コンテンポラリーな生活を観るために初めてライブハウスに行った日から、僕の人生は大きく変わった(不定期日報)
初めての方は初めまして、いつもの方はご機嫌麗しゅう。桃之字です🍑
昨日、コンテンポラリーな生活のワンマンライブに行ってきました。数年ぶりのコンポラでした。忙しさにかまけて年単位で観ていなかったし、そのうちに彼らの活動回数も減ってきて。その間にメンバーの脱退とかもあって。今回見に行ったの、3年ぶりとかじゃないかな。
曲も忘れているかなぁとか思っていたのに、全部身体が覚えてました。すっごく楽しかった。
コンテンポラリーな生活は、僕にとってとても大事な、人生を変えてくれたバンドでした。でしたっていうか今もそうです。
あの日彼らと会わなければ、あの日大塚Deepaに行かなければ、僕の人生はもっと違ったものだったと思う。今日の日報はそんな話です。
この記事は「昔はこうだった」ってことを書いています。が、今はどうとかもっとこうしてほしいとか、そういう記事じゃないです。ただただ僕がライブハウスに行って、そのきっかけはコンテンポラリーな生活で、おかげで人生が変わって、最高だって話です。気楽に読んでね。
あの日僕は初めてライブハウスに行って、
人生が大きく変わった
初めてライブハウスに行ったのは2011年、僕が大学生の時だった。
当時ボーカロイドにハマっていた僕は、大多数のボカロ中毒者の御多分に洩れず、ジャンルを超えていろんな曲を聴き漁っていた。ああもたくさん、バラエティに富んだ音楽を聴いたのは、今も昔もあの時だけだったと思う。
そんな中で出会ったのが、石風呂氏の『幸福ペンギン』だった。
見栄を張るだけが得意なペンギン 失敗ばかりを恐れてた
1,2,3で奇跡の大ジャンプ いろんなものを見下ろせたらと
飛べもしないのに ヘタレなペンギンさ
MVの可愛さに惹かれて聴いてみたら、歌詞が凄く胸にキて衝撃を受けた。あの瞬間まで僕は「世界で一番不幸なペンギン」だったし、この曲をきっかけとして「世界で一番幸福なペンギン」であると気付くことができた。淡々とした曲の中に、それだけのパワーが詰まっていた。
感動してツイッターでこの曲のことを呟いたり、当時「歌ってみた」などやっていた関係で、『幸福ペンギン』の歌ってみたをやったりした(恥ずかしいからURLは貼らない)
そのうちに、作者御本人から反応がきた。
──それが、僕が石風呂氏と出会ったきっかけだった。
そして同時にそれは、僕が生まれて初めてライブハウスに行くきっかけにもなった。
コンテンポラリーな生活
石風呂氏と話すうちに、彼が大阪に住んでいること、歳が近いこと、バンドをやっていることを知らされた。
バンド名はコンテンポラリーな生活。当時のウェブサイトには幸福ペンギンのイラストもあって、「ほんとに石風呂さんのバンドだ!!!!」と興奮したのを覚えている。
更に輪をかけて興奮したのが、僕にとっての全てのはじまりである『幸福ペンギン』がコンテンポラリーな生活バージョンで公開されていたことだ(後に聞いたところではバンド版こそが本家らしい)
ウェブサイトではサビの視聴のみだったけれど、そこには間違いなくあの曲のバンドエディションが流れていて、ボカロ版よりも骨太で歪んだバンドサウンドと共に、世界で一番不幸なペンギンの歌が流れてきた。
それにしても、人生であんなにも試聴音源だけを聞き続けるという経験は、あの時以外にないと思う。サビだけがループする視聴音源をずっとずっと聴いていたので友達から頭がおかしくなったと思われた。
それほどまでに衝撃を受けたし、それほどまでに石風呂氏に、そしてコンテンポラリーな生活にハマりこんだ。
──そんな時に、石風呂氏からリプライがきたのだ。
「ライブで東京行きます!」
はじめてのライブハウス
2011年2月16日 Good *uck vol.12@大塚ディーパ
全てはここから始まった
