【ミニマリズム】めちゃくちゃ不器用だから、自然とモノを手放すことを選んだ
リアルの私をご存知の方ならみなさん感じるであろう、この不器用さ。
やることがちょっと複雑なことになると、すぐに焦るし、何をしゃべっているかわからなくなってしまうし、ふつうの人がぱっとできることが、できない。
胸がどきどきして、顔もぽーっと熱くなって、簡単にオーバーヒートしてしまう。
自分のキャパの低さに愕然とすることが、日常的にあるのです。
それが何かというと、挙げればキリがないのですが、とにかく自分にはできないことが多すぎる。いつしか、それを自覚するようになってきました。
「どうしたらこの戸惑いやいらだち・不安を和らげることができるのだろう?」
きっとそういった気持ちがあったからこそ、しだいに身の回りのモノ・コトを手放すことを選んだのだと思います。
衣類についても、かつてはそれなりに持っていました。ですが、悲しいことに、服をコーディネートする感性?能力?が恐ろしいほどなく、自分で選んでは、似合っていないと絶望しては外に繰り出していました。今思えば、納得のいっていない衣類に身を固め、外界を闊歩していました。
そしてもうそんな思いをしたくないから、いっそのこと着る服を決めてしまえと、現在の「ワンシーズン1パターン」に落ち着いたのです。服を選ぶことができないから、服を手放したということ。
お弁当についてもそう。毎日「何を食べよう?」と考えるのがつらすぎます。バリエーションを増やすのが、ただ、苦しい。ですので、毎日固定のメニューに落ち着きました。
↓以前ご紹介したこの頃から内容はすこし変わりました。
現在の私のお弁当は以下のとおり。
サバ缶×1
小さなおにぎり×2
ゆで卵×2
チーズ×2
バナナ×1
冗談ではなく、毎日このラインナップです。
職場の同僚には、「エサ」と呼ばれますが、いいんです。何より私自身が心地よいメニュー。お昼ご飯を考えることを手放した結果、このようになりました。
人付き合いもそうだと思います。なんとなく参加していた付き合いの飲み会にはここ数年行かなくなりました。ですが、それによって不利益を被ったか、大事なチャンスを逃したかというと、どう考えてもまったくそうは思いません。
飲み会の席で立ち振る舞うのも、正直しんどかった。その場はずっと人対人なので気を遣うし、終わったらどうやって帰るか考えるのもおっくう。結局いつも気持ちそこにあらず、でした。
むしろ、お酒を飲まなくなったことで得られた時間やお金、健康体が積もり積もったからこそ、今の生活が充実している感があります。ですので、飲み会に行かないという自分の選択は、今でも間違ってはいなかったと思っています。(※個人の感想です)
こうやって考えてみると、本当に不器用な性格の塊が私という人間であって、それを自覚した時から、「アレもいらない、コレもいらない」と思い始めたのでしょう。
他のミニマリストさんたちはおいておいて、少なくとも私はめちゃくちゃ不器用だからこそ、自然とモノを手放すことを選んだ、と思えるのです。
これも自分の心を守るひとつの選択だったのかもしれません。
悪くないですよ、今の人生。
おしまい≡⊂( ^-^)⊃♫