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【無料公開③】『#クリエイティブなマーケティング』 - 新しいマーケティングの兆しー2

博報堂/SIXでストラテジック・クリエイティブ・ディレクターをしている、藤平 達之(とうへい たつゆき)と申します。

このたび、『クリエイティブなマーケティング』 という書籍を刊行することになりまして、本日より発売開始しております。

本書は、マーケティング/ブランディングにおいて重要な考え方になっているパーパスを起点に、

 ① そのブランドらしいパーパスを開発するアプローチ
 ② そのパーパスから新しい顧客体験/アイデアを作るアプローチ
 ③ パーパス起点にDX(デジタルトランスフォーメーション)を実現するアプローチ

などについて紹介をしている書籍です。

今回も、『クリエイティブなマーケティング』の「Part1 新しいマーケティングの兆し」を、無料で全文公開していきます。
全3回のうちの2回目で、今回は、新しい発想のために知っておきたいマーケティングの兆しを3つ紹介いたします。

なお、書籍の内容をそのまま掲載しているため、一部読みにくい表現がある可能性がありますが、ご承知いただけると幸いです。

---ここから書籍の内容です---

兆し① マーケットとターゲットから「考えない」

有用な場合もありますが、あえて割り切って書くと、「マーケット」「ターゲット」という概念が、少しずつ使いにくくなっていると思います。

かねてから、性別や年代などで市場を細分化(セグメンテーション)することは、マーケティングの基本の一手でした。例えば、このスナック菓子は、「男性・30代・既婚・子あり・年収400万〜」の生活者を狙うといったようなものです。

想定されていたのは、均質化された、言い方を変えると、デモグラフィック属性である程度の人となりが規定できた社会です。このあたりはジャン・ボードリヤールの『消費社会の神話と構造』(紀伊國屋書店)にも詳しく言及があります。

一方、最近では「ダイバーシティ&インクルージョン」(性別、年齢、国籍などの外面の属性や、ライフスタイルなどの内面の属性にかかわらず、それぞれの個を尊重して認め合うこと)が盛んに謳われている通り、「属性から個を解釈して決めつけること」は危険になっています。

ですので、マーケット/ターゲットの細分化は「最低限のスクリーニング」として使用するほうが、健全だと思います。例えば、20歳未満はビール類を飲めない、このお店は自家用車がないとアクセスできないなどのような絞り込みのイメージです。

また、一人ひとりにリーチができるデジタルマーケティングの進化も、まだ道半ばです。
例えば、SNS広告のターゲティング条件は、その組み合わせで数万種類にも及びますが、まだどこか「不気味の谷現象」(ロボットやCGキャラは、人間の容姿に近づくほど親近感が増していくが、一定の度合いに達すると不気味さや嫌悪感が出始め、さらにリアルになると好感度が回復するという現象)の中にいる気がしています。

それは、生活者が「広告に狙われている」と勘付いてしまうからだと思います。最近では、GDPR(EUの個人情報保護規則)やポストクッキー(デジタルマーケティングで活用されてきたサードパーティ・クッキーの利用制限)といった個人情報保護の観点からも、高精度のターゲティング広告は、難しい局面を迎え始めています。

つまり、「属性から個を決めつけられない」けど「n=1を正確にターゲティングしきれない」のが、マーケティングが今置かれ始めている環境です。
そんな状況で、いきなり「男性・30代・既婚・子あり・年収400万〜」を狙おうとすると、それはチャンスを狭めてしまうことになります。

例えば、私の知人の子どもは5歳にしてゲームでプログラミングをスタートしていますが、一方、定年後に教室に通ってプログラミングをスタートさせたもうすぐ70歳の先輩もいます。

つまり、いきなりデモグラフィック属性を絞り込んで、コアターゲットを30 ~40 代のビジネスパーソンにしてしまってはもったいないのです。
「プログラミングが好きという気持ち(を持つすべての人)」を対象にした方が、戦略や打ち手も拡がっていくと思いませんか。

この場合だったら、30~40代をリサーチするのではなく、「新しいことを始めるってどういう気持ちなんだろう」と洞察をしていくことが、いい戦略を作るための第一歩です。

マーケティングやブランディングに取り組むときに、いきなりマーケットやターゲットを絞り込む。この発想は、一部の例外を除いて、一度やめてみるのもいいかもしれません。

狙うべきは、「人」ではなく「気持ち」。ちなみに、これは私見ですが、この先、特にアプリ/デジタルサービス以外の商材では、ターゲティングの限界を受けてマスマーケティングに回帰するのではないかと思っています。

兆し② 「新しさ」ではなく「嬉しさ」に向き合う

博報堂生活総合研究所では2年に一度「生活定点」という定点調査を行っています。その中に「広告は新しい暮らし方を教えてくれると思う」という項目がありますが、このスコアはずっと下がり続けていて、2020年は14・4%で過去最低を記録しました。