断る理由などあろうものか。
僕はとにかく石風呂氏と会ってみたかったし、「幸福ペンギン」も「コンテンポラリーな生活」も聴きたかったし、アルバムも欲しかった。だから僕はなんの迷いもなく、ライブを観に行くことを決めた。
が、問題があった。
20年の人生で一度も行ったことがなかった僕は、ライブハウスがどういうところなのかわからず、めちゃめちゃ怖いところだと思っていたのだ。
田舎の私立高校に通っていた僕は「バンドは不良がやるもの」みたいな妙な価値観を刷り込まれていて、ライブハウスは空気が悪くてみんな酒を飲んでいて壁にステッカーが貼ってあって音がでかくて観客のガラが悪くて油断してると財布をスられるところだと思っていた。
だからほんっとに怖かった。まじで身長が8割くらいに縮んでいたと思う。
ガラケーで地図を見ながらライブハウスに入り、勇気を出して受付にハンドルネームを言って(事前に取り置きしてくれていた)、お金を払って、ワンドリンクチケットを貰って、次にどうすればいいかわからなくてキョドってたら受付のお姉さんに「あっちでーす」って案内された。
会場には10人くらいしか居なかったと思う。冗談ではなく。
というか、今思えばその半数は関係者(というか演者)のはずで、要はお客さん5人に満たなかったんではなかろうか。
どぎまぎしながら辺りを見回すと、壁際にコンテンポラリーな生活の物販があった。そこに石風呂氏が立っていた。
髪がモサモサでマスクをしてメガネをしてほとんど顔は見えない、そんな男だった。けど、「ああこの人だわ」と直感した。なんかそういうオーラがあった。
勇気を出して話しかけて、アルバムとグッズを買った。すっごい歓迎してくれて、本当に嬉しかったし、あのめちゃめちゃ怖い空間(僕基準)においてとてつもない心強さがあった。
余談だが、今考えてみると二次創作者が原作者に凸ったようなモンだし、若さってすごいなと思うし、懐の深い人でよかったと思う。本当にありがとうございます。
ともあれファーストコンタクトが終わって、彼らの番が迫ってきて、準備のために物販から離れていって。そして僕は生まれて初めて、ライブハウスで好きなバンドのライブを聴くという経験をする。
コンテンポラリーな生活の出番だ。
人生が変わった瞬間
あの瞬間の心情を、一言で表すのはとても難しい。
彼らの演奏が始まって、素人目に見ても「あれ、スリーピースバンドってこんな音圧出るん?」って衝撃を受けた。ボーカル・アサヒレン(石風呂氏)の声は独特の風合いがあってとても好みだったし、ベース藤田氏は格好いい姐さんでベースめっちゃうまかったし、そしてドラム酒井俊介は獰猛な笑顔で信じられないくらいグニグニ動くドラムラインを叩いていた。
演者3人共すっげー楽しそうで、あまりに楽しそうに楽器を弾くもんだからこっちまで楽しくなってきて。それまでビビっていたことが嘘みたいに手拍子とかしてた。気付けば上着も脱いで、荷物も足元に置いて、一端のバンドキッズになっていた。
そしてその瞬間が訪れる。その瞬間のMCは鮮明に覚えている。
「世界で一番自信過剰でヘタレなペンギンの歌です」
幸福ペンギン。僕がそこに居るきっかけとなった歌。
ベースが流れ出して、控えめにドラムが入ってきて。ボカロ版でシンセだった場所がギターのアルペジオで流れてきて。そしてアサヒレンの声でその曲が始まって、直後、ボカロ版とは桁違いの音圧とエネルギーが僕を襲った。
音楽を聴いて泣くということを、僕はあの時初めて経験した。
バンド版の「幸福ペンギン」は、ボカロ版とはちょっと歌詞が違ったりして、それは一種のアンサーソングのようで、僕のような人間を打ちのめし、ケツを蹴り上げ、ほら前に進むぞと言ってもらえるような、そんなパワーに溢れていて、しかもそのパワーはボカロ版の比ではなかった。溢れるエネルギーと感情が僕の色々なもやもやしたものを蹴り飛ばしていった。
