
「ミーナの更新」小川洋子 を読む
米TIME紙が選ぶ 2024年の必読書100冊に選ばれた「ミーナの更新」
「写真をみるたび私はつぶやく。全員揃ってる。大丈夫。誰も欠けてない。」芦屋で従妹のミーナとその家族と過ごした日々は、朋子(ともこ)に宝物のような記憶を残した。2024年にPantheon Booksから英訳書が出され、米TIME誌の「2024年の必読書100冊」に選ばれた本書を読んでみた。
読み終わってふうっとため息が出た、久しぶりの読後感だった。なんて安心感のある文章なんだろう。それがお話の展開とともに多幸感に包まれる。小川先生ごちそうさまでした、と言いたくなる。映画で言えば「ニューシネマパラダイス」を初めてみた後の感想に近いものがあった。
ミュンヘンオリンピックが開催された1972年(昭和47年)、語り手の朋子は母親の事情で約1年間、飲料水会社のオーナーの一族である、伯母さんの住む芦屋のお屋敷に預けられ、そこで従妹のミーナと出会う。ミーナは病弱で物語が好きな、女の子ならこんなふうになりたいと願う利発な美少女だ。
ミーナとのやり取りは、ミーナが創作するマッチの物語や星座の話など、幻想的なシーンが散りばめられていて、それは時に死をイメージさせるのだが、素晴らしい。(カバのポチ子の存在も忘れられない!)一方でオリンピックでの事件や、伯父さんを巡るくだりは家族の心に影を落としていて、決してエピソードに甘さはなく、このあたりの匙加減が絶妙で、物語をより深いものにしている。
朋子はいずれ芦屋を離れ、ミーナとその家族との暮らしを終える。子供のころ想像していたよりも月日は早く流れ、30年以上たって、朋子は二度と還らない珠玉の思い出を語る。ミーナ(とその家族)はどうなるのか、いい意味で自分の予想は裏切られた。過去の郷愁や物語の力が、人生を肯定する最高のラストだ。
本作が、米TIME誌の今年の100冊に選ばれたことが素直に喜ばしい。