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【無料公開④】『#クリエイティブなマーケティング』 - 新しいマーケティングの兆し-3

博報堂/SIXでストラテジック・クリエイティブ・ディレクターをしている、藤平 達之(とうへい たつゆき)と申します。

先日、『クリエイティブなマーケティング』 という書籍を刊行いたしました。

本書は、マーケティング/ブランディングにおいて重要な考え方になっているパーパスを起点に、

 ① そのブランドらしいパーパスを開発するアプローチ
 ② そのパーパスから新しい顧客体験/アイデアを作るアプローチ
 ③ パーパス起点にDX(デジタルトランスフォーメーション)を実現するアプローチ

などについて紹介をしている書籍です。

今回も、『クリエイティブなマーケティング』の「Part1 新しいマーケティングの兆し」を、無料で全文公開していきます。
全3回のうちの最終回として、今回は、新しい発想のために知っておきたいマーケティングの兆しを2つ紹介いたします。

なお、書籍の内容をそのまま掲載しているため、一部読みにくい表現がある可能性がありますが、ご承知いただけると幸いです。

---ここから書籍の内容です---

兆し④ 「気持ちを盛り上げる盟友」を増やす

競争戦略型のマーケティングでは、食品メーカーA社の新商品が売れたら、B社も似た商品を発売し、その成功を見てC社もキャッチアップするというように、ブランドは一定のカテゴリの中で競い合いながら成長していくことができました。

言うならば、「欲しい人の気持ち」を奪い合うゲームです。しかし、そもそも特定の商品を強烈に欲することが減り、市場の境目もあいまいになった今、必要なのは「欲しい!と思ってもらう気持ち自体を増やす」取り組みです。
需要創造というと硬いですが、前提として「欲しくない人」を想定する必要があります。

先述の通り、個別ブランドのブランディングよりも、競い合って業界を盛り上げるマーケティングに力を入れてきた日本なので、この、欲しい!という気持ちは、特定のブランドではなく、まずはカテゴリに対して生じることが多い気がします。

つまり、ビール飲みたい!ラーメン食べたい!から始まって、さて、どのビールにしようか?ラーメンにしようか?という順番です。

例えば、ビールといえば「晩酌」ですが、最近は、ここに健康文脈でハイボールやレモンサワーが割って入り、また、低価格化の中で発泡酒や新ジャンルといった存在も当たり前になりました。

もっというと、ノンアルコールビールもありますし、炭酸水も大人気で
す。こういう中で「ビール自体」の存在感を高めて、欲しい!ビールを飲みたい!という気持ちを増やしていかないといけないわけです。

つまり、これから取り組むべきは「生活者のカテゴリへの需要を増やしていくこと」です。
ちょっと疲れたなあ、とコンビニに立ち寄った生活者は、ビールを買うのか、アイスを買うのか、サイダーを買うのか、マンガを買うのか、やっぱりやめてマッサージに行くのか、まずはそこから迷うはずです。

そこで、「ビールいいですよ!」とお伝えしないといけません。コクがいいですよ!アルコール度数が高いですよ!ではなく、まずは「ビールいいですよ!」です。

もっというと、「疲れたなあ」という気持ち以外で、「ビールいいですよ!」と生活者にお伝えすべき瞬間はいつでしょうか?そういうシーンの開拓をしていくことも必要です。

もちろん、最後は自分たちが選ばれる確率を最大化する取り組みは必要です(エボークトセットに入る、と言います)。
ただし、それは最後の最後。まずは、カテゴリを盛り上げ、需要をくすぐり、想起されるようにしましょう。

そうなると、ビールであれば競合他社も、おいしいおつまみを作る会社も、コンビニも、全部「盟友」だと思えませんか? そんな風に「みんなでマーケティングをする」ことも、これからは大事になると思います。

兆し⑤ アズ・ア・サービスは「体験のピラミッド」発想で

ここ数年、「アズ・ア・サービス(XaaS)」という言葉をよく耳にするようになりました。

アズ・ア・サービスは、「製造業からサービス業へ」というキーワードとともによく出てきますが、例えばサブスクリプション型のビジネスへと転換していくなど、売ってからが始まりというビジネスモデルへの転換のこと。

今、多くのブランドには、売って終わりの「商品発想」ではなく、売ってからが始まりの「サービス発想」への進化が求められています。
かといって、あらゆる企業がサブスクサービスを展開することが正解というわけではない。

では、アズ・ア・サービスをどう理解するのがいいでしょうか。
私は、アズ・ア・サービスは、「教育」のプロセスに近いと考えています。アメリカ国立訓練研究所の研究で明らかになった理論で、学習方法と知識の定着率の関係を示した「ラーニング・ピラミッド」というものがあります。

それによると、知識の定着率は、講義5%、読書10%、視聴覚20%、デモンストレーション30%、グループ討論50%、自ら体験する75%、他の人に教える90%だそうです。

