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『夏の坂道』(村木嵐・潮出版社)

7月に文庫が発売される。単行本は2019年に出ており、電子書籍版もある。私はこの文庫版の知らせで本書を知った。南原繁の物語である。
 
戦後の東大総長を務め、日本国憲法の成立にも一役果たしたというが、なによりキリスト教を信じていた信念の人であったというところが、この物語の真骨頂であろう。無教会派として生きた人で、教会の教義や聖書の言葉を振りかざすようなことはしなかったが、聖書の精神に裏打ちされたその誠実な生き方は、ただこのようにその生涯を描いただけでも、よく伝わってくる。
 
母の背に負われた短いシーンから始まるが、当然これは物語を結ぶところにリンクする。温かな人柄と、人生を貫くひとつの筋道というものを感じさせるための仕掛けであると言えるだろう。作者は、司馬遼太郎の家事手伝いをし、その夫人の個人秘書を長く務めたという人で、まるで徒弟制度を思わせるような経歴だが、しっとりと人物像を描く腕は確かだ。
 
いまのキリスト教世界では、天皇を目の敵のように悪し様に言う声も聞かれるが、南原はそんなことはしない。当時の事情を差し引いても、人に対する尊敬の心と、人々の平和ということを願い考える人格が輝く。そして闘うべきものとは、相当な危険を冒して闘っている。現に、東大での周囲の人々は相当酷い目に遭っているのだ。
 
だが、戦争の嵐の中で、教え子を戦場に送ったこと、そして命を失わせたこと、それが心の痛手として重くのしかかる。その中で、吉田首相と講和をめぐり対立したことは歴史上有名だが、南原の心は揺るがなかった。
 
私生活でも、内村鑑三に司式をしてもらった最初の妻を病で亡くした後、再婚した人との出会いや子どもたちとの強い結びつけなどが描かれており、作者の調査と想像力との賜物であると思われる。
 
単行本は潮出版社。ご存じ、創価学会の出版社である。その雑誌に連載されて単行本として出版された。このようなキリスト者の生涯が紹介されたことを、ありがたく思う。文庫ももちろん、潮文庫である。

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