「優秀な人との生の会話ほどためになるものはない」
人と話して、「いい時間だったなぁ」と感じることは多い。
「優秀な人って身近にたくさんいるんだなぁ」と思う。
知識や教養を身につけるためにもっと本を読まないといけないとも思うけど、優れた考えに触れるという目的であれば、身近な誰かと話すことでも果たせる。
普段、何気なく接しているだけでは気づかなくても、1対1や少人数で話していると、「この人ってこんな考えを持っていたんだ」「若いのにこんなことを思いながら仕事してたんだ」と気づくことがある。
私自身の考えが浅かったり甘かったりするところが多いこともあり、気づきを得られることが多い。
人と深く付き合うのはどちらかというと苦手だけど、「人と話すのはおもしろいな」という感情はそれなりにある。
歴史上の人物にしろ哲学者にしろ経営者にしろ、時代や国を問わず、優れた実績を作ってきた人の思想や言葉がまとめられた本はたくさんある。
一般の人ではなかなか体験できないことに基づいた言葉には、重みや深みがあり、勉強になる。
でも、身近な人との会話もそれに勝るとも劣らない。
違う人間同士なので、考え方や感じ方が違うのは当然だ。
だから、私が「嫌だな」と思うことを、「おもしろい」と捉える人もいて、「なるほど、そういうふうに切り取ったらいいのか」とハッとさせられることは多い。
性格が悪いのか、心が狭いのか、ネガティブすぎるのか、怖がりなのか、警戒心が強いのか、良く言えば危機管理意識が高いのか、私はまず「嫌だな」「うまくいかないと思うな」と捉えてしまう思考回路になっている。
楽観主義でないのは疑いようがない。
まず「どこかに問題が潜んでいるんじゃないか」という考えが先に立つ。
何も考えないよりは、その考えが役に立つこともあるけど、その視点を切り替えられないことが多いのが、私の改善すべき点だと感じている。
他の人と話をしていると、新しいことや難しいことに直面した時に、状況や感情の切り取り方が自分と違っていて感心することが多い。
「これって、こうも考えられるよね?」と、サラッと言える人。
なんでもおもしろがる人。
「どうしよう、どうしよう」と1つの視点からしか物事を見ずに焦るだけだったり、「これはこうあるべき」と視野がどんどん狭くなってがんじがらめになったりする私は、いつもハッとする。
昔よりは、視野を広くとったり、俯瞰して物事を捉えるスキルは上がってきていると思うけど、まだまだだ。
今回の言葉には「優秀な人」とあるけど、よっぽど意欲が低くない限り、周りの人はみんな優秀だなと思う。
話していて、気づきをもらえない人の方が少ないんじゃないかと思う。
普段は「ふざけた人だな」と思っていても、あえてふざけたように見せてる場合もあるし、そこにその人の哲学が隠れていたりする。
「私との会話も誰かのためになってるのかな?」と不安になるけど、そこは考えすぎず、「相手のことを優秀と思える自分も立派だ」と、たまに顔をのぞかせるポジティブな自分を認めることにしている。
大人数の飲み会は苦手だけど、少人数の飲み会ならそろそろ行きたいな。
まだ誘いづらいし、誘われづらいご時世だけど。
また「あぁ、いい時間を過ごしたな」と思える会話を楽しみたい。
新しい価値観や、優秀な考えに触れたい。
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