【無料公開②】『#クリエイティブなマーケティング』 - 新しいマーケティングの兆しー1
博報堂/SIXでストラテジック・クリエイティブ・ディレクターをしている、藤平 達之(とうへい たつゆき)と申します。
このたび、12月3日に『クリエイティブなマーケティング』 という書籍を刊行することになりました。
※Amazonではすでに販売スタートしております。
本書は、マーケティング/ブランディングにおいて重要な考え方になっているパーパスを起点に、
① そのブランドらしいパーパスを開発するアプローチ
② そのパーパスから新しい顧客体験/アイデアを作るアプローチ
③ パーパス起点にDX(デジタルトランスフォーメーション)を実現するアプローチ
などについて紹介をしている書籍です。
今回は、『クリエイティブなマーケティング』の「Part1 新しいマーケティングの兆し」を、無料で全文公開していきます。
全部で3回に分けて公開していく予定です。
なお、書籍の内容をそのまま掲載しているため、一部読みにくい表現がある可能性がありますが、ご承知いただけると幸いです。
---ここから書籍の内容です---
「欲しがりの生活者」は絶滅危惧種になった
「ブランディングは不変、マーケティングは可変」
振り子の支点と重りのイラストとともに、私がストラテジックプラニング部門に配属された直後の研修で習った内容です。
語呂のよさのおかげで忘れずにきましたが、約10年たって思い返すと、非常に本質的な言葉だと思っています。
ブランドは、古代ケルト語のbrandor(焼印を付けるという意味)に由来し、最初は、牧場で放牧されている自分の牛を見分けるための「焼印」のことだったと言われています。
アメリカマーケティング協会(AMA:American Marketing Association)によれば「個別の売り手の財やサービスを識別させ、競合他社のものと区別するための名称、言葉、記号、シンボル、デザイン、およびその組み合わせ」だと定義されています。
すなわち、ブランドは「識別・区別のための独自の印」であり、だからこそ不変なのです。そして、長期的な時間軸で語られることが多いです。
一方のマーケティングは、同じく、AMAが「顧客、依頼人、パートナー、社会全体にとって価値のある提供物を創造・伝達・配達・交換するための活動であり、一連の制度、そしてプロセス」だと定義しています。
そのプロセスをシンプルに分解すると、①環境分析、②戦略(STP=セグメンテーション・ターゲティング・ポジショニング)、③戦術(4P=プロダクト、プレイス、プライス、プロモーション)、④マネジメント、という4段階になります。
もしかすると、ピーター・ドラッカーの「マーケティングの理想は、販売を不要にすること」という定義のほうが馴染みあるかもしれません。だからこそ、マーケティング=売り込みではないというのも、よく言われる話です。
プロセスを指しているからこそ、さまざまな状況の中で「可変」なわけです。PDCAという言葉に代表されるように、比較的短期的な時間軸で語られることが多いのも、マーケティングの特徴でしょう。
そして、日本では、長きに渡って、ブランド価値を高めるブランディングよりも「モノを売るためのマーケティング」が優先されてきたと思います。
そんなマーケティングの代表的なアプローチとして、「3C分析」というものがあります。
先程の4段階でいうと、①②のフェーズで行われることが多いですが、Customer =顧客(生活者)、Competitor =競合、Company =自社ブランドの3つの視点で分析を行って、取るべき戦術(4Pの組み合わせであるマーケティングミックス)を導き出す手法です。
3C分析は順不同だとされていますが、実はCustomer(顧客)→Competitor(競合)→Company(自社)という順序が推奨されていて、多くの場合、その順序で行われます。
結果、「生活者がこのような状況にあって、競合はこういうことをしているから、自社のブランドはこうやって対応しよう」というストーリーを描いていきます。
つまり、競合にキャッチアップする競争型の発想。だから、自分たちが何をしたいかよりも、目の前の競合との差別化を目指すものになりがちです。