このデータを見て、広告の終わりだと嘆くのは、少し気が早いと思います(自己弁護も込めてですが)。私は、すべての人にとっての〝新しい生活〞というものが、どこにも存在しなくなったことが要因だと思っています。

だからといって、カウンターを取って「新しい生活は広告ではなくSNSからもたらされる」と理解するのも早計な気がするわけです。

コロナ禍で「ニューノーマル」という言葉をよく耳にするようになりましたが、博報堂DYグループのビジネスデザインカンパニーであるSIGNING の「Covid-19Social Impact Report Final」では、『「ニューノーマル」から「マイノーマル」へ』をキーワードに、いくつかの兆しが公開されています。

つまり、今の時代は、新しいことが求められているのではなく、私たちらしいことが求められている。そうなると、私たちの仕事は生活者が思わず嬉しくなる「私たちらしさ」を提案することだと言えます。

広告会社は英語にすると、Advertising Agency ですが、博報堂には、メディアやクライアントのエージェント(代理)だけではなく、生活者のいい生活のエージェントをしているという自負を持っている人が多いと思います。

だからこそ、新しい案件のときは、これでもかというくらいに徹底的に生活者にヒアリングをする。「調査をする」というちょっと上からの目線ではなく、むしろ生活者が先生です。

知らないことを教えてもらう。今考えていることや新しいライフスタイルを教えてもらう。それをブランドにうまく組み込んでいくのが、プロとしての仕事です。

企業が描く新しいライフスタイルを提案する、のではなく、生活者の望みを深く理解して、その人にとって嬉しいライフスタイルを形にしていく。それが、今の時代のマーケティングに必要な発想だと思います。

モノやサービスが必ずしも毎回新しさをまとわなくなっている昨今、生活者のリアルな嬉しさに向き合えているか。すべての業務において、いつも自問自答している問いです。

兆し③ 可処分●●を「投資してもらえるか」

博報堂では、人を単に「消費者」と見るのではなく、多様化した社会の中で主体性を持って生きる「生活者」として全方位的に理解しようとしています。

消費者ではなく生活を営んでいる人と捉えた上で、商品やサービスをどう位置づけられるかを考えるのが、「生活者発想」です。消費をする一瞬だけを切り取って人々をとらえてしまうと、モノやサービスが欲しいか欲しくないかといった、歪んだ見方になってしまうからです。

そして、ここ数年、私は、「生活者」という思想を進化させて、「投資者」として捉えるようにしています。

私たちは、限られた時間・お金・気持ち(可処分所得・可処分時間・可処分精神)を、日々さまざまなモノやサービスに振り分けながら生きています。それを「ブランドに投じていただく」という考え方です。

私は、業務において、株式投資サービスの運営にも携わっています。その中でプロの投資家やファンドマネージャーと話していると、投資を検討している企業(=銘柄)に対して、ほとんどの人から「応援」とか「可能性を信じて」とか「最後は熱量」といった言葉が出てきます。

8〜9割はロジカルに分析をしているのですが、最後の決め手は、極めて人間的な動機や定性的な意志・見立てであることが多いのです。経営者が好きだから、このときの対応が素晴らしかったから、オフィスを来訪してピンときて……。

これからは、株式投資に限らず、消費においても、この「信じる気持ち」「思いをかける気持ち」が大事になってくると思っています。

すべての上場企業には「投資家への説明責任」があります。
それは、決算情報、決算説明会資料、分野別説明会資料、適時開示資料、有価証券報告書などを通じて説明され、その中には、成長戦略の方針やそのための取り組み、株主還元の方針、現在抱えているリスクなどが記載されています。

これから、多くのブランドが生活者に対して示すべきなのも、この透明な情報ではないでしょうか。いいところだけをアピールするだけでは、「投資する気持ち」は起こりません

日本人には、本来、作り手をリスペクトして応援する国民性があると思います。ですので、いいところを声高に訴求するだけでなく、企業が投資家に接するように、オープンに、透明に接したら、もっと深く愛され、応援されるのではないかと思うのです。

そういうブランドにこそ、生活者は「投資したい」と思うはずです。
「消費者に買ってもらう」から「投資者に選んでもらう」へ。その視点を持ってブランドの情報発信を再設計することも、これからは大事になるのではないでしょうか。

---ここまで書籍の内容です---

いかがでしたでしょうか。
最後に言及した「情報発信」については、自分たちにとっての当たり前を一歩一歩伝えていくことも重要だと思っております。
それを「透明な資産」と呼んで、下記の記事でも紹介しています。

次回が「新しいマーケティングの兆し」の最後です。残り2つの「兆し」を紹介していきたいと思います。