これが、アズ・ア・サービスを目指すマーケティングにも当てはまるのではないでしょうか。例えば、講義は広告に当たるでしょう。ロゴやCMを見てもらっただけでは、そのブランドのことは5%ぐらいしか相手に伝わりません。

しかし、買った後にも参加できる体験をたくさん作っていくと、ブランドが生活に定着していく度合いが高まります。アズ・ア・サービスというとちょっと難しいですが、教育のプロセスと同じなのではないかと考えると、指針を持ちやすいのかなと思っています。

余談ですが、2021年に急激に流行した音声SNS「Clubhouse」には、いわゆるロゴがありませんでした。初期のアイコンは人物の顔のモノクロのポートレートで、しかも定期的に変わっていく。これは個人的には衝撃的なことでした。

ブランドには、ロゴというシンボルが必須だと思っていました。でも、ロゴがなくても、「Clubhouse」は成立していたのです。

このことが示すのは、やはり提供する体験とその体験のシェアラビリティ(周囲へのシェアのしやすさ)の重要性です。
体験が明快でユニークであれば、強引に言い切ってしまえば、〝見た目〟の優先度は低くなっている。このブランドの作り方はこれから増えていくのではないかと思います。

独自の体験を考えるほうが、難しいですが、自由度が高いですから。アズ・ア・サービスという考え方で、ブランドを象徴する「独自の体験」を作り、それを、生活にあの手この手で浸透させていく。この考え方も、これからのマーケティングの中心になると思います。

すべてを「志」で貫く

さて、ここまで、新しいアプローチを取り入れるにあたって、押さえておくべき5つの兆しを紹介してきました。

  • マーケットやターゲットといった「整理分解型」の発想をやめること

  • みんなにとって新しいではなく「私らしく嬉しい」を作ること

  • 消費者でも生活者でもなく「投資者」として、オープンに透明に向き合うこと

  • いきなりカテゴリ内で競わず、「欲しい!」の総量を増やす仕掛けをすること

  • アズ・ア・サービス=ブランド独自の体験を作るあの手この手だと理解すること

……なかなかハードルの高い5つでしょうか。
セミナーや新しいプロジェクトでこういう話をすると、よく言われるのは「何をやるべきかの判断軸がないのではないですか?」ということです。

確かに、絞り込んだ消費者にスペックを起点にした広告メッセージを届けることに比べ、生活者/投資者に広くアプローチしてそのブランドらしい体験を作ることは、雲をつかむような規模です。

何をやってもOKだからこそ判断軸がないという指摘は、確かにその通りです。私は、その判断軸になるものが、本書のテーマのひとつであるパーパス=ブランドの存在意義だと思います。

オムロン株式会社の創業者である立石一真氏は「会社にとって利益は空気と同じ。空気がないと生きてはいけない。しかし、空気を吸うために生きている人間はいない」と述べました。

また、吉田松陰は「志を立ててもって万事の源となす」と述べています。利益を出すことは目的ではなく手段。そして、自身の志が判断基準で、それを達成することが目的なわけです。

自分たちの存在意義が明快であれば、自ずとやることも明快になる。広く深い海にアプローチするからこそ、「志」を判断軸にする必要があるのです。

先日、欧米の友人から「IKIGAI CHART」というものが流行っていると聞きました。ざっくりいうと、4つの円が重なることが「あなたの生きがい」です、というチャートです。その4つは、次の通りです。

  • ①What you are GOOD AT(あなたが得意なこと)

  • ②What you LOVE(あなたが好きなこと)

  • ③What the world NEEDS( 社会が必要としていること)

  • ④What you can be PAID FOR(対価を得られること)

競争戦略発想のマーケティングは、多くの場合、①と④の組み合わせが優先されてきたと思います。自分たちができることで、儲けられること

ただし、これからは、②と③の組み合わせの優先度が上がっていくのではないでしょうか。②あなたが好きなことで、③社会が必要としていること

得意なことはすぐに真似されますが、愛するものはそう簡単には真似されません。社会=生活者は、多すぎるブランドを取捨選択しようとしています。愛するものを明快にして生活者に支持され、そこに強みや市場性を掛け算していくことで、結果的に競争力が高まるように思います。


もちろん、「志が大事で利益は得るべきではない」ということではありません。営利団体である株式会社( ≒ブランド)は、利益を得ないといけない。

二宮尊徳も「道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は寝言である」と言っていますが、その通りです。空気(経済・利益)がなければ、志(道徳)を実現することはできないのですから。

実際に、パーパスドリブンなブランドのほうが利益を拡大させているというケーススタディも出ていますので、相反する概念ではありません。

---ここまで書籍の内容です---

いかがでしたでしょうか。
以上が「Part1 新しいマーケティングの兆し」です。

パーパス・ジョブ・モーメントを掛け算するPJMメソッドの具体的な説明に入る前に、もちろんすべての兆しが当てはまるわけではないと思うのですが、ポイントとして押さえていただけると幸いです。

次回は、P:パーパスについて導入部分を掲載させていただきます。