キャンペーンやターゲット、ストラテジーなどはもともと軍事用語ですから、競争発想が念頭に置かれることは、ある程度必然性があると思います。
しかし、こうした競争発想でのマーケティングはそろそろ限界を迎えている。それが私の実感です。それは、「常にモノが欲しい生活者」が前提にある発想だから。
これは、「ホモ・エコノミクス(経済的な合理性のみに基づいて個人主義的に行動する人間)」を想定していた従来の経済学に対して、人間の非合理性と向き合う「行動経済学」というジャンルが出てきたことと、近い状況かもしれません。
生活者に「持っていないモノ」があった時代、みんなそれを欲しがっていました。かつての「3C(カラーテレビ・クーラー・クルマ)」などが最たる例です。
だから、どのブランドを買ってもらうかを競って、生活者に選んでもらうことに必然性がありました。
みんなが初物を手に入れた後は、機能・スペックの比較合戦が始まります。競合が50インチを出したので、自社は60インチを出す。その次は別のスペックで競い合いが始まります。競合が1000万画素を出したので、自社は1200万画素を出す。そうして基本的なスペックが「高止まり」していきます。
次は、価格競争です。競合が10万円で販売するなら、うちはなんとか9万円で売ろうと。そのうち、利益率の下限で価格は固定されます。こうして、「価格が安止まりしてスペックが高止まりした製品」が市場にあふれることになりました。
もちろん、こうした競争を通じたモノやサービスのクオリティアップは、生活者の立場からすると、とてもいいことでした。あらゆる変数での競争を繰り返すことで、質のいい商品が安く買えるようになったからです。これによって日本のモノづくりのクオリティが高まった側面も大いにあります。
ただし、肝心の生活者が、モノを欲しくなくなってしまった。そして、企業同士の行き過ぎた競争についていけなくなってしまった。
現在では、ある調査(2018年10月「生活者のマーケティング意識調査」博報堂実施)によれば、多くのカテゴリにおいて、80%以上の生活者が、今使っている製品の性能や効果に満足していることが分かっています。
つまり、競争戦略に根ざしたマーケティングというのは、「生活者はずっとモノに興味がある( ≒欲しい)」「企業はモノを無限によくできる」という2つの理想の掛け算に基づいて駆動していたのだと思います。
実態と少しずつ乖離し始めているこの考え方をアップデートし、広告会社という立場だからこその「新しい武器」を作らないといけないのではないか? それが、PJMメソッドへと至る最初の課題意識でした。
競合を追いかけようという「甘いささやき」
マーケティングや広告、PRは、よく恋愛にたとえられます。たとえに乗っかって恋愛でいえば、今のマーケティングは、「満足しているパートナーがすでにいる」状態にアプローチしないといけません。
恋愛で考えると、「彼よりも僕のほうが〜」「彼女よりも私のほうが〜」といった競争戦略的なアプローチがうまくいくことは稀な気がします。そもそも、横並びで比較したいと思ってないからです。
そうではなく、新しい魅力を見せたり、よき存在感を確立したり、(あんまりよくないですが)恐怖訴求をしてみたり、別の切り口からアプローチをするわけです。
スティーブ・ジョブズの「美しい女性を口説こうと思ったとき、ライバルの男がバラの花を10本贈ったら、君は15本贈るかい? そう思った時点で君の負けだ。 ライバルが何をしようと関係ない。その女性が本当に何を望んでいるのかを、見極めることが重要なんだ」という言葉も、同じ意図だと理解しています。
恋愛では自然にしている「相手が望んでいる本質を見極めた上で最適な行動をすること」。
それなのに、似ているはずのマーケティングでは、いつの間にか、スペックの競い合いになっている。約10年前、駆け出しのストラテジックプラナーだった私は、そんな状況を数多く経験しました。
「ライバルブランドがこういう新商品を出したので、少し価格を安くしてうちも出そう」
「競合より優位なこの機能をとにかく訴求しよう」「競合と比べたら自社はこのスペックに強みがあるのでそれを打ち出そう」
直面したのは、そのブランドらしさや生活者の気持ちが置いてきぼりになってしまった、「キャッチアップ型」のマーケティング。
