トンネルは掘ってみないと分からない⁉
#わいわい通信 に載せた原稿…本原稿は関西でリニア中央新幹線に反対している人から #大深度法 についてなんか書いて欲しいと言われたので、作成したものである。
なお、紙ベースの記事には「TMB」とあるが、これは「TBM(トンネル・ボーリング・マシーン」のことであって、誤記である。
2020年10月、東京都調布市東つつじが丘2丁目の住宅地において道路が陥没した。東京外かく環状道路建設工事において、地下40~50mの深さでシールドトンネル工事を施行中に地盤がゆるみ、土砂を取り込みすぎたことで空洞が発生したためである。この工事は「大深度地下の公共的使用に関する特別措置法」(以下、「大深度法」と書く)に規定される「大深度地下」で行われる工事であることから、同様の工事が行われるリニア中央新幹線工事について事故発生が懸念されるのみならず、大深度法そのものが問われている。では大深度法とは何か?
都市部において地下鉄や道路、上下水道のインフラを整備するにあたっては、地下にトンネルを掘って構造物を構築することが多い。その際にトンネルの上部は、浅い所は用地買収を行い、少し深い場所は区分地上権設定をして土地使用の権利を制限する必要がある。それらの手続きには時間と補償金がかかるし、浅い部分のトンネル工事は上から開削する方が容易なことなどから、都市部のインフラ設備は大きな道路や河川の下など公共用地に構築されることが多い。ご存じのとおり地下鉄は大部分が道路の下にあり、例えば大阪で2020年に事業認可された、梅田となんばを結ぶ鉄道新線「なにわ筋線」もなにわ筋の地下を走る。ただし一部区間で民有地の地下を通る計画であるが、そこは区分地上権が設定され、上載荷重の制限(新たに建物を建てる場合、階高等が制限される)も行われる。そのことで土地の使用価値が下がる場合、それに対しても一定の補償が行われることになっている。
だが道路や河川の下でないとトンネルが掘れないというのでは、インフラ整備において路線設定などへの制約が大きい。一方で山に鉄道や道路トンネルを掘る場合、トンネルの上部をすべて買収することや、区分地上権を設定しているわけではない(おおむね地上権設定はトンネルの上30m程度までである)。そこでバブルの頃から地下の深い場所については、山岳トンネルのように上部の土地所有者が持つ権利を制限しなくても工事が出来るよう法整備する検討がなされ、その結果2001年に施行されたのが「大深法」である。この法律で規定される「大深度地下」とは、
A.地下室の建設のための利用が通常行われない深さ(地下40m以深)の地下 B.建築物の基礎の設置のための利用が通常行われない深さ(支持地盤上面から10m以深)の地下
ABのいずれかの深い方をいい、ここを利用する道路、河川、鉄道、電気通信、電気、ガス、上下水道等の公共事業は、国土交通大臣の認可を受けた上で、上部の用地買収や地上権設定を行わずともトンネルを掘ることができるというものだ。もちろんトンネルを掘ることで井戸枯れなどの損害が起こる場合は、それに対する補償が必要である。また大深度法の対象地域は首都圏、近畿圏、中部圏の三大都市圏であり、どこが当てはまるかは政令で定められている。
最初に大深度地下を利用して行われたのは神戸市大容量送水管整備事業のうち270mで、その後、今問題となっている東京外かく環状道路(関越道~東名高速)のうち14.2㎞、リニア中央新幹線のうち、東京と名古屋付近の50.3㎞、大阪の一級河川淀川水系淀川水系寝屋川北部地下河川事業のうち2.2㎞である。寝屋川北部地下河川事業については、都市計画道路の整備事業と合わせて施工する予定であったものを、道路の用地買収が進まず施工が遅れていることから、大深度法を適用して用地買収を行わずに先行整備しようとしたものだ。そのため当初計画では地下45mのものが、支持地盤上面より10m以上深い、地下70mに設置されることになっている。大深度法を適用することで、事業をより早く行うことが出来るのだ。
大都市の地下には深さ30~40mぐらいまで多くのトンネルが掘られている。都営地下鉄大江戸線は六本木駅の1番線ホームが地下42mにあり、飯田橋~春日駅には地下49mの地点がある。先のなにわ筋線では(仮称)中之島駅付近で、地下40mぐらいになっている。大深度トンネル掘削の技術はあるし、地下鉄大江戸線を掘っている時に地上で大きな変状や事故が起こったということはない。だが東京外かく環状道路の工事では、住民説明会で「その時は『大深度だから地上には影響ない』と聞いていた。だけど外環の工事による陥没や空洞を見ると信じられない。安全と思える根拠を示してほしい」という話や、2015年3月の衆議院国土交通委員会で、当時の国交省道路局長が「外環の本線トンネル工事は大深度地下を使用したシールド工法を採用しており、地上への影響は生じない」と説明。太田昭宏国交相(当時)も「シールド(トンネル)自体が壊れることがなければ地上への影響は生じない」と答弁していた。(東京新聞WEB 「大深度なら地上に影響ない」はずだったのに…リニア工事は大丈夫?<調布陥没>なんだこりゃ?
