見出し画像

NHKスペシャル・未解決事件「下山事件」

 NHKスペシャルで下山事件を取り上げていた。二部構成で前半はドラマ仕立て、後半はドキュメンタリー。

 下山事件は昭和24年[1949]7月5日から6日にかけておきた、初代国鉄総裁下山定則氏の怪死事件である。

 5日の朝、総裁専用車で自宅から東京駅前の国鉄本社に向かう途中、千代田銀行の貸金庫にたち寄った後、三越百貨店へ向かう。三越の駐車場で、運転手に5分で用は済むといい残して、店内へ。そして下山氏は忽然と消息を絶ってしまう。

 翌6日深夜、常磐線が東武電車と交差する五反野ガードの辺りで、ばらばらになった轢死体で発見されるのである。

 下山事件は戦後占領時代に起きた国鉄三大事件(他は三鷹事件と松川事件)の一つ。

 三鷹と松川は共産主義者の犯行とされ、犯人とされる人も捕まり、被告全員が無罪を主張するも有罪の判決を受け、そのうち何人かは死刑になるという異様な顛末。今なお、えん罪ではないかといわれ、真実はどうなのかスッキリとしない謎の事件だ。

 一方、下山事件はというと、下山氏の死因でさえ自殺か他殺かわからない。他殺なら誰が犯人で、その動機は何なのか。


 下山事件については、20年ほど昔、占領時代の東京についてちょっと勉強するなかで、朝日新聞記者だった矢田喜美雄氏の「謀殺下山事件」(新風舎文庫)に出会って、不謹慎ながら「面白い」と思い、それから関連の書籍をいくつか立て続けに読んだ。

 矢田喜美雄氏はNHKスペシャルのドラマ編にも出ていた。事件直後から取材に入り、下山氏の司法解剖を行った東大法医学教室の古畑種基教授に取材して他殺説を疑い、当時犯罪捜査ではまだなじみのなかったルミノール試薬で、疑惑の血痕を発見する。

 この、まるで探偵小説のような展開が面白い。

 しかし、そこからが大変で、いろいろとアヤシイ人物がわんさか出てくるのだが、なかなか真相にたどり着かない。事件にかかわったとか、事件の裏を知っているという人間が現れては消えて行く。

 占領下の日本では、警察も検察も思うように捜査は進まないだけでなく、警察も報道機関(新聞社)も法医学教室を持つ東大と慶応も、他殺派、自殺派に分かれて対立して埒が明かない。

 とにかく、登場人物が多いのだ。こんなに複雑な事件は他に知らない。陰謀の匂いがプンプンと漂う事件だ。


 NHKスペシャル・未解決事件「下山事件」では、新事実の発見として、当時の捜査資料が出てきた。どこかで、文章にしてまとめてくれないかと期待している。

 番組を見て意外に思ったのは、情報屋の李中煥がずいぶんとクローズアップされていて、ドラマ編でも李の出てくるシーンに多く尺が取られていたこと。彼がソ連とアメリカの二重スパイで、犯行をソ連(共産主義者)のせいにしたいCIC(米軍対敵諜報部隊)に操られていたというのが、主たるストーリーのようだ。
 つまり、事件はアメリカの謀略だといいたいのだ。

 そこに力点が置かれているためか、実行犯として動いたとされる元陸軍特務機関のことは、ほとんど触れられていなかった。

 特に、戦後まで組織として存在した亜細亜産業を率いた矢板玄氏については、名前こそドラマ中の検察の秘密捜査室の黒板に名前だけはあったものの、それ以上は何も描写が無かった。
 あえて、触れなかったのだろうか。

 亜細亜産業は当時三越百貨店の目と鼻の先に在り、三越からそのビルのすぐ近くまで地下道が伸びていた。
 亜細亜産業には佐藤栄作や、吉田茂の秘書的存在の白洲次郎などが出入りしていた。そしてCICの関係者も出入りしていたという。

 下山事件を扱ったドキュメントで、亜細亜産業は外せないと思うのだが、当時はあまり重視されていなかったのか、やはり番組の中で重点を置きたいのはCICやキャノン機関だからなのか。

 ドラマ後半で読売新聞記者の鑓水徹氏が出てくる。やはり下山事件を追っていて、矢田氏の本にも名前が出てくる。
 鑓水氏が途中で取材をやめたのは、家族に危害が及ぶと脅しを受けたそうだが、ドラマではわかりやすくカタコトの日本語をしゃべる男が登場する。
ドラマの演出だろう。実際は分からない。ドラマは記録に残っていない部分は、想像で演出するので要注意だ。

 鑓水氏が脅迫されたということは、かなり事件の核心に迫っていたということなのだろう。どこかに取材メモでも残っていないのか、大変残念なことだ。

 そして、ここにも気持ちの悪い闇が広がっている。知らない方が幸せかもしれない深い闇が。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?