ハムパイナップルの想い出
料理が不得意な母親に育てられた。
昭和9年生まれ、御歳90歳の母は、「食べること」について特別な関心を示さない人で、「食べること」とは「生きること」であり、料理は栄養のバランスさえ取れていればよい、という信条の持ち主である。
このような合理主義で、しかも一本気な性格だから、母が手がける品々は極めてシンプルで、かつ盛り付けの美学や彩りとは無縁なものばかりだったが、その分調理時間が短く、「すぐ出てきていいでしょう」というのが彼女の口癖であった。
ハムパイナップルは、そんな母のレパートリーのひとつで、しばしば家族の食卓に登場した。
ハムとパイン缶さえあれば調理できて、しかも見た目がボリューミーということで、母にしてみれば実にお手頃なメニューだったのであろう。同じ皿に茹でたにんじんやブロッコリーを添えれば、「栄養バランス的」にも完璧というものだ。
料理が不得手な母にしては洒落たレシピといえなくもないが、たぶん、『婦人画報』だか『家庭画報』だかの料理記事を、そのまま採用したに違いない。
…ということで、このシンプルな料理のキモは、ハムの品質と切り方だ。
当施設のある赤井川村には、『山中牧場』という道内ではそこそこに知名度のある生産者さんがいて、ここで飼育されている黒豚は、当主がいままで口にした豚肉の中で最高にうまいのではないかというクオリティの高さを持っている。
ロースハムを最低でも3cm以上に分厚く切って、中火でじっくりと焼き色をつけ、あらかじめ焼き目をつけておいた輪切りのパインナップルを載せてオーブンで中心温度を上げる。
ハムを焼いたフライパンをパイン缶のシロップでデグラセし、にんにく片、バルサミコ酢、醤油を加え、とろみがつくまで煮詰めてソースをつくる。はちみつやバターを加えるとコクが出る。
今回のガルニチュール(付け合わせ)は、ザワークラウトにした。
ソースが薄まらないようにザワークラウトの水気を切り、ハムと同じサイズのセルクルに詰めて形を整え、その上にオーブンで温めたハムパイナップルをそっと載せ、ソースを回しかける。
シンプルではあるが、滋味に溢れた満足度の高いひと皿である。
もちろん、合理的で不器用な母はソースなんか作らなかったし、ハムは薄っぺらく焼き方も雑で、見た目もパサっとしていた。盛り付けも適当だったはずだ。こんな母親から自分が生まれてきたかと思うと、つくづく不思議な気持ちになる。
とはいえ、その「合理的な」手料理によって成人するまで賄ってもらったのは揺るぎない事実であり、「栄養バランス」が優れていた食事のおかげで風邪すら滅多にひかない丈夫なカラダを享受していることについては、感謝の気持ちしかない。
チャーハンに塩の塊が入っていたっていいじゃないか。
ハムを焼きながら、なんとなく母の手料理の数々を思い出す、秋の気配漂う晩夏の午後なのである。