トンネル掘削前の地質調査は、直接穴を掘ってコアを採取し、土砂や岩盤の状況を確認するボーリング調査と、電流や弾性波(火薬で振動を起こす)探査、地盤内部で常時発生している振動をキャッチする方法等で面的に調査する物理探査を組み合わせて行う。だがボーリング調査で深い位置を調べるためには、同じ深さまで掘らなければならないし、何本も調査するわけにもいかない。トンネルと平行に掘る水平ボーリングというのもあるが、これも何百メートルも掘るわけにはいかない。よって地質調査によってトンネル掘削する全線の地質をあらかじめ正確に認知することは出来ず、トンネル工事は「掘ってみないと分からない!?」のが現状である。
東海北陸自動車道の飛騨トンネルは、飛騨の山奥にある籾糠山を貫く10,712mのトンネルである。先進坑(避難用トンネル)を掘削するにあたり、固い岩石の山が続くことからTBM(トンネルボーリングマシン、シールド掘削機のようなもの)で掘り進める予定であったのだが、数多くの破砕帯(断層等で岩が砕かれたりしているところ)に阻まれ、大量の湧水もあってTBMは何度も停止した。工事計画では最後までTBMで掘り進める予定であったが、貫通まで残り310mの地点でTBMがぶっ壊れて埋もれてしまう。飛騨トンネルが難工事であったのは地質が複雑であったためでもあるのだが、今回の外環のトンネルにおいては同じような地質が続いていた。ただしその地質はこれまでのシールドトンネルで掘って来た土とは違っていたようで、地上に振動が伝わりやすいため住民から苦情が来た、住宅の外壁に亀裂が入るケースもあったようだ。そのため夜間は掘削を休む(通常、トンネル工事は昼夜連続で行う)ことにした。掘削を休んでいる間に土砂と掘削のため添加した気包材が分離し、土砂性状が変化することでシールドカッターの回転不能が起こる、カッターを再回転させるための作業を行った際に地山が緩んで煙突状に拡大すると共に、土砂の取り込み量が多くなって陥没が発生したということだ。ちなみに変状が「煙突状に」伝わりやすいというのも、当該地質の特徴であり、別の地質だと変状が斜め上に伝わり、トンネルから離れたところで陥没が起きるという可能性も否定できない。また当該地域では他に、気包材から発生した低酸素濃度の空気が地上に漏れ、川底から噴出するということが起こっている。(ハーバービジネスオンライン「吸えば即死の「酸欠空気」が外環道工事現場から発生。事業者は住民に説明せず工事を強行」)このことからも、このあたりの地質はこれまで東京都の都心近くでシールドトンネルを掘って来た地質とは、かなり違うものであることが伺える。
いずれにしても、大江戸線のトンネル工事で事故や陥没が無かったからと言って、別のところでそれがないとは言い切れない。大深度のシールドトンネル工事であれば「地上への影響はあり得ない」ことはあり得ず、このような答弁や住民説明をしていたのであれば、国土交通行政への信頼をぶち壊すものである。また住宅地で陥没事故が起これば住宅の資産価値が下がる。外壁のひび割れ等、陥没や工事の振動に伴う直接の被害は補償されるだろうが、資産価値低減に対する補償についてNEXCO東日本は明言を避けているようで、住民の不満、不安は高まっている。(ハーバービジネスオンライン「外環道建設中に起きた調布市の陥没事故、資産価値低下を危惧する住民に不誠実な対応のNEXCO東日本」
なお飛騨トンネルが難工事であった事例をあげたが、中央リニア新幹線工事ではより地質が複雑そうな南アルプスをぶち抜く長大トトンネルが計画されており、そちらの工事のほうがいっそう難工事になることが予測される。また東京都内や名古屋市近郊で、大深度地下を活用したトンネル工事が行われる。これまでシールドトンネルを掘った経験がない地層を延々と掘り進むことから、今回の外環道で起こったような陥没事故や、別の事故、不具合が起こることも予想される。にっちもさっちもいかなくなる前に、事業主体であるJR東海はさっさと計画、工事を止めておくべきだろう。