つり橋効果は無機物に対しても働く
“つり橋効果”とは要するに、
恐怖のドキドキを脳みそが勘違いして恋のドキドキになっちまう
ってことだ。
脳みそチョロ。
てか、そもそも2人で恐怖の状況って‘ある程度相手に対するドキドキが存在するとき’にしか訪れないだろ。罰ゲームでもない限り。
2人でお化け屋敷って、、、てめえらはやく付き合えよ。
逆に恋愛のドキドキを恐怖のドキドキと勘違いすることってないのかな。
もしかして「会いたくて震える」ってそういうこと!?
これからは逆つり橋効果と呼ぼうか。
そもそもつり橋効果ってホントにあるの?
そういえば高校時代に、他校の彼女と約2年続いているクラスメイトが文化祭で同じクラスの女子とお化け屋敷に入って手を繋いでしまって、当日観覧に来てた彼女にぶちギレられてたナ。
つり橋効果のおかげで浮気してたナ。
ただともかくタイトルにある通り、カツヲはそんな吊り橋効果を自転車に対して抱いてしまったことがあるのだ。
2021年2月14日。
世間はバレンタインデーで浮かれていた。
世間から省かれた春休み真っ只中のカツヲは、チョコっとおかしな計画を立てていた。
それは
「バイト終わりの17時から群馬の親友Mの家まで自転車で行く」
である。
自分の家がある西東京から距離にして約100km。
でも正直言って何も驚くことでは無い。
自分にとって、というか普段からサイクリングする人にとって100kmは大した距離ではなく、5時間あれば着く。
しかももう既に2回行っているためある程度道を覚えていた。
そんで、これまでに何度も気狂いサイクリングをしていた経験で準備万端だった。
もちろん空気は入ってるし、ライトも充電バッチリ。
カロリーメイトみたいな軽めの食料も、粉末を溶かすタイプのスポドリも、エネルギーとして最適なバナナも持っている。
それ以外に余計な荷物は持ってないし、服装だって動きやすく軽め。
ただ今回少し違うのは夜であること。
ただそれだけ。
当日の2021年2月14日。
当たり前に素敵な予定なんて埋まるわけなく10時から16時までバイト。
速攻家に帰り準備をしたカツヲは自転車にまたがり家を出た。
17時の東京は流石にまだ明るく、体調万全なことも相まって気持ちも明るい。
とは言っても流石に2月。
出発して1時間経ち、埼玉を縦断しているころぐらいにはすっかり真っ暗。
なるべく国道沿いを進むようにしていたが、たまに入る裏道は既に暗黒世界。
少しの街灯と家々から漏れるあたたかい光に照らされる埼玉の道。
これさ、どんどん田舎へ向かってくけど後半大丈夫か?
群馬とかやばくね?
…………
………
…
興奮してきたぁ!!!!!!!!
怖いよ!!!
興奮するぜ!!!
心臓がリズム良く拍動してやがるぜ!!
恐怖と単純な息切れの拍動がきもちぇぇよ!!!!
しかもまだ1時間しか経ってないのにもう25kmも進んでるし!!
愛してるよ!お前!!!
高校入学時に祖父に買ってもらったGIANTのクロスバイク!
こんな暗い道でもお前とならいくらでも進めるぜ!
よく見たら可愛いなお前!
青のグラデーションにすらっと伸びた胴体。すこしくたびれ気味のハンドルに、モチモチのサドル。
遠巻きから見たらほぼほぼパリコレモデルだよ君!
愛してるよ!
これって恋かもしれんなぁ!
あまりの暗さに、吊り橋効果で自転車に恋してしまったかもしれんなぁ!!!
愛してるぞ!!一生一緒にいような!!!
過去最高レベルでペースがよく、22時到着予定だったのに21:30には着きそうだし。
吊り橋効果で自転車に恋しちゃったし。
てな感じでぐんぐん進む。
景色がだんだん閑散とした無機質な道路や畑だけになり、いよいよ埼玉の「本質」が見えてきていた。
それでも時刻19:30にして約55km地点。
余裕すぎる!!!
と思っていた矢先、、、
忘れもしない。精米機がある田んぼをぬけてガードレールがなくただ縁石のみによって歩道と区切られた車道を走っていた時。
プシューーーーー。
ん?なんの音?
ん?なんか風船みたいなやつ踏んだ?
ん?なんか進みにくいな。
え?パンクしてる?
え?パンクしてる?
