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万葉集:古代日本の魂の歌時代を超えて響く抒情


日本最古の歌集、その奥深き世界へ

奈良時代末期に編纂された『万葉集』は現存する日本最古の歌集です。
天皇から庶民まで、様々な身分の人々が詠んだ4500首を超える歌が収められており、古代日本の姿をありのままに映し出す貴重な文化遺産と言えるでしょう。

そこには恋する喜び、別れの悲しみ、自然への畏敬の念、そして政治や社会に対する思いなど、人間のあらゆる感情が率直な言葉で表現されています。
今回は『万葉集』の魅力をその多様な歌の世界、そして時代背景と共に、深く読み解いていきます。

歌に込められた想い:古代人の心の叫び

『万葉集』の歌は大きく分けて三つの種類に分類されます。

雑歌
恋の歌、旅の歌、挽歌など、様々なテーマの歌が含まれます。

相聞
男女間の恋愛の歌。
恋の喜び、悲しみ、切なさなどが率直に表現されています。

挽歌
死者を悼む歌。
死への恐怖、悲しみ、そして故人を偲ぶ気持ちが切々と歌い上げられています。

これらの歌を通して古代の人々の生活、文化、そして精神世界を垣間見ることができます。

代表的な歌人たち:個性豊かな表現

『万葉集』には個性豊かな歌人たちが数多く登場します。
彼らの歌はそれぞれの人生や心情を反映しており時代を超えて私たちの心を揺さぶります。

柿本人麻呂
自然の雄大さや人間の心の機微を繊細な表現で歌い上げた歌人。
「東(ひむがし)の野に炎(かぎろひ)の立つ見えて かへり見すれば月傾きぬ」
(東方の野に日の出前の光が射し始めるのが見えて、後ろを振り返って(西の方角を)見てみると、月が傾いていた。)

山上憶良
貧しい人々への思いやりや社会への批判を込めた歌を詠んだ歌人。
「銀(しろがね)も 金(くがね)も 玉(たま)も何せむに まされる宝子にしかめやも」
(銀も金も珠玉もどうして子より優れた宝と言えるでしょうか(子より優れる宝は無い)。)

大伴旅人
大宰府に赴任した際に多くの歌を詠んだ歌人。
「験(しるし)なき 物を思(おも)はずは
一坏(ひとつき)の 濁(にご)れる酒を 飲むべくあるらし」
(考えても仕方ない物思いをしないで、一杯の濁り酒を飲むのがよいらしい。)

額田王
天智天皇、大海人皇子(後の天武天皇)との間で歌を詠み交わした謎めいた女性歌人。
「あかねさす 紫野行き 標野行き 野守は見ずや 君が袖振る」
(あかね色をおびる、紫草の野を行き、その禁じられた野を行きながら、野の番人は見るのではないでしょうか。あなたが袖をお振りになるのを。)

天武天皇
政治的手腕に長け歌人としても優れた才能を発揮した天皇。
「秋の田の 仮庵(かりほ)の庵(いほ)の 苫(とま)をあらみ わが衣手(ころもで)は 露にぬれつつ」
(秋の田圃のほとりにある仮小屋の、屋根を葺いた苫の編み目が粗いので、私の衣の袖は露に濡れていくばかりだ。)

持統天皇
天武天皇の皇后。
夫の死後、天皇として即位し政治手腕を発揮した女性天皇。
「春すぎて 夏来(き)にけらし 白妙(しろたへ)の 衣(ころも)ほすてふ 天(あま)の香具山(かぐやま)」
(いつの間にか、春が過ぎて夏がやってきたようですね。夏になると真っ白な衣を干すと言いますから、あの天の香具山に)

大津皇子
天武天皇の皇子。
皇位継承争いに敗れ悲劇的な最期を遂げた皇子。
「ももづたふ 磐余の池に 鳴く鴨を 今日のみ見てや 雲隠りなむ」
(百にたどり至る磐余の池に鳴く鴨を見ることも今日を限りとして、私は雲の彼方に去ってしまうのだろうか。)

山部赤人
自然の美しさを壮大なスケールで歌い上げた歌人。
「田子の浦に うち出(い)でてみれば 白妙(しろたへ)の 富士の高嶺(たかね)に雪は降りつつ」
(田子の浦に出かけて、遙かにふり仰いで見ると、白い布をかぶったように真っ白い富士の高い嶺が見え、そこに雪が降り積もっている。)

中納言家持
万葉集の編纂者の一人と言われている貴族。政治家、歌人として活躍した。
「かささぎの 渡せる橋に おく霜の 白きを見れば 夜ぞ更けにける」
(七夕の日、牽牛と織姫を逢わせるために、かささぎが翼を連ねて渡したという橋 天の川にちらばる霜のようにさえざえとした星の群れの白さを見ていると、夜もふけたのだなあと感じてしまうよ。)
防人(若倭部身麻呂 )
九州北部を守るために地方から徴兵された兵士たち。
故郷を離れる悲しみや戦場への不安を歌に詠んだ。
「わが妻は いたく恋ひらし 飲む水に 影さへ見えて よに忘られず」
(わが妻はひどく恋に苦しんでいるらしい。私が飲む水に面影にまでなって現われ、とても忘れられない。)

これらの歌人たちはそれぞれの個性と才能を活かし、後世に残る名歌を生み出しました。

万葉集の世界:古代日本の姿を映す鏡

『万葉集』は単なる歌集ではありません。
古代日本の政治、社会、文化、そして人々の生活を多角的に映し出す鏡でもあるのです。

政治
天皇や貴族たちの歌からは、当時の政治状況や権力闘争を垣間見ることができます。

社会
庶民の歌からは当時の生活の様子や、社会問題を知ることができます。

文化
和歌や歌会の様子、そして歌に詠まれた風習などから当時の文化を理解することができます。

自然
山、川、海、草木など自然を題材にした歌からは古代の人々の自然観や、自然との関わり方を知ることができます。

万葉集の魅力:時代を超えた共感

『万葉集』の魅力は時代を超えて、現代の私たちにも共感できる歌が多いことです。

恋愛
恋する喜び、失恋の悲しみ、叶わぬ恋への切なさなど恋愛に関する歌は現代人の心にも響くものがあります。

家族愛
父母への感謝、兄弟姉妹への愛情、そして夫婦や恋人への愛情など家族や大切な人への愛情を歌った歌は時代を超えて共感できます。

自然
美しい自然への感動、自然の力強さへの畏敬の念など自然を題材にした歌は現代人にとっても心を打つものがあります。

人生
人生の喜び、悲しみ、無常観など、人生について歌った歌は私たちに深い感動と共感を与えてくれます。

万葉集が現代へ問いかけるもの

『万葉集』は1300年以上前の歌集ですが現代社会に生きる私たちにも多くの示唆を与えてくれます。

古代の人々が歌に込めた思い、そして彼らが生きた時代背景を知ることは私たち自身の生き方を見つめ直すきっかけになるのではないでしょうか。

『万葉集』の歌を通して古代の人々の心に触れ、そして私たち自身の心と向き合ってみましょう。

参考文献

万葉集 (新潮日本古典集成)

よみたい万葉集 (西日本出版社)


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