昔のライブ音源とか聴いてみると、今と比べると全然下手っぴで、もしかしたらバンドメンバーにしてみれば「そんな昔の話出さんといて!!!」って怒られるかもしれないけれど、僕にとっては本当に本当に、世界を変えてくれたライブだった。
それから
彼らが東京に来るたびにライブハウスに赴いたし、彼らが大阪で初めてのワンマンライブをやるときにはバイト代をはたいて大阪まで遠征したりもした。ライブが僕の中心になった。下北沢ベースメントバーが僕のホームだった。
コンポラだけでなく、彼らと対バンしたいくつかのバンドのライブにも遊びに行って、どっぷりハマって帰ってきた。対バンの対バンの対バンの……という感じで、いろんなバンドのCDを買って、いっぱい聴いた。COLD BAND BANK、本棚のモヨコ、Goodbye April、吉澤嘉代子、KANA-BOON、他にもたくさん。
本当に本当に、たくさんの出会いがあって、たくさんの楽しい思い出ができた。
いつしかライブハウスは怖いところではなくなっていた
確かに最初のイメージ通り、ライブハウスは空気が悪くてみんな酒を飲んでいて壁にステッカーが貼ってあって音がでかくて観客のガラが悪かった(ちなみに財布をスられたことはない。そこだけ外れた)
でも間違いなく僕の人生はそこで変わって、そして今も足繁くライブに通っていて、空気が悪い部屋で酒を飲みながらいろんなライブを見ていて、ライブハウスは僕の居場所みたいになっていた。大学後半〜社会人序盤という現代人の第三次思春期を捧げたと言っても過言ではない。
彼らとの出会いが無かったら、映像作家として本腰入れて活動することもなかったかもしれない(なんとか同じところに行きたくて動画を始めたので)。小説だって書いてないかもしれないし、アイドルオタクになることもなかったろうし、同人イベントに行くこともなかっただろう。今いる僕の友人はその半分以上と知り合うことすらなかったと思う。
コンテンポラリーな生活が全てを変えてくれた。決して誇張ではない、本当に心からそう思う。
そして7,8年の時を超え
「全てのステレオタイプな少年少女に捧ぐ! ジュークボックス!」
また聴きてぇなぁ
昨日の、久しぶりのワンマンライブ。
ステージには間違いなく、青春を捧げたあのコンテンポラリーな生活がそこにいた。僕をライブハウスに導いたコンテンポラリーな生活がそこにいた。
「なにしょげてんだ、俺もしんどいけどやっていってるからお前もさっさと行くぞ」と言わんばかりにケツを蹴り飛ばしてくれた。
彼らは僕にとってのヒーローだ。
勇気をくれて、世界を変えてくれたヒーローだ。
ヒーローに助けてもらったから、僕は前を向いて生きていくのだ。
彼らに負けないように、彼らからもらった元気を持って、恨めしい顔した一重の少女と共に。
以下は宣伝です。
彼らのベスト盤が出ました。聴いてくれ。
幅広い世代に刺さる歌詞、疾走感のあるサウンド、ジェットコースターみたいなドラムライン。本当に格好いいバンドなのでぜひ聴いてほしい。
……まぁ、あの時大塚Deepaで聴いた曲はひとつしかないけどな!
「幸福ペンギン」も入っていないのはとても悲しい(まぁ仕方ないなという想いもある)
幸福ペンギンはもちろん、いてまえ打線とか田所さんとか、なんかの機会に披露してくれたら多分泣き崩れると思うのでご検討いただけないだろうか。今度厄払い行くから寺で祈っとこう。
ネクライトーキーも聴いてくれ
コンテンポラリーな生活のVo.アサヒレン(=石風呂氏)とBa.藤田氏が、更に二人の天才と共に作り上げたネクライトーキーというバンドがあります。こっちのボーカルはもっさという女の子なんですけど、根っこのところにアサヒレンと同じものを感じるのでとても楽しいです。ぜひ聴いてくれ。
いじょうだ
書き足りないけど、たぶん今まで書いたnoteで一番長くなったしそろそろ上司にバレそうだから筆を置く。