え、、パンクしてる、、、
どうしようどうしようどうしよう。
マジかよ、、マジかよ、、
マジかよwwwww
ウケるwwwww
パンクしてるwww。
パンクしてる……。
そう。ちょっと前まで永遠の愛を誓ったポンコツクロスバイクくんのタイヤはもう決壊してしまっていたのだ。
そういえば入手してから約4年。今まで1度もタイヤを交換したことがなかった。
必死に苦痛を隠し続けていてくれたのに、そのことに気づかず吊り橋効果の最中で勝手に愛を誓っていた。
本音をいえずにどちらかが我慢する関係性なんか直ぐに壊れちゃうのよ。
あと何kmだよ。。
42km、、、やば。
絶望の縁で腰掛けた縁石の後ろでは、無慈悲にも車が追い越してゆく。
サドルの後ろに着けた赤いランプがカツヲの蒼白な顔を真っ赤に染める。
42kmやば。。
とは言ってもそこまで絶望していなかった。
だって、まぁ、パンク修理すればいいっしょ。
パンク修理キットは持ってないけど近くの自転車屋で直してもらえばいいっしょ。
さてさて最寄りの自転車屋は?
………
……
…
5km先。
ふーん。
1時間かからないぐらいか。
でもバイク屋だから自転車取り扱ってないかも。
まぁでもなんだかんだ自転車のチューブもあるっしょ。
何時までやってるんだ?
………
……
…
20:00。
ふーん。
コロナの時短営業の影響で閉まるのが早いみたい。
今は19:30だからあと30分ってことね?あと5kmだから電車を引きずりながら小走りでもあと50分ぐらいかかるよね?ってことは20:20に着くよね?閉店時間は20:00だよね?
………
……
…
ふーん。
まぁとりあえず向かうっしょ。
そうして自転車を引きずりながら、真っ暗な埼玉の道を歩く。歩く。
時々自転車に乗った人間に追い抜かれながら、歩く。歩く。
…
…
…
とりあえず群馬で待つMにLINEするか。もうすぐで着くし。
そういや21時すぎまでバイトって言ってたな、、
そうこうしてるうちにやっと着いた、自転車屋。
当たり前だけどしまっている。
ガラス越しに店内が見えるけど真っ暗だ。
でももしかしたら救ってくれるかもしれない。
西東京からはるばるやってきた悩める子羊を救ってくれるかもしれない。
ワンチャンにかけて電話をする。
プルルルル、プルルルル。
プルルルル、プルルルル。
あ、店内の電話がなってる。
ガラス越しに見える真っ暗な店内に置かれた電話。
プルルルル、プルルルル。
プルルルル、プルルルル。
奥の扉から誰か出てきてくれないかな。
プルルルル、プルルルル。
いや、出ないよな。
ツー、ツー、ツー。
………
……
…
ふーん。
諦めるかぁーーー。
となれば次の手段は、最寄りの駅に自転車を置いて電車で向かうこと。
自転車はまた取りにこればいいっしょ。
さてさて、最寄りの駅は?
………
……
…
3km先。
ふーん。
しかも道なりじゃなくて直交してるし。
道なりにあるなら良いけどわざわざ道をはずれて向かいたくないな。
電車賃もったいないし。
体力的にまだまだ余裕あるし。
…
…
…
歩くか。
…
…
…
歩こう。
…
あと37km。歩こう。
それからは長い旅だった。
とりあえずMのバイトが終わるまでは1人の戦いだ。
いや、独りの戦いだ。
バレンタインデーの空の下で虚しくパンクした自転車を引きずって歩く。
時折現れるコンビニに安堵を覚えつつ、すれ違う人に好奇な目で見られながら歩く。
ついさっきまで恋していたクロスバイクくんを撫でながら、サイタマの街を歩く。
正直いって、心は1ミリも折れてなかった。
むしろ、興奮していた。
最高にバカなことをやってる面白さ、自分の体力の底知れなさに興奮していた。
クソ楽しい!!!
こんなアホみたいなことできるのは大学生のうちだぜ!!!
なんなら未成年のうちだよ!!!こんな気の狂った選択をできるのは!!!
