS 長官マイケル・テイラーの記者会見にも見られます。記者はHACCPの導入により、枝肉の検査は食肉工場の検査担当により行なわれており、FSISの検査員が製造ラインから遠ざけられているとの認識で、検査結果に疑義が生じるのではないかという問題意識があります。

Q:(HACCP と言う制度は)すべて自主管理(self-policing)ですよね?...問題点は何でしょうか? 国が食肉検査を民間に委託するとしたら、何故 90 年間民間に検査を任せなかったのでしょうか?
グリックマン長官:いや。 肉が安全であることを確認するために目視の検査を行う何千人もの検査官が今工場にいます。現在新たな安全性や衛生基準が実施する必要があります。科学的知見に基づいた検査を実施することで、より強力になるでしょう。
Q:これらの変更は、検査員が従来の目視検査を止めることを意味しますか? それとも従来の検査に加えてですか?
グリックマン長官:我々はそれを継続……
Q:(枝肉から)酷い悪臭がしていてもそれを見逃すことになるのでは?
グリックマン長官:わかりました。 検査プロセスから人的要因を無視できないため、目視検査は続けます。しかし、それは科学基準によって増強され、より現実的で実用的かつ効率的になります。 そして、マイク、何かコメントはありますか?
テイラー氏:現在のシステムは、消費者にとって多くの価値のあることを達成しています。病原菌を食料供給から排除すること。そのために(HACCPと言う)システムが導入されました。 そして、私たちは(食品安全を守ると言う)今までの目的と成果に絶対に忠実であり続けます。長官が言ったように、問題は、それをより安全にするために私たちが持っている(HACCP と言う)科学的知見をどのように活用できるかであり、それがすべてです。 従来の(食品安全)保護のための施策のいずれにも後退していません。

一部の現場では、食品工場の都合のよいようにHACCPを解釈したようです。現場から遠ざけられた連邦政府の検査員の状況に対して自虐的なジョークで表現しました。HACCP とは、Have A Cup of Coffee and Prayの略、コーヒーを一杯飲みながら、(何も起きないことを)祈るの意味になるでしょうか。

GAPレポートの結論は以下の通りです。

現代科学のふりをした HACCP を導入した結果、連邦政府の食肉検査官は現在、糞便、腐肉、またはその他の汚染が消費者に届くのを防ぐために、食肉加工ラインを直接検査することができないでいる。
検査官は、主に事業者が「重要管理ポイント」として指定したエリアの検査に限定されており、事業者はこれらのポイントの場所と数を恣意的に選ぶことができる。その結果、消費者は、感染のおそれがある糞便や、腫瘍、膿、水疱、かさぶた、髪の毛、羽毛、錆、金属片などの非致死性物質の両方で汚染される可能性のある肉を食べることになる。

食肉検査においては、枝肉に糞便などの付着はゼロ・リスク(ゼロ・トレランス)、つまり許容されるものではないものとされていました。しかし HACCP が導入されてからは、現場で検査員が糞便の付着があったとしても、今までとおりにその場で現物を指摘することができなくなります。そのロットの製造が終り、HACCP に基づいた記録が発行されてからではないと、HACCP の仕組み上、連邦政府の検査員は問題点を指摘できないことになります。

FSIS は HACCP を導入することにより、HACCP は、アメリカの消費者に、USDA が各枝肉一つ一つに与える承認のスタンプから消費者が期待に値するレベルの保護を提供していない、と言うのがレポートの結論です。



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