振り返ると、ストラテジックプラナーとしてのキャリアは、キャッチアップ型の戦略をとことん学び、実践し、一方で、自分の想いとのギャップに気付き始めた期間でした。
さて、博報堂にはキャリアをローテーションする異動制度があります。2016年10月、ストラテジックプラナーとしての経験を経て、私はその異動制度の対象者となりました。
新しい視点を手に入れようと、私はクリエイティブ職(コピーライター、CMプラナー、アクティベーションプラナーなど)への異動を志望することにしました。
幸運なことに異動が叶ったものの、私は、どちらかというと頭は固く、学生の頃の図画工作の成績は10段階で3(!)という、いわゆるクリエイターには不向きな人材でした。絵は、びっくりするくらい下手。
同期たちがハッとするようなキャッチコピーを書き、クスッと笑えるCMを
作っている中、私は「不向きな後発組」(競争地位の4類型でいうと「フォロワー」)です。
まずはクリエイターとして定番のスキルをキャッチアップする「間違いない道」に心揺れながらも、ひとり作戦会議の結果、「キャッチアップするのではなく、独自のブランディングで戦おう」と決めました。
つまり、これまでの経験や知見を生かして、独自のクリエイターになっていこう、という作戦です。戦略領域の実務経験を活かしたクリエイティブ開発ができないだろうか。そんな未来を思い描いていました。
そして、当事者として、キャッチアップ型戦略に流されそうになり、今更ながら、その危険な魅力を実感したのでした。
コロナ禍で訪れた「キャッチアップ型」の限界
私たちの生活を一変させた新型コロナウイルスの流行は、生活者のブランドに対する期待にも大きな変化を起こしました。
博報堂では、「生活者のブランド期待に関する調査」(21年3月、N=800)と題して、日本全国の20〜60代の男女を対象に、インターネットでアンケート調査を実施しています。
ここで、その結果を紹介します。
「企業・ブランドは具体的に行動するべき」77%
「企業・ブランドは世の中を明るくするメッセージを出すべき」23%
「自分たちにしかできないことに取り組んで欲しい」87%
「新しく始まる世界にその企業なりに役に立って欲しい」82%
「具体的な行動・アクションに投資をして欲しい」80%
「ふつうの人の毎日を快適にしていく取り組みをして欲しい」86%
ここから読み取れる、新しい変化の兆しは3つです。
① WHAT TO SAY(何を言うか)→WHAT TO DO(何をするか)
言いたいことを広告するばかりでなく、社会をよくするメッセージでもなく、具体的な「行動・アクション」が求められています。ユーザーから見ると、「ブランドを体験する時代」ということです。
② NO1(差別・比較)→ONLY1(独自・唯一無二)
生活者は、他との「差別化」よりも、そのブランドらしさを求めています。コロナ禍で言われるようになった消費のエッセンシャル化(本質的な価値を求める流れ)は、ブランドにとっては〝らしさへの回帰〟として突きつけられています。
③SOCIAL GOOD(社会にいいこと)→OUR GOOD(私たちにいいこと)
最後はいいことの解釈です。長らく言われているサステナビリティやエコといった「地球・社会規模」のよいことだけでなく、よりパーソナルな規模で「私たちの生活」をよくすることが望まれています。これはコロナ禍で足元が揺らいだからだと思います。
つまり、新型コロナウイルスが、差別価値をメッセージしていくような、これまでのマーケティングからの脱却を一気に迫っているわけです。
これからのブランドに求められるのは、「生活者にとって独自の存在意義を明快にして、具体的な行動でそれを実現していくこと」。
ブランドは、多かれ少なかれ、生活者の豊かさや生きやすさを作るためにあると思います。
これからの時代は、こういった変化も念頭に起きつつ、キャッチアップ型のマーケティングばかりに終始するのではなく、ブランドに行動力とらしさを実装していきたい。そのためのアプローチが、「PJMメソッド」です。
---ここまで書籍の内容です---
いかがでしたでしょうか。
コロナ禍でブランドに必要な3つの変化については、こちらのイベントでもご説明させていただきました。
次回は、「PJMメソッド」の紹介に入る前に、新しい発想のために知っておきたい兆しを、2回に分けて紹介していきたいと思います。