1時間経過して未だサイタマの街を歩いていた頃、バイトを終えたMからLINEが来た。
どうやら、バイタリティーと優しさと行動力がバグっているMは、自転車でむかえにきてくれるらしい。
当時まだ車も免許も持っていなかったため、途中で落ち合ってそこから一緒に歩いてくれるらしい。
ありがとうM。ごめんなM。
この電話の後、自分の位置情報を送り(残り約33km)、また10分ほど計画を立てている時に歩いていた畑道ではたくさんの星が見えた。
「なぁM。星が綺麗だぜ。ちっぽけだな俺ら」
と言ったら
「何言ってんの」
と怒られた。
とりあえずこの電話からMが出発し、自分は歩く。
自転車のMは時速20~23km。歩きの自分は時速5km。
ちょうど合流できそうな場所はMの家から25kmぐらいで少なくともあと1時間はまた1人の戦いだ。
いや、独りの戦いだ。
バレンタインデーの空の下で虚しくパンクした自転車を引きずって歩く。
なにやってんのマジで。
正直心が折れかけた。
電話が切れたあと急に疲労が来て、しきりに残りの距離を確認しては1kmも進んでないことに絶望したりしていた。
それでも心は折れていないふりをしながら歩くしか無かった。
隣でくたばった愛するクロスバイクくんの手を引いて。
自分の20倍もの速さで高速道路を進んでいく金属の物体の音を聞きながら。
23:05頃、待ち望んだMからの電話が来て、もうすぐ合流できそうなことに歓喜。
少しでもMの負担を減らすために急ぎ足で、やたら地面が凸凹した、右には畑だけ左には高速道路だけが見える簡素な道路を進む。
この頃には少し脚に痛みがきていて、ずっと歩いていたこともあってか、走った方が楽だったりしていた。不思議。
Mと電話しながら早稲田大学を超え、本庄児玉ICの脇道を通り、バレンタインで盛り上がるラブホテルを超え、小さな川を超えたところで前から自転車のライトが揺れるのが見えた。
「あれじゃね?ライト見える。いたいた!カツヲいた!」
「いたいた!居た!痛っ!マジごめん。ありがてぇ。マジごめん。マジごめん。助かります。」
共立印刷本庄第1工場の前でMと合流し、愛しのクロスバイクを放り投げて2秒で土下座をした。
Mはバイタリティーと優しさと行動力がバグっているため、ただ
「よく歩いてきたね」
と言った。
オマケにバイタリティーと優しさと行動力がバグっているMは大量の食料を持ってきてくれた。
さすがバイタリティーと優しさと行動力がバグっているMだ。
ありがとうM。ごめんなM。
それから約25km、‘ただ親友を巻き添えにしただけの自転車に恋した男’と、‘巻き添えを喰らったバイタリティーと優しさと行動力がバグっているM’の2人の戦い。
バレンタインデーの空の下で人生の話をしながらパンクした自転車を引きずって歩く。
さすがに申し訳ないため必死に我慢していたが、時折こぼれる
「脚いてぇ〜」
に対してMは
「俺はまだ少ししか歩いてないけど、カツヲはもう60kmチャリで走って20km歩いてるんだもんな。すげーよ」
と答える。
良い奴すぎだろ。
ありがとうM。ごめんなM。
流石に
「バレンタインデーに何やってんだろうなマジで。」
と言ったら
「ホントだよ!」
と怒られた。
それから6時間歩き、朝5時に着いたMの家で、足のまめと脚の痛みに大爆笑しながら風呂を借り、今日一日の天気を伝える朝のニュースを観ながら泥のように眠った。
翌日は何をしたか全く覚えていない(起きてすぐ薬局に行って湿布を貼りまくった気がする)が、16日には自転車屋に行き、愛しのクロスバイクを直し、出費は、、、覚えていない。
なんだかんだタイヤを総とっかえし10000円ちょいだった気がする。
そして昼に激うまパスタ&食べ放題ピザでエネルギーをチャージし、愛しのクロスバイクくんにまたがり、またパンクをしないことを願って群馬を後にした。(帰りの方が向かい風がやばくて心折れてました)
そうして、このアホみたいな旅は終わりを迎えた。
当のカツヲはというと、
『バイト終わりから自転車で群馬へ向かう道中でタイヤがパンクして残り40kmを歩いてたら自転車に恋しちゃった❤旅』
の後、歩くことが
………
……
…
大好きになった。
そう。
大好きになった。
むしろ自転車に飽き、歩くことにハマったカツヲはその後、『群馬のMの家まで歩くチャレンジ』をすることになるがそれはまたいつか記事にします。
というか、今度やります(3回目のチャレンジ)。
やっぱ吊り橋効果で始まった恋なんてすぐ終わるのよ✨
p.s:
どうでもいいのだけれど、早稲田大学の近くに『サン・テグジュペリ 記念館』みたいな施設ありませんでしたっけ?
この記事を書くにあたり探したけど見当たらない。。幻を見ていたのかしら。